6日目
アマンダに世話になって6日目。
日常的な動きには支障が無くなり、この日の俺はリハビリの為にも、朝から薪割りと水汲みを買ってでた。
薪割りをし出すと、すぐに滝のような汗が流れ、水汲みではバケツを2つ持つと、足が震える。
まだ本調子では全然ないが、それでも当初に比べると随分と回復した。
「水汲み、助かりますう」
キッチンの瓶に一杯の水を汲んでやると、アマンダは嬉しそうにしていた。
昨日、結局アマンダは、オータム国へ帰るつもりはない、と言った。そして、
「私はこの森でひっそりと咲きますう。ジルがたまに遊びに来てくれると嬉しいです」
などと、本当に危ない事を言いやがった。
いいのか?本気にするぞ?
遊びに来るぞ?
もちろん、大人の遊びだぞ?
そうなると、遊びでは終わらさないぞ?
俺の目付きはかなり据わっていた筈だが、それに気付きもしない。
大丈夫か?
「えへへ、来てくれますか?」
上目遣いで、はにかみながらアマンダは言う。
もちろんうさ耳付きだ。
これ、分かってやってんのかなあ、この子。
分かってはないんだろぉなぁ。
「ああ、もちろん、また来るよ」
俺は煩悩を押し込むのに大変な苦労をして、出来るだけ爽やかに答えた。
それが、昨日だ。
「アマンダ、この調子なら、明日か明後日にはここを発てると思っている」
そして、今日、6日目の昼食時に俺はそう切り出す。
「そうですね、いい加減、ジルのお家の方も心配しているでしょう」
「そうだな」
確かにいい加減、心配してそうだ。
まあ、俺なんて、スペアのスペアだが、そういう観点からではなく心配してるだろう。
「それでだな、やはり、こんな森で女が1人というのは物騒だし、俺と来ないか?」
「ジルと?」
「ああ、最初に君を探していた、と言っただろう?診てもらいたい人も居るんだ。俺の家、というか、建物というか、職場というか……うん、職場だな、職場に来ないか?住み込みの寮もある」
「住み込みの寮かあ……でも、こちらでやっと落ち着きましたしねえ、ここなら薬草も幾つか手に入るし、村の人達も良い人達です。この森は魔物もいないし、気に入ってるんですよね、うーむ」
アマンダは腕を組んで考え込む。
もちろん連れ帰れたら、寮なんかに入れるつもりはない。
俺の執務エリアの客間を準備するけどな。
「寮は食事も出るぞ」
「食事かあ」
揺れるうさ耳。
「ここでは、スープばかりだろう?」
どうやらアマンダはスープしか作れないようで、今のところ、3食スープとパンだ。
伯爵令嬢だったアマンダは料理なんてした事なかったに違いなく、きっと鍋に全部入れて火を通してるだけなのだ。
俺はずっと毒にやられていたし、あっさりしたスープは、むしろありがたかったが、そろそろ物足りないな、と思う。
肉汁溢れる肉料理が食べたい。
アマンダだってそうだろう。
「時々、心配した村長さんの奥さんがご馳走してくれてはいますう」
「村長の奥方が?」
「はい、ここに住む時に村長さんにはきちんと挨拶してまして、村長さんは私を貴族の不憫な愛人だと思ってます」
「は?」
愛人だと?
無性にムカムカする俺だ。
「私は正妻の逆鱗に触れて、追いやられた愛人のようです。ちゃんと食べなよ、ってシチューとかくれるんです」
顔を綻ばせるアマンダ。
やっぱり、スープ三昧の食事は物足りないようだ。
「しろ……ごほん。寮ならシチューも出るし、鶏肉の丸焼きも出る。デザートもあるぞ」
「! デザート」
心なしか、うさ耳がピンとなった気がする。
可愛いな。
「な、俺と来ないか?」
「そうですねえ、ジルは楽しい人ですし、一緒は嬉しいな、とは思います」
くそ、ドキドキするじゃないか。
一緒が嬉しい、ってあれだよな、好意はあるよな?
にやけるな、俺。
「ふうむ、でも、明日、明後日で決断するのは難しいですし、ジルの職場の意向も聞いた方が良いでしょう、既に薬師の方がいるなら私はお邪魔でしょうし。あ、職場ってもしかして、騎士団ですか?一緒に鍛練すると、そういえば言ってましたね!」
アマンダは、ぽむ、と手を打つ。
「あ、ああ、まあ、大体、そうだ」
嘘ではない。
騎士団は次兄の管轄だが、その手伝いをしたりもするし。
うん、するし。
「なるほど、騎士でしたか、じゃあ、察する所、ジルはかなりよいお家の次男とか三男ですね?」
ふふふ、お見通しですよ、と誇らしげなアマンダ。
ああ、可愛い。
「そんな所だな」
うん、そんな所だ。三男だし。
「それで馬も剣もよい物なんですね、納得です。そして、私の事はやはり騎士団にお伺いをたててからが良いですよ。いきなり連れて行ったら、上官の方に怒られます」
怒られないと思う。
伝説の薬師なんだぞ、誰も怒らないだろう。
そもそも、俺の上官なんていない。
「診てもらいたい人がいる、とも言ってましたね。同僚の方ですか?」
「いや、兄だ」
「お兄さんも騎士でしたか、騎士団に薬師はいるでしょう?なぜ私を?」
「兄は、リンド王太子と同じ病なんだ。魔力が多すぎて、身体が追い付いていない」
そう伝えると、アマンダは少し黙った。
「そうでしたか……それなら、私が診るのが手っ取り早いですね。あ、それで、ヒカリコブを採ってたんですね、あれは魔力を中和しますからね」
「ああ」
「リンドと同じなんて、ジルのお兄さんはかなりの魔力なんですねえ。お兄さんはここまで来れますか?私が行った方がいいでしょうか?」
「ここに来るのは、難しそうだな。帰ったら兄と家族に相談して君を迎えに来るよ」
そのまま、なし崩しで囲おう。
「分かりました。へへへ、ジルが行っちゃうのは寂しいな、と思ってたけど、また会えますね」
嬉しそうなアマンダの様子に、罪悪感がわき起こる。
いい加減、俺の事と、兄の事をちゃんと伝えるべきだ。明日にでも、ここを発つ前にきちんと話そうと俺は決めた。
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明日の朝、完結予定です。