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17-2-19『恋愛能力検定 初10級』

 大学一の才女・西野かなえは、とびきりの美貌を備えたモテ女。

 学業優先のために告白を断り続け、恋愛経験は皆無。ついた異名は「千人斬りの高嶺の花」。

 ようやく研究が落ち着いた三回生の冬。研究室の仲間が軒並み恋人持ちであることを知ったかなえは変な負けん気を起こし、自分にも恋愛くらいできるのだと証明すべく「恋愛能力検定」を受験する。だが、自信満々に挑んだ1級の試験では、まともに点を取れず轟沈。現実を思い知らされて打ちひしがれるかなえに、彼女の開発したAI「(アイ)」は提案を持ち掛ける。


『わたしがお供します。一緒に勉強しましょう』

『高嶺の花のあなたに、恋の楽しさを教えてあげますよ』


 どこまでも合理的で論理的でありたいかなえに、果たして恋は理解できるのか。

 千人斬りの高嶺の花は、素敵な恋に巡り合えるのか──。

 日本一偏差値の高い(?)「恋愛学習」が、今、始まる。




 千人斬りの高嶺の花。

 友達すらAIで作れる人体錬成士。

 東京国立大学工学部の電子情報工学科には、そんな異名を抱える三回生がいる。

 彼女は今日も颯爽と登校する。凛と引き締まった美しい横顔、しわ一つない綺麗な服装、さらりと風になびく艶やかな髪。道行く誰もが足を止め、彼女に視線を奪われる。十人に一人くらいは理性さえも奪われ、うっかり声をかけてしまう。


「あの、電情の西野かなえさんですよね。お噂はかねがね……」

「よかったらお茶とか行きませんか。もちろん全額払うっスよ」

「君の進めているAI研究をぜひ支援させてほしい。私の研究室に来ないかね」

「このあと暇だったりしないの?」

「ずっと憧れてたんです! 一緒に写真撮ってください!」


 ラブレターを渡されたり、手を掴まれるのも日常茶飯事だ。けれども西野かなえは強い女だった。デートの申し出にはスケジュールまみれの手帳を見せて断り、ラブレターはその場で破き、手を掴まれれば小手返しで相手を()ぎ倒す始末。


「私、研究で忙しいから」


 取り付く島のない彼女の冷たいまなざしに、撃沈した男女の総数は数え切れない。それでも多くの者が、諦めきれずに告白に挑んでしまう。それこそが、彼女の高嶺の花たる所以だった。




「……ねぇ、(アイ)

『なんでしょうか』

「私に足りないものって恋だと思うの」


 気まぐれに話しかけたら、自家製の人工知能はしばらく沈黙した。西野かなえはプログラムのバグを疑った。結局、画面の中の彼は『……議論の余地がありますね』と返した。

 誰の姿もない深夜の研究室。自作ブレンドのコーヒーをすすりながら、かなえはぐったりと机に上体をもたげた。疲労が溜まっているのは、昨日まで学会発表の準備に追われていたせいだ。個人のパソコンでも運用可能な軽量人工知能「I」の構築によって学会賞を受賞し、ようやく一息をついたかなえは、勉強や研究に追われ続けた入学以来の三年間を思い返していた。


「最近知ったの。この研究室に所属してる子、私以外は全員恋人がいるんだって」

『そうでしょうね。天下の東国大ですからネームバリューもありますし』

「どうして私には恋人ができないんだと思う?」


 Iはまたも返答に困った。情報収集に長ける彼は、自身を開発した女が千人斬りの異名を持つ"断崖絶壁の花"であることも知っていた。


『欲しいんですか、恋人』


 ううん、とかなえは首を振った。


「ゆっくり付き合う暇なんてなさそうだし」

『なら、憧れる必要もないでしょう』

「違うの。恋愛だって能力のうちでしょ。周りのみんなが当たり前にできることを、私だけができないなんて有り得ない。そんなことないって証明するために、恋人がほしいの」


 Ⅰは画面の中で露骨に面倒くさそうな顔をした。


『恋愛能力検定を受験してはどうですか。わざわざ恋人を作らずとも、ご自身の能力を客観的に測れますよ』


 かなえは顔を上げ「その手があったな」とつぶやいた。

 投げやりな提案を呑まれたことにⅠは驚いた。

 恋愛能力検定。少子化対策の一環として政府主導で導入された資格検定で、保持している級数が告白の成功確率に比例するとも言われる代物だ。


「それ、受けよう。エントリーはⅠに任せる」

『何級を受験しますか。下は初10級からありますが……』

「当然1級よ」

『かなり難しいと聞きますが、いいんですか』

「私に解けない問題なんてないわ。心配いらないから」


 かなえは自身の能力に絶対的な誇りを持っていた。生まれてこのかた、努力と才能ですべてを手に入れてきた。あらゆる難題をこの手で解明し、弱冠二十一歳で学会賞まで射止めた彼女に、怖いものなど何もないのだ。

 Ⅰは溜め息交じりに『エントリーを済ませました』と返答した。




 試験会場は不愉快な香水の匂いに満ちていた。

 かなえの隣席はビジネスマンだった。高級そうなジャケットを羽織り、凝った髪をいじりながらパソコンで誰かと話していた。胡散臭いカタカナ語だらけの会話にかなえは眉をひそめた。浮わついたやつだ、と思った。

 前の席ではチャラチャラした男子大学生が過去問を解いている。かなえは過去問を解いたことがない。そんなものに頼らずとも、学力だけですべての試験を突破してきたからだ。──今度もきっと大丈夫。私にできないことなんてない。気高い誇りを胸に、配布された問題文を机に置く。


「始め!」


 号令が鳴った。

 かなえは慣れた手つきで紙をめくった。


【問1 正しい選択肢を選びなさい。

(1)一般に三回目のデートは脈の有無の見極め点であるとされるが、デート場所として最も適切なのは以下のどれか。

 ①ファミリーレストラン

 ②テーマパーク

 ③ラブホテル】


 かなえは自信満々に①と記入した。最も費用対効果に優れているのは安価なファミレスに決まっている。論理的思考の賜物だ。


【(2)恋人が別れるジンクスのある場所について、名称と理由の組み合わせが正しいものはどれか。

 ①上野恩賜公園の不忍池

 過去に池で溺れ死んだカップルがいるため。

 ②東京ディズニーランド

 長い待ち時間にしびれを切らすため。

 ③海遊館の観覧車

 ビリケンさんが嫉妬してしまうため。】


 かなえは迷わず①を選んだ。上野恩賜公園以外の二つは行ったこともないのでよく知らなかった。


【(3)プロポーズを行う際の留意点として適切なものはどれか。

 ①婚約指輪の相場は100万円を超える程度が一般的である。

 ②特別感を演出するためにフラッシュモブ等を活用して街中で唐突に行うべき。

 ③結婚適齢期を迎えている場合、プロポーズに至るまでの期間は長すぎない方がよい。】


 かなえは淡々と①を選んだ。指輪の値段は高くあるべきだ。出費が大きくなる分、相手に婚約破棄をためらわせる効果も期待できる──。

 試験時間は瞬く間に溶けていった。周囲の誰もが難問に唸り、ペンを走らせる手を止める中、かなえだけは悠々と最後の問題まで到達してペンを置いた。見たことのない用語やシチュエーションだらけの設問も、合理的な論理思考があれば怖くない。デートの費用負担は収入の多寡によらず割り勘であるべきだし、カップル成立後も保険のためにマッチングアプリのアカウントは維持するべきだ。

 きっと高得点間違いなし。

 自信満々にかなえは試験会場を出た。

 試験結果は一か月後、郵送で通知されるとのことだった。




 近頃、かなえに無謀な告白を挑む男女はめっきり減った。数々の異名が学外にまで知れ渡ったためらしい。今日も今日とて、告白のためにイタリアからやってきたという留学生をかなえは振った。イタリア語は守備範囲外だった。ロシア語圏やドイツ語圏だったら考えても良かった。

 確実に恋が成就する保証もないのに、多額の費用をかけて告白しに来て振られる。非合理的な人間は苦手だ。他ならぬ自分が彼を振ったことは棚に上げて、つくづくかなえはそう思う。

 いつものごとく夜遅くまで研究を続けて、自宅に帰った。郵便受けには封筒が入っていた。


「……結果だ」


 かなえは深く考えることもなく、その場で口を破って開封した。

 どうせ合格だろう、と思いながら。

 真っ先に【不合格】の文字が目に入った。次いで【4/200】の数字も目に入った。にわかには信じがたい記載の数々に、かなえはしばらく玄関前に立ち尽くした。いくら目を擦っても、頭から読み返しても、目の前の現実は揺らがなかった。

 二百点満点中、取れたのは四点だけ。

 最悪の結果に眩暈(めまい)がした。


「……ねぇ、Ⅰ」


 かなえは愕然とパソコンを起動した。Ⅰはかなえの声色だけで試験結果を察した。


『やはり駄目だったのですね』

「やはりって何!? 確証があったの」

『ありましたとも。恋愛検定1級は恋愛経験が豊富でないと突破できない難関です。交際経験のないあなたが知識だけで合格するはずはありません』


 すげなくⅠは畳み掛けた。


『あなたは何か勘違いをしていますね。恋とは感情のなせる業、合理性や論理性に満ちた代物ではない。世の中の人々は勉強ではなく経験によって、恋の何たるかを理解してゆきます。あなたにはその過程が足りていません。いきなり1級合格を目指すなど、烏滸(おこ)がましいにもほどがありますね』

「嫌になるほど告白はされてるのに……」

『告白()()()()()です。付き合っても長続きはしないでしょう。不合格の結果が示す通り、恋愛関係を維持する能力があなたにはないのですから』


 打ちのめされたかなえはベッドに座り込んでしまった。音を立てて自信が崩れてゆくのを感じた。どんな難題も乗り越えてきたのに、こと恋愛においては凡人以下の才能しか持ち合わせていないだなんて。

 とりなすようにⅠが『嘆くことはありませんよ』と言った。


『恋愛能力検定の趣旨は、恋の苦手な人々を段階的に能力向上させることにあります。いちばん下から受けてゆけばいいのです』

「初10級から……ってこと?」

『わたしがお供します。一緒に勉強しましょう』


 かなえは渋々、うなずいた。もはや頼りになるのはⅠだけだった。

 恋の何たるかを知りたい。この手の届かない世界を知りたい。傷心のかなえを突き動かしているのは、合理性では説明のつかない、燃えるように激しい探求心だった。


「約束だからね。私を恋のできる(ひと)にしてよ」


 睨むと、Ⅰは画面の中で柔らかに微笑んだ。


『高嶺の花のあなたに、思うままにならない恋の楽しさを教えてあげますよ』






【結果】1位票1、2位票5、3位票0

    第二会場14位・全体54位(13pt)


・前々回の反省をいまだに引きずっていた当時、「恋愛を扱うにしても軽い方がいいか?」と思い立って書き散らかした作品。無惨に散りました。祭り読者さんの目は節穴ではなかった。

・タイトルの由来は、漢字検定10級の旧表記「初10級」から。記憶が怪しいけれども確かそういう名前だった。主人公の名前に他意はない、というか作者はむしろ西〇カナのファン。

・恋愛小説というよりコメディな作風なので、書くのは非常に楽しかった。頑張れば続きも書けそうな気がするが、投票結果からして需要が……。



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