私の代わりは他に居るもの、たぶん3人目
素人は戦術を語り、玄人は兵站を語ると言います。
どうして戦術より兵站が大切なのでしょうか?
『人材』『代替品』『補給』の点から『量が重視される理由』について解説します。
私は講義を受けている。分野は軍事。
相手はカツヒコ教授。
中背中肉、黒目黒髪、東方人風の眼鏡を掛けた冴えない男。
見た目とは裏腹に、若くして教授の資格を持ち、国を救った英雄だ。
数々の商売も手がけ、羨望を一身に集めている。
非常にものを知っているくせに、何も知らない不思議な男である。
商売や軍事、芸術、文化、そこらの専門家よりよっぽど詳しいのに、
銀貨一枚でナウマタサウ一つ買ってきたりと抜けている。
「前回は『食料』『輸送』『維持』の話をしましたね。
今日は『人材』『代替品』『補給』がテーマとなります」
カツヒコは黒板に『兵站』と書いた。
兵站とは輸送、輜重兵の仕事だ。
カツヒコが持ち込んだ新しい概念である。
彼の講義は毎回斬新な発見があって楽しい。
「質問だ」
「どうぞ。姫」
「『質と量の関係』『量が重視される理由』はテーマに則している、
『私の代わりは他に居るもの、たぶん3人目』が意味不明だ」
「ああこれは、とある物語の有名な台詞で…クローンの少女が…
おっと、脱線させて授業放棄させようなんて無駄だぞ。
ちゃんと関わってくるから問題ないですよ」
「姫、講義を忘れてないか試験です。前回の要点を答えてください」
「兵を維持するためには食料が必要、
輸送を維持するにも食料が必要で、
兵を輸送するために馬などが必要である」
『兵士』 『食料』
『維持』
『輸送』
それぞれが密接に保管し合い、どれが抜けても軍は成り立たない。
「食料を物資、兵士を組織と言い換えても成り立ちます。
食料を金に入れ替えるのも有りですね」
例
A B C
『兵士』『食糧』『輸送』
『組織』『物資』『代替要員』
『職員』『金』 『移動』
『人員』
『機材』
*同じことが軍事以外でも言える
組織の構造上、会社と軍は非常に似通っている
「部隊を揃え輸送し戦闘を行った、次に必要なものは?」
「更なる食料…の補給?」
動いた後は腹が減る?
「食事を途切れさせないのは当然だが違う」
「物資?」
弓矢の補給と鎧を補修。
馬も必要ね。飼葉と水の用意も。
服や布、毛布、木材、ロープ、燃料、運ぶ資材はたくさんある。
「それも違う、物資と食糧は前回話したはずだ。ゴミの回収も忘れてはいけないね」
鹵獲品と破損資材の回収、修理ね。
ゴミ回収と使える物の選別もしないと。
「人ですか?」
「どうしてそう思う?」
「怪我をするから交代しなくてはいけない…?」
「正解だ。怪我をすると戦闘能力が落ちる、
戦場は怪我人が生き残れるほど甘くはない。
だから敵の心配のない後方へ送る。怪我人と代替戦力を入れ替える。
兵士の『代替品』を連れて来なくてはいけない。
死体なら埋めるたりタグを集めたり指と耳を切り取るなどして処理し、
怪我人なら護衛を付けて搬送します」
「ちなみに効率を突き詰めると、怪我人とは厄介なものになります。
まず運ぶ人員が必要となる、護衛も必要だ、生きてるから飯も食う。
戦えない無駄飯喰らいが増えるので困ります」
1:怪我人
○<足を折られちまった、シット!
●●<大丈夫か?助けに来たぞ
戦線から離れる人員1人
2:搬送
●○●<担架に乗せて運ぶ
戦線から離れる人員3人
3:護衛
◎<お前らの護衛だ
●○●
◎<基地まであと少しだ、頑張れ
戦線から離れる人員5人
3.5:輸送
◎
●○● ●<全員馬車に乗れ
◎
輸送人員1人
4:飯
◎ ●<日が暮れそうだからキャンプを張る
●○<働かずに食う飯は不味い ●<馬の様子見てくる
◎<見張りは任せてもらおう ●<俺、飯作るわ
必要な食料6+1人
5:治療
●●●◎◎<戦線に戻るか
○
㊤<オペの準備を
㊦㊦<了解
動いた人数7人+治療を行う人員
「一人の怪我人を出させることで、より多くの戦力を戦線から外す、
すなわち戦力を削ることが出来ます。
間接的に兵站へ圧力を加えていることになります。
これが威力が高い武器となると」
1
○<・・・・・・
●●<ミンチよりひでえや・・・
損失人員1人
2
○
●<ちくしょう、仇はとってやる
●<遺品を持っていこう
「と、なります。殺傷能力が半端な方がかえって厄介です」
「そうなると、全体のために一部の部隊を切り捨てる場合が出てきますよね?
その方が効率が良いんですから。殺すんですか?」
「味方を殺す訳にいかないだろ、常識的に考えて。
殺さなくても兵站をきればいい。物資が途絶えた部隊は自然消滅する。
そうしてみすてられた部隊ってのは過去限りなく存在するのです。
運がよければ生き残ります」
●<矢持って来い!アパム!アパーム!
「大抵、補給が途絶えた部隊の末路は悲惨なものになりますけど」
●<アパムめ、裏切りやがって!ぐふっ…
「酷いものだな」
「別に珍しいものじゃない。
災害医療の現場でも、助かる者から助けると決まっています。
死が確定してる奴に手当てしてもしょうがない。
ある意味、株の損切りに似ています」
「株って食べる?」
「手形のようなものです。より損をする前に売ってしまうやり方です」
「代えの人員が必要なのは
兵站的な理由のほかに、戦力的な穴埋めもあります。
2対1では勝てないと前回言いましたね。
だからこそ『私の代わりは他に居るもの、たぶん3人目』
が出来る人員が必要となるのです」
*○●は同じ強さとします
戦場
○○○対●●● 引き分け
○○対●● 引き分け
「戦力に穴が空く、埋める事が出来ないと更に傷口が広がる」
○○○対●●● 引き分け
対●● 黒勝利
「穴が空くと、敵が有利になる」
○対●●● 黒勝利
対●● 黒勝利
「ところで人員を物資と考えないのか?人員は広い意味で物資の範疇に入らない?」
人を『代替品』と呼ぶのなら、ものとして考えるほうが辻褄が合う。
「姫は怖いことを言うな………。人を消耗品として扱う考え方もなくはない。
指揮官の考え方としても部分的に正しい。
事実、人員を使い捨てる軍隊は今だ存在する。
数十年前まではある大国が使い捨てていたことからも、
それなりに有効な手段でもあろうと考えられる。
しかしそれは世界的な流行ではない」
カツヒコは思うところがあるのだろう。
噛み締めるように話した。
「随分予防線を張ったようだが、な?」
「世論の影響やイデオロギーの発達などもあるが、
一番の理由は人材を育てるのに時間が掛かるからだ
加えて個人的な感情だが、人を使い捨てるのは好きじゃない。
自分が居た世界では、ドンパチにぎやかな大戦争は終わって、
経済戦争に変わっていたのも理由かな。
他にもあるが次回の講座で話そうと考えています」
本質は人も物と変わらない、だからこそ認めるわけにいかないかね。
戦争で最大の功労者でありながら甘いものだ。
「思いついたぞ。人を使い捨てたくない訳だ。
物資は生産できるが、人員は替えが効かない。
矢や剣は幾らでも工房で生産できる、食糧は1年で収穫できる、
人は育って教育して訓練するのに十数年かかるからだ」
「いいや『時間が掛かるだけ』。ここ重要です。今回の要点です」
「兵士になるには訓練がいる。軍隊とは専門者集団です。
弓の引き方から始まって、剣の持ち方、隊列の動き方、皆専門技術です。
逆に考えると、『一定の質』を確保できれば兵士として成り立つ」
「よって『質と量』を揃えなくてはいけない。どうすればよいでしょうか?」
「教育?」
「50点。
一律の共通した教育が必要です。
まず組織は集団活動、共有した認識がいります。
次に組織は『代え』がきかなゃいけません。
『兵站』『補給』の重要さはさんざん話したから理解していると思います。
同じ技術を同時に習得させた方が安く出来ます、店の仕入れと同じです。
同じような人員が揃えば管理も楽になります、これも店の商品棚と似ています」
「皆が同じ戦術を使うと、簡単に対処法を編み出されるのではなくて?」
「全体の質向上を思えば、利益は損益を上回ります。
たかが数十人の異なった流派の戦術が、全体にどれだけ影響を与えます?
数十人が数百数千人の行う足並みの揃った戦術に勝てますか?
沢山の違う流派の戦術家を指導して組織を運営してゆくのは大変だと思いますよ」
問題:君は道場主で舟木流の師範だ。どちらが指導しやすいか答えよ。
A道場
門下生:虎目流
門下生:小野派一刀流
門下生:鐘捲流剣術
門下生:柳生新陰流
門下生:鐘捲流剣術
門下生:中条流
門下生:天真正伝香取神道流
門下生:神夢想林崎流
門下生:神道無双流
B道場
門下生:舟木流
門下生:舟木流
門下生:舟木流
門下生:舟木流
門下生:舟木流
門下生:舟木流
門下生:舟木流
門下生:舟木流
門下生:舟木流
『一定水準を満たす質』を用意する。
これが兵站の目標であり『質と量の関係』だ。
同種の教育を施すことで、替えの効く水準の人材を確保できる。それも大量に。
「質が大事ではないか?
一人で二人の仕事をやれた方が、兵站に負担を与えずに済む」
「そこそこ仕事が出来て、
足手纏いにならない二人が居た方が全体として安定します。
毎回優秀な人材を育てるのは難しいですしね。
『量が重視される理由』を話しましょうか」
1
○<仕事を普通人の3倍出来ます
◎<給料2倍で3倍の仕事やってね
○<すみません、風邪で休みます
◎<3人分の仕事どうすんだよ
2
●●●<凡人です、一人分の仕事しか出来ません
◎<今年は不作か
●● ●<すみません、風邪で休みます
◎<しょうがない、二人にはがんばってもらおう
全体としては安定する
*但し高レベルの仕事は優秀な人材でないと処理できない
おまけ:ブラック企業
◎<お前らには5人分の仕事をやってもらう。納期は…
●●●<・・・・・・(首を切られると他へ行けなくなるので黙っている)
能力を超えた仕事は当然成功するわけもなく。
●●●<すみません、失敗しました
◎<ああん!?ナメてっと殺すぞ!
社会ナメてんのか底辺が!ニートが!死ね!
●● ●<俺、辞めるわ。病みそう。
入った先に辞めてゆく。
◎<新しい仕事だ。お前らには6人分の仕事をやってもらう。納期は…
●●<・・・・・・・・(また無茶な仕事押し付けるよこの人)
無計画に人員が抜けることで、即戦力が必要になる。
◎<派遣から来た○さんだ。
●●○<・・・・・・・(とんでもないところに入ってしまった)
●● ○<辞めます
無茶な仕事についていけず、新社員も使い物になる前に辞める。
キツイ仕事に社内の人間関係はギスギスし始め、以下無間地獄。
「均質な量と共通認識が組織の隅々まで行き渡ると、
大規模戦術が可能になる。戦闘教義、ドクトリンである。
また、ドクトリンによって個々の戦術とは一線を越えた戦略が可能になる」
「大規模、戦術?戦争は既に大規模だぞ?」
「一定の方向性を持った戦闘活動です。前回の説明を思い出してください。
矢の撃ち方、身の隠し方、これらは個人の『戦技』になります。
隊ごとの組織運用になると『戦法』です。
これまで共通認識がなかった時代では各隊長による
『戦法』までが限界でした。均質な教育によってより高い質の運用
『戦略』が可能となります。
数百人規模の戦術が、数千数万規模になるのです」
㊤<戦略
◎◎◎<戦術
○○○○○<戦法
●●●●●●●<戦技
「ドクトリンの存在によって下位の戦術は体系的に纏められ、
訓練はより効率化されます。
状況ごとに戦術、戦法を使い分けられるようになったからです」
「数千数万を指揮するにあたり、
低い能力を持つ者が高い者の平均の中へ埋もれることとなります。
逆に考えると、低い能力も活躍できる場が与えられるという意味でもあります」
○<僕が一番上手くガンダムを使えれるんだ!
●●●●●●●<俺もいるぜ、お前だけになんかイイかっこさせるかよ、
おまえだけじゃないんだぜ、コーホー
㊤<私にいい考えがある
㊤
●●●●●●●○<コンボイ司令!(司令は脳筋だからな、覚悟しよう)
㊤<全員ガンダムに乗ればいい
●●●●●●●○<なにそれ怖い
*最近のガンダムは量産されてます。
「『平均的な質の上昇』は『質』そのものの意味を危うくする」
◎<昔はタイプライターが打てただけで専門職に入れたのさ
㊦<ベトナム戦争時代の米映画を見ると、タイプする事務員が出てくるね
○<タイプライターって文字しか打てない、ワープロ以下のアレですよね
●●●●<ハハッ、楽な仕事だな
「個人の『質』が重視されなくなる戦争、それは『量が重視される理由』であり、
国家的な総力戦であり、物量戦である」
◎<ジャーン、ジャーン、ジャーン
●●●●●●●<げぇっ!換羽!
*換羽は一般人の十倍のエネルギーゲインを誇ります
㊤㊤㊤㊤㊤㊤㊤<ジャーン、ジャーン、ジャーン
*量産型換羽は換羽を凌駕する性能を誇ります
◎<げぇっ!量産型換羽!
質の上昇によって個人の武勇を誇った時代は終わりを告げた。
「教育法とシステムの発達によって、人材の質は上がり、平均化し、
大規模戦術化によって些細な戦術の違いが、
大勢に影響を与えることがなくなった
と言葉をまとめたところで講義を終わります。
次回は『紅白力押し合戦』『増える物量』
『戦いはこの一戦で終わりではないのだよ』です」