7.理不尽な謹慎処分
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7話目です。よろしくお願いいたします。
これで少しでも状況が変わると良いな。
「お兄さんが水野さんに話す気になってくれて良かったね」
「はい。でも水野先輩は信じないかもですよね……」
「うーんそうかなぁ。だって水野さんはさなちゃんのお兄さんのこと信頼してるんでしょ。だったら信じるんじゃないのかな」
本当にそうなのだろうか。信頼しても信用するなって聞いたことがあるし。
「でも、所詮他人の言葉ですよ。お兄が凉子さんに未練があってわざと悪く言ってると思うかも。好きな人の悪い噂なんて私なら信じたくないから」
「まぁ確かにそうだけど、さなちゃんはちょっと考えすぎだよ」
「でっでも」
「そう思っちゃうのは仕方ないけど、実際にさなちゃんは色々言われてるわけでしょ! お兄さんは当然味方するじゃん。水野さんにも悪夢を見た体で話してるわけだから何か察するでしょ! これで何とも思わなければ水野さんはそれまでの男ってことで、痛い目を見た方が良いんだよ」
お兄が水野先輩に話すことによって上手い具合にことが運ぶのを願う。信じるかどうかは五分五分だ。私が何も聞いていないまっさらな状態で、凉子さんの取引先とのトラブルの話だけを聞いていたとしたら、信じる自信がないからだ。
凉子さんは気さくで仕事の出来る優しいお姉さんなので、そんな涼子さんに対して少なからずひがみや妬みが生じる人はいると思う。
だからだろうか、凉子さんと仲の良い私に近づいて悪い印象を吹き込んで、仲を悪くして孤立させようと思う人が出てきてもおかしくない。私は事前情報で多少はどんな人か知っているので、やっぱりそういう人なんだと納得してしまった部分があるが、みんなが言うようにそれさえなければ完璧な女性だ。
内心明日は会社休みたいと思っていた。けれど、休むことで状況が悪化しそうな気がして逃げてはいけないと思った。休むことで、後ろめたいからだとかやっぱり噂は事実だとか思われそうな気もするからだ。
「はぁ~」
何度目かのため息をついた。その理由は明白だ。あれから数時間経つのに誰からも連絡がないからだ。やっぱり仕事中は連絡しづらいかなと思うものの、いくら忙しいとは言えちょっとした合間にひと言ぐらい連絡くれても良いのにと少々不満に思う。そこへ裕之さんが訪ねてきて、ありえないことを口にした。
「ねぇさなちゃん。兄さん携帯忘れてるっぽい」
「えっ」
「さっきさ兄さんの部屋から音がするなって思ったら、兄さんの携帯が鳴ってたんだよねって言っても僕が電話かけたんだけど」
「じゃあ私がしたメールが伝わってないってこと!? 噓でしょ」
何故今日に限ってしかも2、3日帰ってこない日に携帯を忘れるんだと頭を抱えた。
「たまにあるんだ。今までは僕ぐらいしか連絡取る相手いなかったから忘れてもまぁ特段問題はなかったけど、会社で携帯支給されてるみたいだからね。今はさなちゃんがいるからしっかりしてもらいたいんだけど、長年の癖だね」
確かに営業部は会社で携帯を持たされている。外回りが多いため連絡がつかないと困ることが多いからだ。他の部署の人は専用の携帯は持たされていない。ただ役職者は例外である。
社用携帯はプライベート利用を禁止しているため連絡も取りようがないし、番号のリストは会社のデスクの中なので分かりようもない。
「はぁ~」
ふたたび大きなため息をつくと、せめてお兄が水野先輩と早く連絡が取れることを願うしかなかった。すぐに返信があると思っていたので、後々起こった詳しい説明はそのときにと思っており、水野先輩にも改めて連絡もしていない。メールを読み返すと緊急性が欠けるように思う。
「さなちゃん。僕は会社のことはどうする事も出来ない。悔しいけど、兄さんが帰って来るまで待って、これからのこと考えよう」
「それもそうですね……」
結局この日は誰からも連絡がなく時間だけが刻まれた。
次の日私は重い足取りで会社へ向かった。まるで桔根町に行く以前に戻ったようだった。いやそれ以下かも。だって嫌味を言われるんだから。
「小森さん良く会社来れたよね。凉子先輩にあんなことしておいて」
「ねー、どんな神経してるんだろ。凉子先輩はショックでお休みみたいだよ。本当可哀想」
あちこちでこんな会話がなされていた。突き刺さる視線も痛い。私は凉子さんの好きな人を奪っていないし二股もかけていない。事実無根である。しかし思い知った。きっと凉子さんは営業部内で仕事の出来る頼れる先輩だ。昨日赤井さんたちも言っていたが、恋愛面以外を除けば仕事が出来る人だと。それ故に如何に信頼されている人の発言力が大きいかと言うことを。
私の意見など聞こうとする人はおらず、いや言ったところで聞く耳を持たないだろう。あたかも噂が事実のように話されている。こんなにも立場が弱い単なる後輩と言うだけで見向きもされないものなのかと。
「小森さんおはよう」
「おはよう」
「あっおはようございます」
「仕事休まなかったんだね」
声をかけてくれたのは、同じ部署の赤井さんと黒田さんだった。
「あっはい。休んだら何か言われそうで……」
「まぁ確かにね。でもああいう人達は、来ても来なくても色々言うもんだから、気にしたらおしまい……って言っても気になるだろうけど」
「あっそうだ! 今日さお昼一緒にどう? せっかく青野さんいないんだし、ちょっと聞きたいこともあるんだけど」
赤井さんからの突然のお誘いに驚いたものの、内心嬉しかった。
「はい。大丈夫です」
それからあまり集中出来ないものの、仕事に専念するように務めた。さすがに仕事中は小言を言うような人はいなかったが、それでも気分は最悪だった。
昼休けい前の予鈴が鳴り3人はランチに出かけた。2人はお弁当を持参していたようで、私も事務所で食べるつもりだったので、コンビニでおにぎりなどを予め購入していた。そのため近くの公園に行くことにした。
「公園でランチもたまには良いわね」
そう言いながら黒田さんは大きな伸びをした。
「まぁ晴れた暖かい日限定だけどね」
「そうですね」
ひと通り食べ終わると、赤井さんがずっと気になっていたことがあると質問して来た。それは凉子さんと仲良くなるきっかけのことと、何故こんな勘違い騒動が起こったのかを知りたがった。そりゃ気になるよね。そこで、兄と水野先輩が大学の先輩後輩で佑真さんの弟ともお友達になっていたので、話をするようになったこと、その様子を見ていた凉子さんに話しかけられて、コイバナをしているうちに仲良くなったことを伝えた。
そして水野先輩が凉子さんをデートに誘う相談を受けていたこと、意外と水野先輩がヘタレであることを話した。水野先輩には心の中で色々と話してしまったことを謝っておいた。
「うわーマジで!? でもちょっと水野君見かけによらず可愛いかも」
「確かにね! あの見た目と距離感から色々な女の子に手出してそうなのに、好きな子にはグイグイいけないとかちょっとギャップがたまらない。でも見る目なかったのはショックかな」
思いのほか反応は悪いものではなく、むしろ好感触のように思えた。印象を崩してしまったことは申し訳ないが、話してみないと分からないことも多い。だから見た目だけで判断するのは本来ならばすべきことではない。話す機会がなければ一生印象は変わらないだろうが、良くも悪くも話すことは大事だと思う。
赤井さんも黒田さんも、最初は少し怖い人だと思っていたが、話してみて感じたのはちゃんと人のことを見ているし親切な人だと言うこと。全然怖くない。
そこからは何故か水野先輩の話で盛り上がった。2人は佑真さんと私が良い感じだと気付いていたようで、人のものになってるのなら王子から水野先輩に推し変しようかなと言っていた。応援してくれてるようでありがたい。
お昼休けいから戻ると、課長に呼び出しを受けた。そしてとんでもないことを告げられた。
『君には1ヶ月の謹慎処分を言い渡す』
意味が分からない。理由を問うと、ここ数日ささやかれている噂のせいだった。営業部長の話によると、即戦力である凉子さんに休まれると困るからだという。私がいる限り出社出来ないと言ったそうで、1ヶ月もあればほとぼりも覚めるだろうから、謹慎扱いにして欲しいと言われたみたい。
会社としても営業部はただでさえ忙しいのに他の社員を残業させるわけにはいかないと言う。全く納得出来ない。しかし上の判断に従うほかなかった。
部署に戻り今日はこのまま仕事を続けても良いと言うことだったので、残っている仕事を済ませた。赤井さんと黒田さんには謹慎のことを伝えてから帰ることにした。2人はとても驚いていたし『あいつ最低』と怒ってくれたことがちょっと救いだった。
凉子さんはどうやら社長の親戚筋の人でむげに出来ないそうだ。しかも本人は縁故採用ではなく、実力で今の地位を築いている。そのことは1部の人にしか知られていない。もし知られれば実力が実力でないと疑われ、優遇されてると考える人が出てくる可能性があるからだ。
1ヶ月の謹慎処分はどうやら妥当らしい。凉子さんが問題を起こした際も大体1ヶ月もすれば、本人のほとぼりも冷めているそうだ。
反省して復帰するうえ、今までの失態をカバーするような仕事ぶりなため、周りは何も言えなくなる。何故そのことを知っているかと言うと、赤井さんは以前営業部にいたことがあるからだった。もう1度言うが、本当に意味が分からない。
そう言えばふと思った。あのとき裕之さんは手紙とはだいぶ違うけどと言っていたが、お兄は私の会社の状況なんて知るすべがないから、このことは手紙に書きようがなかったと思う方が自然だと。
もしかしたら未来でこの出来事は起きた可能性がある。残酷な未来へのカウントダウンが刻一刻と迫っているのかも知れない。
しかし多少不安は感じるものの冷静でいられるのは、味方がいると言う事実があるからだ。更衣室で着替えを済ませると、そそくさと会社をあとにした。
電車に揺られ今日は連絡取れるかなと何の気なしに携帯電話を見ると、おびただしい数の着信履歴が残っていた。画面を開くと水野先輩の名前で1面が埋め尽くされている状態だった。ある意味ホラーだ。
電車を降りてから水野先輩に連絡をした。
「さなちゃん」
「えっ」
水野先輩はもしもしの挨拶もなく、呼び鈴がなりきる前に電話に出た。
「良かった。電話つながった。中々連絡出来なくてごめんね。メール見て最悪だって思ってたんだけど、忙しくてさ。そのあと先輩から連絡もらって話聞いたときは驚いたよ。まさか女の子の趣味が一緒だったなんて」
「えっそこ?」
思わず突っ込んだ。もっと重要なことをお兄は話しているはずなのに。
「あぁ……違うよな。いやなんて言うか信じられなくてな……夢の話も聞いたよ。先輩もさなちゃんと同じ夢見てたって」
「そんな話もしたんですか」
意外だった。まさかお兄はこの話をしないと勝手に思っていたからだ。
「まぁそうだな。兄弟揃って同じ夢ってのが気になるけど、おれは青野の人となりを見てるから、そんなやつに思えねぇし先輩の話を全て信じた訳じゃない」
確かに人から聞いた不確かな情報よりも、自分の目で見て判断するのは大切なことだ。あとは水野先輩の判断に任せるとしても、言っておかなければならないことがある。
「そうですよね……でも伝えたいことがあって、メール見られたあと会社に戻ったら、凉子先輩の好きな人を奪ったとか、二股してるとか噂されてて、それが原因で私……明日から1ヶ月の謹慎処分を言い渡されたんですよ」
「はっ?」
「言いづらいことなんですけど、赤井さんたちの話では水野先輩が配属される前、凉子さんが取引先と男女のトラブルを起こして謹慎処分を受けたって。1ヶ月もすれば反省してこれまで以上に成果を出すから、周りは何も言えなくなるって。だから1ヶ月の謹慎は妥当だって。社長の親戚筋の人でもあるしむげにできないんだって言ってました。凉子さんは正規採用みたいですけど、周りが気を使ってるんだと思います」
「謹慎処分!? 社長の親戚筋!? 情報量が多いな――っておいまだ話の途中だ」
電話越しからそんな会話が聞こえたと思ったら、突然電話の声が変わった。
「さなさん」
「へっ!?」
どうやら水野先輩から佑真さんが電話を横取りしたようだ。
「俺、家に携帯忘れたみたいだな。悪い……水野さんから少し話は聞いたんだが、一緒にいてやれなくてごめんな」
「いっいえ! 大丈夫です」
「そうか……一緒にいたかったのは俺だけか」
ハッとした。完全にからかわれていると思った。
「そんなことないです。早く会いたいです」
かなり言わされた感があるが、事実でもある。
「なら良かった。それでな、今聞こえたんだけど、謹慎処分ってさなさんのことか?」
「はい……」
「意味が分からないな。とにかく会社のことは俺が何とかするから、安心して。水野さんはどうかわからないが、俺はさなさんの味方だから帰るまでもう少し待ってて」
そう言い残して佑真さんは水野先輩に再び電話を変わった。
「ったく佑真のやつ電話つながったらあとで変わるって言ったのに、人がまだ話してる途中で奪いやがって」
「えっ」
「あぁごめん! 驚いたよな。女の子に興味なかったあいつが、さなちゃんには真剣みたいで安心した……ってそんな話は今どうでも良いな。さっきの続きだけど、青野が社長の親戚筋の人って本当なのか」
そこで、赤井さんが当時の上司に直聞いた話だと伝えた。だからきっと凉子さんの意見を尊重して私が謹慎処分になったと思うと話した。
水野先輩は凉子さんが社長の親戚筋の人だからと手柄を横取りしているわけではなさそうで、安心したみたい。しかし電話を切る間際ため息をつきながら、悩んでいた。情報量が過多すぎて頭が追いつかないので、一晩考えて答えを出すようだ。
連絡が取れたことにひとまず安心した。この先どうなるのかは全く分からないが、佑真さんが助けてくれると思うと心強い。
それに赤井さんや黒田さんも、気にかけてくれている。状況が状況だから話しかけてくれた可能性もあるが、この事件が起きなかったらこれからも関わりはなかったと思うと、きっかけは大事だと思う。
今までは1人で解決しようとか、いずれ時間が解決してくれるなどと思っていたが、本当に助けが必要になって頼らざるを得ない状況になってみると、早く誰かに相談すれば打開策もすぐ見つかるのではと思うようになった。
人の意見を取り入れるかは別として、誰かの意見を聞くことは自分の固定概念から別の視点を見れる良い機会になるかもと思うのだ。私もただ未来に怯えているよりも何か出来ることはないかと考える。けど出来ることはほぼない。これからどうすべきかの対策を練ろうと思っていた矢先のことだったので、打つ手がないのである。
本当は凉子さんと水野先輩を早々にくっつけるのが1番良いと思っていたけれども、それすら出来ない。
家に帰ると裕之さんが出迎えてくれた。裕之さんの明るい笑顔に少し癒された。会社でのことの成り行きを話すと、とても驚いていたがしきりに大丈夫だよと言ってくれたので、安心することが出来た。やはり不安なときは誰かが側にいると落ち着く。
それからは佑真さんの帰りを待ちながら裕之さんと過ごした。裕之さんは私のことを心配してか、常に側にいてくれて、話し相手になってくれて、とても心強かった。ただため息をつきながら、何かと闘っているように見えたのが少し気になる。そしてお兄にはお礼のメールをした。
お読みいただきありがとうございました。
明日も次話投稿予定です。