謎の白いポスト
一部土砂災害に関する記述があります。
苦手な方はご注意ください。
翌朝、洗顔や着替えを済ませ1階に降りると、すでに両親は起きていて、父はリビングで新聞を読み、母はキッチンにて朝食の準備をしていた。
「おはよう。お母さん何か手伝う?」
「あら、おはようもうすぐ出来るから、テーブル拭いて食器運んでくれれば良いわよ」
準備を手伝いながら、いつ田舎の話を切り出そうか思案していた。お願いごとをするときは何故か緊張してしまう。原因は自分にもあるけれど、たまに母が休暇をとって家にいるときに学校で出された宿題をすぐにしないことを注意されたり勉強道具を出しっぱなしにしてたりして、頭ごなしに怒られることが多かった。
昔から何かと小言が多い母に対して知らないうちに逆鱗に触れるようなことをしてしまったらと不安になったり、学校での悩みがあっても忙しい母に迷惑かけたらいけないと遠慮して言えなかったりと、母の顔色をうかがうようになってしまったのだ。
そんなことを考えているうちに準備が整い、朝食が始まった。朝食は、パンとサラダとスープという何の変哲もないものだった。
いつ母に切り出そうかと思いつつ、ほぼ会話はなくテレビを見つつ様子をうかがうものの中々切り出せないまま朝食の時間が終わってしまっていた。
食事の片づけが終わりホッとひと息ついたところで、ようやく切り出すことができた。
「お母さん! 今度の休みのときで良いんだけどさ、田舎に行きたいと思ってるんだ……。ちょっと神社に行ってみたくてさ」
そしたら母が驚いた表情をしながら答えた。
「さな覚えてないの? 数か月前の大雨でお母さんの田舎土砂災害とか起こってニュースになったじゃない」
私はハッとした。何故忘れていたのだろうか、テレビのニュースで民家の一部が床下浸水したとか倒木があったとかで桔根町の人たちは大丈夫だろうかと心配になったことを……。
「ごめん。そうだったよね……」
言い訳になるが、幸い人災はなかったと言うことで、とりあえず安心したのか仕事の忙しさもあり時間の経過とともに土砂災害のことが頭から抜け落ちていた。
「まぁみんな避難して怪我人は出なかったからね。でも、神社って照須野神社のことよね?」
母は言いにくそうに、困ったような顔でたずねた。
「うんそうだよ」
「あの辺狭い道が多いじゃない。お母さんも心配で桔根町に住む陽子おばちゃんに電話したら照須野神社の裏山で倒木があったようで、神社の境内が半壊して立入禁止になってるそうよ」
”だから神社に行くのは残念ながらあきらめた方が良いわね”
私はうなずきながら話を聞いていたけれど、途中から意識が別の方に向いてしまっていた。
どうしたら良いのか分からなかった。実際に白いポストを見つけられるかの確証もない状態で探しに行くこと自体が不毛な気もする。これはもしかしたら、探すなというメッセージなのだろうか。
「……な。さなちょっと聞いてるの?」
「あ……。ごめん」
私には人の話を聞きながら、つい別のことを考えてしまう癖がある。どうやらその癖が母の話を聞きながら出てしまっていたようだ。
「とにかく行くのは無理だからね」
私はその言葉を聞きながらも実際に照須野神社の様子をこの目で見て確かめたいと思った。
「さなはどうしてお母さんの田舎にある神社に行きたいんだ? お父さんの田舎にも神社はあるぞ」
ごもっともな話である。おじいちゃんから聞いた内緒の話をしていいものか……。
「あのね、昔おじいちゃんに不思議な話を聞いたことを思い出して、神社に関することだから、何か思い出すかなと思って」
当たり障りなく直接的に言っていないから一応秘密は守ったことになるだろうか。そうしたら母がため息をついた。
「もしかして白いポストがどうのこうのと言う話だったりする?」
母は驚いた表情を浮かべながら。顔色が陰ってしまった。
「この白いポストの話はね、桔根町ではタブー視されていているのよ……。でもおじいちゃんはさなに話してしまったのね」
まさか母の口から白いポストの話が出るとは思いもよらなかった。
「白いポストとはなんの話だ?」
父は白いポストの話を知らなかったようで、疑問を口にした。絶対に口外しないことを約束させると、おじいちゃんから伝え聞いた内容を話してくれた。
「さなはどこまでおじいちゃんから話を聞いたのかわからないけど、うちの田舎に伝わるいわゆる都市伝説みたいなものなんだけど……」
そう前置きして母は話し始めた。
”おじいちゃんがまだ小学生だったころ、夏休みに近所の友達と数人で早朝に近くの川へ魚釣りに行く約束をした。
子供たちだけで行かせるのは危ないからと、同級生のおじいさんが付き添いとして来てくれるようになった。
その同級生は照須野神社のご子息だったこともあり1度神社で待ち合わせをして、川へ向かう約束をした。
みんなが揃うのを待っていると、誰かが神社の奥の方を見ながら、なんか白いポストがあるんだけどと言い出した。
突如目の前に今まで存在しなかった白いポストが現れたことで、子供たちは騒ぎ出した。
怖がる子も興味津々で見ている子もいて、反応は様々だった。しばらくするとそこに同級生のおじいさんが姿を現して、白いポストのことを伝えたら、血相を変えて神社の奥を見やった。
だがしかしその時にはすでに白いポストは姿を消していて、同級生のおじいさんは酷く落胆した。
同級生のおじいさんは白いポストの存在を知っていて、そこでとある話をしてくれたそうだ。
そのおじいさんがまだ高校生の頃、家業を継ぐのが嫌で毎日遊び歩いていた。
母に辛く当たることも多く影でこっそりと泣いている母の姿を何度も目撃していた。
少し後ろめたい気持ちがあったものの、見て見ぬふりをした。
そんな時神主の父が激務で倒れてしまい、自宅療養となりその間母が代わりに神職の補佐を行っていた。元々裏方仕事もあり、家のことも同時に行っていたため仕事量はおのずと増えた。
父の体調が良くなり職務を復帰したと思ったら今度は過労で母が倒れたのだ。
この状況を目の当たりにしたおじいさんは、家業を継ぐことを決意する。
あいにく母のお見舞いには一度も行けなかったけれど、母が退院したら神職を継ぐことを伝えようと思っていた。
母の退院が決まりいよいよ家に帰ってくると思っていた矢先、帰宅途中の母が交通事故に巻き込まれて、帰らぬ人となってしまった。
おじいさんは酷く後悔した。家業が忙しいことは十分に分かっていたはずなのに、自分はまだ高校生だし友達と遊びたいと言う思いを優先してしまっていたことに……。
それからは毎日のように父の補佐をしながら神主になるための勉強をまじめに取り組んだ。母への後悔の念を毎日祈禱しながら月命日には母への思いを手紙に書き記していた。
そんな時おじいさんが早朝に、神社の境内の近くを掃除していたところ、白いポストが姿を現したのだ。
たまたま母に宛てた手紙を懐に入れていて、何も考えずに白いポストへ手紙を投函した。
少し疲れていたのもあり、白は縁起が良い色だし後悔に囚われた心が浄化されればとあまり疑問に思わずに取った行動だった。
その数日後のことだった。亡くなったはずの母から手紙の返事が来たのだ。
手紙には母からの沢山の優しい言葉がつづられていた。責めることもせず、家業を継いでくれてありがとうとそんな言葉ばかりだった。ただひたすら優しさに包まれるような気分になった。
少し心が軽くなり、もし自分が結婚して子供が生まれたら同じ過ちは繰り返させないと誓った。
また白いポストが現れたら、もう1度母に宛てた手紙を投函したいと思っていた。幸せに暮らしてるよと伝えたかったんだ。
そんな話をおじいさんから聞きながら、白いポストは幸せを運んでくるとちまたで言われるようになっていつしか幸せの白いポスト伝説として伝わるようになった。”
母がひと通り話し終わり私は少し疑問に思った。
「でもどうしてそれが話していけない話になるの?」
父も疑問に思ったのか考え込んでいる姿が目についた。
「あぁそれは私が桔根町に住んでいる間、周りの誰も白いポストを見たものはいなかったからよ。だからそんな話誰も信じなくなって、しまいには虚言だったんじゃないかって」
「えっでも……」
私はその続きが言えなかった。もしここで手紙の話をしたら私が変になったと思われるかもしれないから。しかし杞憂だった。
「そうなのよ。お母さんもおじいちゃんが嘘をつくような人ではないと思ってるし、おじいちゃんが学生の頃に何度か白いポストが現れたみたいなのよ。だから完全に嘘ついてるとは思えないんだけど、周りが色々言い始めてしまってね……」
とりあえず母が信じてないわけではないことが分かった。母と思ったことはずれていたけれど、なんとなく手紙のことは言い出せなくなった。
言いよどむ母が苦い顔をしていたのが気になってしまったからだ。それでも母は続きを話してくれた。
「――誰も見たことがないから直接白いポストの話を聞いていない周りの子供たちが、お前の親は嘘つきだと言い始めてしまってね」
複雑な事情があったなんて思いもよらなかった。私にはただ、過去から手紙が届く不思議なポストだという認識でしかなかったからだ。
「酷い……」
思わず私は呟いてしまった。
「本当に酷い話よね。でも実際直接話を聞いた子供たちの中で自慢げに話す子がいてね、それが原因できっとことが大きくなりすぎたのよ。それからみんな口をつぐんでしまって、学校や家庭で変な噂を広めないようにと大人たちが注意を促してそれ以降この話はタブーと見なされるようになったのよ」
私はうなずきながらも何とも言えない気分になり少し複雑な心境になった。
「お母さんは大丈夫だったの?」
「うんそうねぇ、お母さんその話あんまり人には言ってなかったから」
私は、少しホッとした。
「それとねお母さん個人の考えなんだけど、この白いポストの話を聞いた時に、ちょっと感動したのよ」
「感動?」
「そうよ。だってもう2度と会えない人から手紙が届くのよ。たくさん傷つけたであろう相手から責めるでもなくただひたすら優しい言葉をかけられたら嬉しいじゃない」
確かにそうかも知れない。もし同じようなことが起こったら私も嬉しくなるはずだ。照須野神社は今、立入禁止になっていると言っていたけれど近づくことも難しいのだろうか。それでもなんとかして行きたいと思った。
「私タブー視されてる話だなんてこれっぽちも思わなかったよ。とても良い話なのにね……」
「まぁ仕方ないよ。残念ではあるけれど、お母さんを始め誰も見なかったんだから。でもねこの白いポストの話が広まり始めたころ、もう一つその神社で不思議な現象が起こったのよ」
母は悔しそうな表情をしていたと思ったら、徐々に顔がこわばり始めた。
「えっ白いポストの話以外でも何かあったの?」
これは私も初耳である。しかし母の表情をみていると続きを聞くのが少し怖い気もする。
「そうなのよね。照須野神社で白いポストの代わりに火の玉のような白い光が目撃されるようになって、白いポストは白い光の見間違いだったのではないかと言うことになったのよ。その代わり地元ではいつの間にか照須野神社が肝試しスポットになってたわ」
私は開いた口が塞がらなかった。見間違いのはずはない。だって10歳の私から手紙が届いたと言う事実があるのだ。これが紛れもなく白いポストが存在するという証だ。
それに代わりのように白い光が目撃されていたことにも気になるところである。もしかしたら白いポストと何らかの関わりがあるのだろうか。
「さな、何ボケた顔してるのよ」
私はハッとして表情を戻した。
「いや――予想外の話だったから」
「本当に不思議な神社よね」
母に話を聞いてから私は色々と考えるようになった。白いポストの代わりに白い光が目撃されるようになったのは何故だろうか。
共通する”白”にどうも引っ掛かりを覚えた。風水学上白は浄化、純粋、リセット、出発などの意味を持つ。これからどうするべきかちちゃんと考えなければならない。
ひと通り話し終わるとこれ以上話すことはないとばかりに各々自由に過ごし始めた。
それから私は後2、3日ほど実家に滞在する予定を切り上げで翌日の朝食を食べた後自宅に帰ることにした。これからすべきことを家に帰ってじっくりと考える必要があったからだ。
過去を生きる私へと手紙が届くことを願いながら帰路を急いだ。
自宅に戻った私は、まずは届いた手紙の返事を書いてみることにした。
棚の引き出しから便箋を取り出すと、お気に入りのペンを持ち過去へ思いを馳せた。
10歳と言うと小学校4年生だろか、あの頃の私は何を思い何を考えていたのだろうか。
そう言えば忘れられない出来事があった。あれは新しく赴任してきた先生が私のクラスの担任になった年だった。くしくも友達とクラスが分かれた年でもあった。思い出そうとすると苦しい思いが心を締め付けてくる。けれど、未来の自分のために伝えられることがあったら何かが変わる気がするから。
そうして私は手紙を書き始めた。
お読みいただきありがとうございます。
面白ければブックマーク、評価のほどお願いいたします。