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思いもよらない出来事

よろしくお願いいたします。

 結局私は考えあぐねた結果改めて手紙の返事を書いてみることにした。そう決めたところで、気分転換もかねて先に買い出しへ行くことにした。実家にしばらく滞在する予定だったので食材の買い足しをしていなかったにもかかわらず、早々に帰宅したため食材が残り少なくなっていたのだ。


 数時間後買い物を終えて自宅につき郵便ポストの中をのぞいたら、一通の手紙が入っていた。差出人の名前は小森さな。私は慌てて部屋の中に入ると手紙をハサミで開封した。緊張しながら中を見ると私の書いた手紙の返事だということが分かった。私が伝えた通りにクラスで女子が好きな人を教え合うことが流行ったそうだ。


 しかし友達の好きな人は口にしなかったが、私の好きな人は知られてしまいからかわれるようになったようだ。友達とは今まで通り仲良くしているようだが、そこである記憶が蘇る。好きな人のことでからかわれるようになるのは実際に私が経験したことで、その出来事が起こるのはもっと後になってからだという記憶だ。もしかしたら、友達とのいざこざがなくなったせいで時期が早まったのだろうか。

それでも私はすごく安心した。それと同時にこのできごとをなかったことにするのではなく、今後慎重に考えて行動すべきだなと改めて思った。


『これで20さいのわたしは、こうかいがなくなりますか?』


 手紙の最後はそう締めくくられていた。正直友達の怒った顔は忘れられないけれど、少し心が軽くなった。思いがけない誤算はあったが、仲違いをせずに友達のままでいるという望んだ結果を得られた。


「良かったぁ……」


 気が抜けた私は心底ホッとした。その時私の記憶が上塗りされたような感覚に陥った。その後手紙を一緒に探してくれていた裕之さんのことを思い出し、失くしたはずの手紙が過去に届いて再び私の元に届いたことを伝えなくてはと思ったからだ。しかし予想外の展開が続いたおかげで、帰りの車の中は落ち込んでいたし、連絡先を交換するのを忘れていたことに気づいた。


 白山神社へ行けば裕之さんに会えるかもしれないが、あいにく明日から仕事のためしばらくは無理だろう。休み明け勇気を出して営業部の栗原さんに、休み中に会った佑真さんと同一人物か確認してみようかとも思ったが、私の存在を知っているのかも分からないし、もし別人だった場合の反応が怖い。職場で接点もなく話したこともない人に突然声をかけたら、内容が内容なだけに本人に変な目で見られる可能性がある。その上栗原さんは女性社員には素っ気ない態度をとると有名な話だ。


 とは言え私は実際にその瞬間を目撃していないので噂の域を出ないのだが。もし佑真さん本人であっても周りの見え方はおそらく同じだろう。ただでさえ男性とばかり話すことで女性社員から白い目で見られるというのに、とにかくこれ以上のことは避けたい。と言うことは土日に白山神社へ行って会える可能性に掛けるしかないかと思った。


 気を取り直して、再度過去の私へ手紙を書くことにした。まだまだ伝えたいことは沢山ある。それにしてもどういう原理で届いたのかは全くの謎だ。


 翌日、連休中の遅寝遅起きがたたり仕事始めなのに非常に眠かった。前日くらいは仕事のときの時間に起きて体を慣らすべきだったのに、それを怠った私の落ち度だがなんだか頭がフワフワする。職場につきタイムカードを押して更衣室で制服に着替え、少しゆっくりしてから事務所に向かう。席に着くとほとんどの人が出社しているようで、少しにぎやかに感じた。各々連休中に旅行に行った話などをして盛り上がっているようだ。もちろんその会話に私が加わることはない。


「栗原さん今日日帰り出張で直帰なんだって」


「え~せっかく休み明けミステリアス王子に会えると思ったのにぃ」


 女性社員からこんな会話が聞こえてきた。今までの私なら気にもとめず聞き流していたところだろう。しかし変に意識してしまっているせいか”栗原” ”ミステリアス王子”という言葉に反応してこの日1日は休み明けのせいもあり仕事ははかどらず、終始頭がフワフワしていた。


 次の日お昼休みに差し掛かるころ、課長に頼まれた資料をコピーしている最中だった。急に事務所内が騒がしくなった。何事かと振り返るとすぐにその原因が分かった。栗原さんだ。誰かに用があるのかキョロキョロと辺りを見渡している。私がいるフロアに来ることは滅多にないため女性社員がざわざわし出した。


 部長や課長に用があるのだろうか。そう思っていたのに、一瞬目が合ったように思えた。するとこちらの方へ向かって来る気配を感じた。目が合ったのはきっと気のせいだと思いつつ、私はなるべく気づかないふりをしながらコピーを中断して席に書類を置くと逃げるようにお昼休みへ入ろうと思った。


「小森さん」


 席から離れ少し進んだところで声をかけられた。営業部の栗原さんだった。どうやら私に用事があったようで目が合ったのは気のせいではなかった。気のせいだと思いたかったのにである。


「はい」


 周りの目を気にしつつ緊張しながら返事をすると、見覚えのあるペンを差し出された。


「これ、忘れ物」


 紛れもなく私がカバンの中にいつも携帯しているペンだった。仕事とプライベートでカバンは分けているので中身を入れ替えるときに気づきそうなものだが、バックインバックのポーチを使用しているため、特に確認もしていなかった。それにペンは何かあったとき用の物なので、今の今まで紛失していることに気づかなかった。


「えっ……」


 栗原さんに話しかけられたことと、佑真さんと同一人物であったことが確定し戸惑いいつどこで紛失したかなんて考える余裕がなかった。


「テーブルの上に荷物を出したときにどうやら下に転がり落ちていたようだ。すぐ返せなくてすまない」


「あっいえ、いつも使っているわけではないので大丈夫です」


 聞くところによると、床を掃除した際にペンが落ちていることに気づいたようだ。本来ならすぐに届けるつもりだったが、私の住んでいるマンションは裕之さんが帰りに近くまで送ったので知っていたが部屋番号までは知らなかったため、届けることができなかったようだ。裕之さんはマンションの前で待ち伏せしようかとも考えたらしいが佑真さんが全力で止めたそうだ。普段見慣れない知らない人がマンションの前にずっといたら不審者になりかねないだろう。そんないきさつがあり同じ職場の佑真さんが届けることになった。


「そうか……それと裕之が連絡取りたがってる」


 そう言いながら、無表情でペンと裕之さんの連絡先を渡してくれた。


「ありがとうございます」


「あぁ……」


「ゆっ栗原さんは私と同じ職場だとご存じだったんですね」


 危うく佑真さんと呼びそうになり慌てて呼び方を変えた。そのことに気づいた佑真さんが、一瞬だけど眉が上り、表情が変わったように見えた。


「あぁ知っていた」


 あまり目立たないいち社員なのに、知っていてくれたことに少し驚いた。でも何故あのとき言ってくれなかったんだろうか。顔を合わせたとき物凄く驚いた表情をしたのは、私が職場の同僚であると気づいたからだったのか。


「丁度私も裕之さんと連絡取りたかったので助かりました」


「そうか」


 これで会話は終わりとばかりにお互いその場から立ち去ろうとしたが、佑真さんも手紙のことを気にしてくれていたのでそのことを伝えようと思いとどまる。


「あっあの栗原さん。手紙のことなんですけど、もう大丈夫になりましたので!」


 そう伝えると、佑真さんは訝しげな表情をした。


「えっとですね。何故か失くしたはずの手紙の返事が届いたと言いますか……。そういうわけですので、しっ失礼します」


 ばつが悪そうな表情をしつつ完全な言い逃げである。そんな私の言葉を聞いた佑真さんは少々動きが止まり目を見開いていた。ごめんなさいと心の中で呟きながら、一目散にその場を後にした私は周りが見えていなかった。佑真さんと栗原さんが同一人物だったということは、思いがけずみんなが知りえない営業部の栗原さんのプライベートを知ったことになると思ったら何だかとても優越感に浸りたくなってしまった。


 午後からは佑真さんと栗原さんが同一人物だったことで休み中の出来事に思考が引っ張られて集中力が切れがちになってしまったが、なんとか仕事を終えることができた。仕事を終えて自宅につくと、裕之さんにメールをすることにした。メールには、佑真さんから裕之さんの連絡先と忘れ物のペンを受け取ったことと、手紙を探すのを手伝ってくれたお礼と手紙の返事が届いたことを書いて送信した。


 もちろん私の連絡先も忘れずに記載した。裕之さんからの返信は意外と早かった。そのうえ私の書いた手紙の返事が届いたことを知っていたのだ。なんでもお昼頃に佑真さんから電話があって手紙のことを聞いたようだ。となると私が佑真さんと会話をした後すぐ裕之さんに電話を掛けたことになる。滅多に仕事中に電話なんてかけてこないから、何事かと最初驚いて聞いてみれば失くしたはずの手紙の返事が届いたと言い出すから、思わず電話越しに絶叫してしまったそうだ。返信の内容を考えていたら、携帯電話から着信音が鳴った。連絡先を交換したばかりの裕之さんだった。


「はい……」


「あっもしもしさなちゃん」


「あっはいさなちゃんです」


 電話越しから裕之さんの変な声が一瞬聞こえた。


「ぶっ……裕之です。自分のことちゃん付けするなんて珍しいですね」


「ごっごめんなさい。相手から疑問形で?名前をよばれると、たまにそのまま相手の言葉を繰り返してしまうことがあるんです。無意識なんですけどそんなとき決まって『は?』って顔されるんですよね。なので気にしないでください」


「ふぅん。分かった。ところで電話に切り替えちゃってごめんね。なんかメール打つのめんどくさくなっちゃっいました」


 なんだか語尾にてへっと言葉がつきそうな言い方だ。


「いえ大丈夫です」


「そうそう、聞きたかったことがあります。兄さんのことなんだけど、さなちゃんって兄さんのこと好きか嫌いかで言ったらどっちですか」


「へっ!?どういう意味のでしょうか」


 突拍子もないことを聞かれて返事に困ってしまった。


「いや~お昼に兄さんから電話あったときに、さなちゃんが逃げるようにいなくなっちゃったって聞きまして、ほらこの前兄さんの同僚が職場では笑わないって言ってた話ししましたよね。だからもしかして兄さんさなちゃんには嫌われてるんじゃないかなと思って。まぁ兄さんはそれはないって否定してたんだけど、どうも気になっちゃっいました」


 まさかそんなことまで話しているとは思わなくて正直驚いた。どうやら兄弟仲は良いようだ。


「うっ、あの嫌いはないです。逃げたと言いますか職場で話したの初めてで、部署も違うのでたまに見かける程度ですし、ミステリアス王子と言われていますし顔が整っている方なので私の方が緊張のあまりいたたまれない気持ちになってしまいまして」


 そもそも佑真さんの弟である裕之さんに、嫌いですなんて思っていても言えるわけがない。嫌いなんて微塵も思っていないけれど。


「そっか、なら良かった。確かに兄さんは弟の僕から見てもカッコ良いし自慢の兄さんなんだ。でも兄さんがミステリアス王子ねぇ……。全く想像つきませんね」


「あっはい、なので私も最初わからなかったんです。佑真さんは周りからの噂話で女性を近づけないオーラを放っているって聞いたことがありまして」


 佑真さんは仕事とプライベートでは全く印象が違うのだ。


「あ~なるほど」


「はいなので、裕之さんの家で佑真さんにお会いしたとき、見たことある気もしたんですけど眼鏡かけていなかったですし髪型も違いますし、ミステリアス王子のことは引っかかったんですけど実際に話しをしてみて、噂で聞いた印象と少し違っていますし、確信が持てなくなりました」


「そうなんだね! てっきり逃げるくらい兄さんが嫌われてるのかと思った――あっお帰り~良かったね兄さん。さなちゃんに嫌われてないみたいだよ」


「は?」


 どうやら佑真さんが帰ってきたみたいだ。微かに佑真さんの声が聞こえてきた。


「今、さなちゃんと電話してるんだけど、緊張していたたまれない気持ちになったみたいだよ」


 内心そんなこと本人に伝えなくても良いと思った。私の気持ちをよそに兄弟の会話は続いていく。なんだか顔に熱を帯びてきた。同じ職場である佑真さんに合わせる顔がない。幸い部署が違うのでほとんど顔を合わせることのないことに感謝した。


 と言うかそんなこと聞かされて佑真さんも困るだろう。実際裕之さんが一方的に話しているようだし佑真さんの声はあまり聞こえない。それにしても随分と遅い帰宅である。やはり営業職というのは大変なのだろう。ノルマがあると言うし営業先で断られることも多いと聞く。私もつい先日の土曜日に営業の方が見えられ、断ったばかりだ。商品説明を受けてお試しで利用できるなら良いかもと思ったが、最終的にアンケートを書くことになって個人情報を教えたくない私は断ってしまった。


 顧客のニーズに答えることは並大抵のことではないと思う。何ごとにおいてもそうだと思うが全員が納得いくものは存在しない。私が良いと思ったことが他人には理解されなかったり、逆もしかりである。結局はそれぞれの価値観で判断することになる。そう考えると佑真さんは営業成績がトップクラスだと聞くし、凄い方だなと思う。


 妬まれたりしないのかな。


「誰が誰に妬まれるんですか」


「へ!? 私声に出てました?」


「うん」


 いつの間にか佑真さんとの話は終わっていたみたいだ。


「えっと、佑真さんとの話はもう良いんですか」


「大丈夫ですよ。逆に電話中なのに話しかけるなと怒られちゃって。ごめんね」


「そうなんですか」


「で、誰が誰に妬まれるんですか」


「その……佑真さんです。営業成績が良いので、他の営業部の方に妬まれたりしないのかなって、少し疑問に思ってしまいまして」


「兄さんそんなに優秀なんだ。仕事の話家ではしないかららね」


 その話を聞いて私は余計なことを口にしてしまったのかもしれないと思った。


「ごめんなさい聞かなかったことにしてください」


「別に謝る必要ないんじゃないかな。営業成績が良いとか自分で口にするタイプでもないしそんなことで兄さん怒ったりしないと思いますよ。逆に僕は仕事での兄さんを知れて嬉しいです。でもどうしてそう思ったんですか」


 私は安堵のため息をついた。それと同時にこの兄弟はブラコンなのかと思った。


「そっそれは、たまにいるじゃないですか、成功してる人に対して敵意を向ける人が」


「敵意ですか」


「はい。やっぱり最初から成功してる人なんてほとんどいないと思うんですよね。いるとしてもほんのわずかだと思うし、大抵は大企業の社長さんだって努力して失敗して苦労して今の地位を確立してると思うのに、その努力とか失敗は近しい人しか知りえないし、何の関係もない第三者から見れば、最初から成功してると見えがちだと思うんですよ! 隣の芝生は青く見えるって言いますし」


 裕之さんは相槌を打ちながら聞いてくれている。


「それでいて嫌み言ったりイメージダウンにつながるようなことを勝手な想像であることないこと言いふらしたり。自分が優位に立ちたいからってだからといってそんなことして良い理由にならないと思うんですよ」


「ちょっちょっと待ってさなちゃん一旦落ち着こう」


 裕之さんに話を遮られて私はハッとなった。


「ごめんなさい――裕之さんなんだか話しやすくて」


「本当に? なんだか嬉しいです。でもその様子だと何かありましたか」


「そんなことは……」


「あるんじゃないですか。途中から経験があるような口ぶりになってたから。ほら何も知らない知り合ったばかりの僕だからこそ話せることもあるんじゃないかな」


 私は携帯越しに絶句してしまった。図星だったからだ。いつの間にか自己投影してしまっていたようだ。そこで職場の人間関係について話してしまった。人に話しかけるのが苦手なこと、兄がいるせいか男性のが話しやすいこと、話しかけられるのが男性が多いので必然的に男性ばかりと話しているのでそれをよく思わない女性社員が多く嫌味を言われることをかいつまんで話した。


 なにも事情を知らない僕だからこそ話せることもあるんじゃないかな。なんてパワーワードなのかそう言われてしまえば、贖うことはできないし少し楽になりたい思いもあって、結局は話してしまったのだけれど。これで良かったと思いたい。話すことで少しは心が軽くなった気がした。


 その日を境に職場で、人事部の方がフロアに頻繫に出入りするようになった。そのおかげか、女性社員同士の無駄な会話は減ったように思い、だいぶ仕事がしやすくなったような気がした。単なる偶然だろうけど、もしかしたら神様が私の思いを聞き届けてくれたのかもしれないと、勘ぐってしまった。

お読みいただきありがとうございます。


本日、あともう1話投稿します。夕方以降になると思います。

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