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22-2-25『塔』


──その街には、一万メートルもの高さを誇る「塔」がある。

ひどく寂れた塔のなかを、ひとりの少女が旅している。

宛てもなく、意味もなく、ただ「頂上」だけを目指して。


 



 その塔は、いつからか故郷の街にそびえ立っていた。

 つくられたのは何十年も前だという。

 広大な平野のどこにいても、その姿を拝むことができる。まるで天を支える柱のように、どっしりとした裾野をもつシルエット。全高は一万メートル以上、フロア数は二〇〇〇階以上もあるらしい。

 いまでも建物としては現役で、夜になれば巨体のあちらこちらに光がともる。でも、そこで何が行われているのかを知ることはない。わたしは足元の街で生まれ、ぼんやりと塔を見上げながら育った。父も、母も、塔のことについて深く語ろうとはしなかった。あそこは危ないから立ち入ってはいけない、出入りする人々とも関わらないようにしなさいと、腫物を触るような口ぶりで言い含めるばかりだった。

 今日、わたしはその言いつけを破る。

 安物のショルダーバッグにわずかな現金と、ペットボトルの飲み物だけを詰めて。

 よどんだ空を突き抜けるように、立ちすくむわたしを塔は見下ろしている。その頂は雲に隠れて見えない。どれだけ文献やインターネットの記事を漁っても、頂上の景色を見たという者の記録はない。

 あの頂へ登り詰めてみたい。

 いつからか、それがわたしの人生の目標になっていた。



 塔のまわりは塀で囲われているわけでも、警備員が監視しているわけでもない。ただ、そこが「塔」と街の境目であることは一目でわかる。長い年月を経て人々がコツコツ作り上げてきた雑多な街並みの中にあって、その塔はまるで、神様が気まぐれに置いた花瓶のようにのっぺりとたたずんでいる。いびつな手直しや補修の跡も見当たらない。

 人々の往来はまばらだ。

 おっかなびっくりわたしも真似をして、建物の回転ドアをくぐった。

 ドアは何重にも据え付けられていて、正直いって出入りが面倒だ。どうしてこんな構造にしたのだろう。こんな巨大な建物だし、テロでも警戒しているのだろうか。心なしか重くなった空気のなかを、ひとまず中心部を目指して歩くことにした。

 それにしても、広い。

 あまりにも広大だ。

 地上階の面積は十キロメートル四方もあるらしい。噂には聞いていたけど、それほど健脚でもないわたしにはかなり道のりが厳しい。おまけに通路には何もない。時おり鉄製の扉があらわれては、見えないどこかへ続いている。それ以外の景色はただひたすらの、壁。


「──道に迷ってんのかい」


 突然、背中の向こうで声がした。

 ぎょっとわたしが振り返ると、作業服姿の青年がわたしを見下ろしていた。宅配業者のロゴの描かれたカバンを背負っている。


「わたし、上の階にいきたくて。とりあえず中へ入ってみたんですけど」

「入る場所を間違えたな。ここは管理用通路だよ。俺達みたいな出入りの業者以外、こんな通路は使わないよ」


 どうりで殺風景だったわけだ。「ついてきな」と先をゆく彼に、わたしも付き従うことにした。彼は宅配業者の配達員として働いているようだった。


「たまにいるんだ。正規の入口じゃなく、こうやって管理通用口から入っちゃう人がさ」

「……ごめんなさい」

「仕方ねーよ。出入り口だけで数百か所もあるんだから。おれも仕事で来るようになるまでは、薄気味悪くて近寄る気にならなかったしな」


 からりと青年は笑った。悪い人ではないようだった。


「わたし、頂上まで行きたいんです」


 思いきってわたしは打ち明けた。


「何があるのか知らないし、誰に言われたわけでもないけど。でも、どうしても行ってみたくて。どうやって行ったらいいのか知ってますか」

「頂上か」


 青年の目が、ふと遠くなった。


「たまにいるよ。君みたいに、ただ漠然と頂上を目指したいっていうやつが」

「……そうなんだ」

「行き方は知らない。でも、そこらじゅうに案内看板があるから、当てにして歩いてゆけばたどり着くんじゃねーかな。こう見えても現役の建物だからな」

「ここって何の建物なんですか」

「聞いたことないのか?」

「ないです。親も教えてくれなかったし」

「まぁ、おれも当事者だったわけじゃないから、詳しいことは知らないけど」


 曲がり角に立った青年が左へ折れる。そこにはひときわ大きな鉄の扉があって、大仰な文字で【開閉注意 人界(ヒューマンレベル)1F】と書かれている。青年がドアノブに手をかけると、ぎい、と錆びついた音が響いた。


「ここはむかし人工都市だったんだ」


 青年は扉を押し開けた。

 空気が変わった。そこには見上げるような巨大空間が広がっていた。ドーム状に積み重なった無数のフロアのそこかしこに、人の姿が見える。店の看板やのぼりも並んでいる。賑やかなショッピングモールのような景色に、わたしはおもわず息を呑んだ。──賑やかな景色に似つかわしくないほど、人の往来が少ないことに。


「最盛期の人口は数千万人もいたんだとさ。いまも数万人は住んでるって話だ。下の方は住宅街と商業施設、その上にはオフィスや公共施設や工場なんかもあったらしい。……まぁ、いまはほとんど廃墟同然になってるだろうけど」

「みんな、どこへ行っちゃったんだろう」

「地上に降りたんだよ。おれの親もむかしはこの塔に住んでたんだ。息子が配達の仕事で出入りするようになるだなんて、きっと夢にも思わなかっただろうな」


 じゃあな、といって手を振り、青年はわたしのもとを離れていった。目を凝らせば、広大なフロアのそこかしこに点々と人影が見当たる。上空は吹き抜けのようになっていて、ドーム状の建屋のうえにもさらに別のドームが重なっている。それぞれが何十階もの高さを持ち、ところどころに電灯のひかりが見える。

 ここは単なる建物じゃない。

 ひとつの世界だったのだ。

 賑わっていた頃の景色はどんなものだったのだろう。

 あまりの広さに目がくらんで、身体が落ち着かない。うろうろしていると、青年の言う通り、広場の片隅に案内看板が置かれていた。ここは「人界」と呼ばれる最下層エリアのひとつで、ドーム全体が二五〇階建ての超高層マンションになっているようだ。同じものがぜんぶで八つあり、巨大な塔の「足」として機能しているみたいだった。


「界間エレベーター……?」


 わたしの目はフロアマップの一角に留まった。八つのドームの各所に、上層へ向かいそうな名前のエレベーターがいくつか見当たるのに気づいた。地図によれば、ひとつ上の階層には商業施設やオフィス、ホテルが集約されているらしい。その上へ、さらにその上へと、階層は続いてゆく。

 エレベーターに乗れば一足飛びに上層へ行ける。

 けれどもなんだか、心が動かなかった。

 巨大ドームの壁を這うように、階段やエスカレーターが上の階まで続いている。わたしは案内看板のそばを離れて、気まぐれに階段を昇ってみることにした。二階、三階、四階と登るにつれて、ドームの全貌がくっきりと見えるようになった。二五〇階のすべてがマンションなのではなく、最下部の十数階は商業フロアを兼ねているようだ。住宅用の玄関と商業テナント用のガラス戸が、延々と続く廊下の先へ並んでいる。


「見ない顔だね」


 雑巾で店の看板を拭いていた老婆が、わたしに気づいて声をかけてきた。


「引っ越してきたのかい?」

「頂上を目指しているんです」


 わたしは言った。汗のにじみ始めたショルダーバッグを、そっと掛け直して。


「教えてください。この階段を昇っていったら、どこまで行けますか?」





 寂れた塔のなかをわたしは進む。

 目的も意味もなく、ただ、上を目指して。

 どこまで行けるか分からない。体力が()つのかも知らない。相棒も、便利な道具も、頂上に立ったあとのビジョンもない。目の前に道を見つけ、ひたすらに登り続けるだけ。

 そんな何もないわたしの、海月(くらげ)のような旅の物語。






【結果】1位票2、2位票6、3位票7、いいね8

    第二会場12位・全体45位(25pt)


・仕事上の多忙や何やらで創作から心が離れ気味のなか、締切直前にネタ起こして書き上げて提出した代物。構想を起こし始めてから主催のフォームに提出するまで3時間もかかってない粗製品。なのに前回の『極北のアンビリカル・コード』とポイント数が同じってどういうことですか???

・「たまたま塔のような形状をした」人工都市を宛もなくさまよう、ロードムービー的な何か。言うまでもなくネタ元はつくみず先生の「少女終末旅行」なわけですが、現実でモデルにしたのは世界一危険な廃墟と呼ばれる南ア・ヨハネスブルグのポンテタワー。建物の構造やコンセプトはバブル期の伝説的建築構想「東京バベルタワー」を元にしています。主人公が徹底的に無個性であるのは読者の没入感を煽るためだと論考してくださった方がいましたが、ただ作者の気力と時間が尽きてて主人公の人間性を掘り下げられなかっただけです。

・上記のような経緯で生まれたので続きの構想は一切なし。締め方もわざと曖昧にしています。書きたい人がいるならどなたでも持って行ってくれ。



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