2つの神社の共通点と消えた手紙
よろしくお願いいたします。
それからたわいもない話を始めた。年はいくつなのか、どの辺に住んでいるのか色々と聞かれその質問に答えれば良いのでとても話しやすかった。その会話の中で裕之さんとは同い年で、大学生であると分かった。私が童顔なせいで年下だと思っていたらしく、そのうえに社会人であることを告げるととても驚かれた。
裕之さんに仕事内容を聞かれた時、佑真さんと職種が同じだと分かりある話をしてくれた。たまたま佑真さんの職場の同僚が終電がなくなったということで泊まることになり、その同僚が佑真さんはお客さんには営業スマイルをするのに、職場の人間にはニコリともしない癖にそのギャップが良いと女性社員からモテるのが納得いかないという話の内容だった。
極めてつけは通称ミステリアス王子と言われていることだ。お酒も入っていたせいか、同僚の人に『笑わない癖に何が王子だ』と永遠に聞かされたそうだ。泣き上戸になり非常にめんどくさかったそうで要するに絡み酒である。
この話を聞いて、佑真さんとは同じ職場に勤めている可能性が高くなった。何故なら私の職場には営業部にミステリアス王子と密かにささやかれている男性社員がいるのだ。その名も営業部の栗原さんだ。プライベートは謎に包まれ、笑顔もほとんど見せず眼鏡をかけていることで知的な印象を与えているせいかミステリアス王子という名前がついたと女性社員が噂しているのを聞いたことがある。
栗原さんは営業部なので外回りが多く、事務所にいることは少ない営業成績もトップクラスの人物だ。そもそも部署も異なるため遭遇する確率は低いのだが、たまに同僚がミステリアス王子に偶然出くわしたときゃあきゃあ騒いでることがある。
そんな時は決まって、口より手を動かしてほしいなと思ってしまうのである。『無駄に話しなんかしてないで仕事しなよ!』とは口が裂けても言えないが、本当は楽しそうに話す姿をうらやましく思い嫉妬してしまっているのかもしれない。
でもここであえて佑真さんに『営業部の栗原さんですか』などと確認をとることはしない。そもそも私なんてあまり目立たないし、しがない女性社員なので私のことを認識してるとは限らない。しかも女性社員を避けている節もあるので、もし私が確認をとることで同じ職場だと知ってしまったら嫌な思いをさせてしまうと思ったからだ。
それに今の佑真さんは眼鏡をかけておらず髪も下ろしている。職場で見かけたことのある栗原さんは眼鏡をかけているうえに髪もワックスで固めているので多少なりとも印象が異なるため別人である可能性も否めない。単なる同姓でもし違ったら恥ずかしい思いをするのは私である。だから、ここは黙っておくことにした。
ひと通りけがの手当てが終わると、本題に入ろうと再びダイニングテーブルに移動した。佑真さんは何か話すでもなく、そのままダイニングテーブルの椅子に座っていて私たちの様子を見ていた。
「さなちゃんさっきは本当にごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど、僕焦っちゃって」
「焦る?」
どこに焦るような要素があったのだろうか、そのせいで怪我をしてしまったけれど真剣な眼差しで言われてしまうと責める気になれなかった。
「実はね、僕の大学にはオカルト研究サークルと言うのがあって都市伝説のルーツや超常現象はなぜ起こるのかなどを調べたりしているところがあるんだ」
割と都市伝説の類が好きな私はとても興味を惹かれ何だか面白そうなサークルだなと思いながら聞いていると、耳を疑うような言葉を聞いた。
「そこで最近になって白山神社で火の玉のような光が度々目撃されるとSNSで話題に上がるようになったんだよね」
私は真っ先に母から聞いた話を思い出した。田舎にある照須野神社で火の玉のような白い光が目撃されるようになった話しに似ていると思った。
「さなちゃんは知らない?」
問いかけられてギクッとした。
「私はSNSとかやってないので知らないです。でも……」
私は昨日母から聞いたばかりの話をしようかと思ったが、関連があるとも限らないので言いよどんだ。
「何か気になることでもある?」
「いえ、なんでもないです」
まだ最後まで話しは終わってないようだし、ひとまず心の中にとどめておくことにした。それよりも何だか裕之さんの口調が気安くなったように感じた。同い年だと分かったからだろうか。
「まぁ良いか。それでねこの火の玉ような光は現れるのが不規則で、何かの条件が揃うと現れるのかそれとも別の理由があってのことなのか調べるため神社に張り込んでたんだよね。そしたらさなちゃんの目の前に現れたんだよ」
「えっ!?」
裕之さんが白山神社にいた理由は分かったけれど、火の玉のような光が私の目の前に現れていたとは驚いた。
「だからあのとき慌てて駆け寄ったんだ。火の玉のような光が突然現れてさなちゃんめがけて飛んでいるようでそのあとさなちゃんが光に包まれいるように見えたから、何か見えたり感じたものはないか聞きたくて」
「あっえっと、まぶしいなとは思ったんですけど太陽の光が急に差し込んできたとばかり思って、それ以外は何も」
裕之さんは落胆したように見えた。
「そっか、残念。新しい手がかりがつかめるかなと思ったんだけど」
新しい手がかりということは今まで火の玉のような光に関して何か分かっていることがあるのだろう。詳しく聞いてみたくなった。
「あの、火の玉のような光は白山神社でしか目撃情報がないのですか」
その質問を待ってましたとばかりに裕之さんは身を乗り出してきた。
「そこなんだよね!」
目の前に座る私は間近に迫ってきた裕之さんに少し引いてしまった。
「興奮しすぎだ。近づきすぎると危ないだろ」
佑真さんが慌てて首根っこをつかむように椅子に座りなおさせた。
「わっごめん」
そう言いながら裕之さんはへらへらと笑っていて何だかとても元気な人だなと思った。
「いえ、少し驚いただけなので大丈夫です」
佑真さんはホッとひと息つくと、何ごともなかったように座っていた。
(あれ、もしかして監視されてる? それとも話に興味あるのかな)
「それでね火の玉のような光なんだけど、白山神社でしか目撃情報がないんだよね」
「そうなんですか!? 不思議ですね、神社は沢山あるのに」
そう聞くと何か意図だか意思がありそうに思えてくる。
「僕も不思議に思って他の神社で同じような現象が起こっていないか全国各地の神社のことを調べていたんだけど、火の玉のような光が目撃され始めた時期に注目するとある事実にたどり着いたんだよね」
「ある事実とは何ですか」
意気揚々と話す裕之さんに私は凄く興味津々になってしまいドキドキしていた。
「うんそのことなんだけど、さなちゃんは数か月前桔根町という地域で土砂災害があったことは知ってる?」
桔根町、土砂災害この言葉を聞いた私は愕然とした。これはいよいよ昨日母から聞いた話しと少なからず関係がある可能性が高くなった。急に表情を変えた私に続きを話したくて仕方なさそうな表情をする裕之さんがうつる。
「はい、あの母の実家があるところなので小さい頃良く祖父母に会いに行ってました」
そう告げると、予想外の返答だったのか向かいに座る2人の表情がみるみるうちに曇り始め、裕之さんと佑真さんはお互いに顔を見合わせた。
「ごめんさなちゃん……。辛いこと思い出させちゃったかな」
眉尻を下げながら裕之さんは謝罪を口にした。
「あっいえその……人災はなかったと聞いてますし、ショックではあったんですけどむしろ私自身桔根町にある照須野神社に行けるよう白山神社へお参りに行ったくらいで」
私は気にしないでと伝えるつもりが関係ないことまで口にして、ハッと我に返り慌てて言葉を継ぎ足した。
「とにかく全然気にしてないので、大丈夫です」
その話に何を思ったのか今まで黙っていた佑真さんから心配そうな声が聞こえてきた。
「照須野神社か、神社へお参りに行くぐらい思い入れのある場所なんだろ。小森さん無理してないか」
「本当に大丈夫ですので、話を続けて構いません」
佑真さんは納得のいかない表情をしていたけれど、私にも話さなければならないことが出来てしまったため続きをうながした。裕之さんは本当に大丈夫かなぁと言いたげに話を続けてくれた。
「それじゃあ続きを話すけど、もし聞くの無理そうだったら言ってね」
「はい」
裕之さんからは気遣いを感じられた。
「とは言っても、さなちゃんは察しがついてるかもしれないけど白山神社に火の玉のような光が現れ始めたのは、桔根町にある照須野神社が半壊した時期と重なるんだ。分かったことはその事実だけなんだけどね」
私は驚いて両目を見開いた。久しく田舎にはいっていないので、照須野神社に今でも火の玉のような白い光が現れていたのかは分からない。もし半壊をきっかけに火の玉のような白い光が居場所を失い白山神社に移動してきているとしたら、一体どんな意味があるのだろうか。
「えっでも白山神社と照須野神社は関連性ありましたっけ。何か知ってますか」
「いや、僕もまだ調べてる段階ではあるんだけど、特に関連なさそうなんだよね。まぁまず火の玉のような光が現れる法則性を探って分かり次第現地に調べに行こうかなと思っていたところなんだ」
きっと何かつながりがあるはずだ、でなければ2つの神社で同じ現象が起こるはずがない。
「あの、もし可能であれば調べに行くときご一緒させてもらえませんか」
「うん、良いよ――さっきちょろっと照須野神社に行きたいって言ってたもんね。でもどうして? お母さんの実家なんでしょう。家族で一緒に行けない理由でもあるの」
裕之さんの疑問は当たり前である。母の実家がある場所なのだから、普通なら家族と一緒に行くはずだから。
「はい……。境内の半壊で照須野神社が立入禁止になっているらしくて、行くのはあきらめた方が良いって言われてしまったのです。でもどうしてもこの目で見て確認したいことがあるんです」
裕之さんは何かを察したようにうなずいていたが、引っかかった言葉があったようで少し首を傾げた。
「確認したいことって」
「実は――」
こうして私は桔根町に伝わる白いポストの都市伝説と火の玉のような白い光が目撃されるようになったことをかいつまんで話した。
「――というわけで白いポストを見つけに照須野神社へ行きたかったんです。それで誰か一緒に行ってくれる人いないかなと思って白山神社へお参りに。ちゃんと返事を書いてカバンの中に入れ……あれ!?」
私は証拠を見せようと、カバンの中を漁った。しかし家を出るときに確かに入れたはずの手紙がカバンの中から消えていた。その行動を目の前の2人は怪訝な表情をしながら見ていた。
「どうしたの」
すかさず裕之さんは疑問を口にした。
「ないんです。カバンの中に確かに手紙を入れてきたはずなのに」
不安そうに焦りながらカバンの中を漁る。
「とりあえずテーブルの上に中身全部出してみたら」
そう佑真さんに促されて、テーブルをお借りすることにした。しかしカバンの中身を全てテーブルの上に出しても、手紙は見つからなかった。
「う~ん、考えられることはカバンに入れたつもりになっていて実は家にある。それか神社で転んだ拍子に落とした――と言うのは考えられないよね。駆け寄ったとき周りには何も落ちてなかったし、もし落としてたら2人のどちらかが気付いたと思うし」
裕之さんはそう推理していたけれど、手紙が家にあることは考えられなかった。家を出る前実際に手に持ってカバンに入れたことも覚えている。
「あの! 信じてもらえないかもしれないんですけど、神社に向かう途中も階段を上る前も何度もカバンの中を見て手紙の存在を確かめたんです。私にとって大事なものなのでちゃんと持ってきているか不安になって、だから家に忘れるなんてありえないんです」
「待って、待って。ただ可能性の話をしただけだから、疑うつもりはないよ。ああは言ったけど、ほらとっさのことで神社で落ちたの見落としたかもしれないし、一度白山神社に探しに行こうか」
こうして私は裕之さんと再び白山神社に向かうことになった。しかし手紙を探したものの見つからず、念のため社務所と近くの警察に手紙の落し物が届いていないか確認したがどちらも不発に終わった。
私は落胆を隠しきれず、終始モヤモヤとした気分だった。それから割と良い時間になっていたので裕之さんの好意で自宅近くまで送ってもらった。一体手紙はどこに行ってしまったのだろうか。裕之さんにはもう一度手紙を書いたら良いと言われたけれど、全く同じ内容の手紙を書くのはすごく難しい。
たまに起こることだが仕事やプライベートでメールを作成中に誤って文章を削除してしまうことがある。予測変換で履歴が残っていれば苦労しないがそんなに上手くいくものでもなく結局は文章を作り直すことになるのだ。
せっかく一生懸命作成した文章を作り直すことは、精神的ダメージが伴い投げやりになりがちだ。
「はぁ、これってやっぱり諦めろってことなのかな」
ポツリと呟いて10歳の私からの手紙を読み返した。改めて見ると本当あの頃は純粋だったんだなと思えて何だか可笑しくなった。幸い休日があと数日残っているので、どうすべきか考えようと思った。ただ不思議と照須野神社へ一緒に行ってくれる人がすぐに見つかったことには正直驚いた。
怪我をするという代償つきだったけれど、願いを叶えるには苦痛が伴うものなのだろうか。色々と勘ぐってしまうけれどそう言うことにしておこうと思う。
たった1日のできごとだったのに、とても濃い1日を過ごしたような気がした。
お読みいただきありがとうございます。
明日も投稿させていただきます。