2日目(3)
薬を飲んだ後、その日はベッドの上で身を起こして食事も取れた。
アマンダの作ったらしいスープは正直、味は微妙だが栄養がありそうだったのでちゃんと飲む。
アマンダは同じスープを美味そうに飲んでいる。何でだ?
「滋味が染みますねえ」
ほう、と息を吐きながら味わうアマンダ。
そこで俺の中で大きな疑問が湧く。
このベッド、誰のだ?と。
森の中の小屋らしいこの場所には、アマンダが普段は1人で暮らしているのだ。そんな場所に客用のベッドなんてある訳がないのでは?
「アマンダ、このベッドは君のか?」
「そうですよ」
あっさり認めるアマンダ。
「なっ、待て!君は昨日、どこで寝た?」
「ダイニングの床で、何なら、一昨日もですよ」
「何だと?!今日から俺が床で寝る。君はベッドを使うんだ」
「いや、ジル、立ち上がれもしないくせに何紳士ぶってるんですか」
「立ち上がれなくても、女を床で寝させる訳にはいかない。しかも、寄りによって君を」
「寄りによって、とは?」
小首を傾げるうさ耳付きのアマンダ。
だから、可愛いすぎるだろう。
「あー、えーと、ほら、君は伯爵令嬢だったし」
くそ、ちょっと気になっている女だからなんて、言えるか。
「平気ですう、実家でも離れの栽培室の床でよく寝てました。それに、そんな事言うなら、ジルこそ、床で寝る人じゃないですよね?」
「ん?」
「惚けないで下さい。あなたの愛馬のラオ、とても毛づやが良くて惚れ惚れする名馬です。そこらへんの坊っちゃんクラスが買える馬じゃないです。服も質素っぽくしてるけど生地が良いです。靴も剣もやたら良いものです。相当、やんごとない人ですよね?………………まさか、王子とかじゃないですよね?」
「…………え?」
俺はドキリとする。
もしかして、王子の婚約者だったから、王子に鼻が利くのか?
「うーん、ま、王子は1人で森には来ないか。かなり力のある貴族か、大富豪の子息あたりですよね?」
「あー、えーと、うーむ、うん?」
口ごもる俺だ。
念のため断っておくが、普段なら身元を突っ込まれて、こんなにまずい対応はしない。
お忍びの単独行は慣れている。
突っ込まれた時の説明もきちんと用意してあるし、偽の身分証も持っている。
ただ、俺はアマンダに堂々と嘘をつく気になれなかった。
「まあ、ジル、なんて家名なしで名乗ってるんですし、あなたにも何か事情があるのでしょう。突っ込みませんけどね、高い身分の方と関わるのはもうこりごりですし」
「えっ、高い身分嫌なのか?」
「私の先程の身の上話聞いてました?いーやーでーすう」
「貴族や王族にも、いろいろ居るぞ
、そんな身分だけで差別するのはよくない」
「身分に拘りますね……さては、相当爵位が高いですね?」
「ぐっ……それはさておき、正体不明の男を家に上げて、寝室に寝かすなんて無用心過ぎないか?」
「ええー、寝てる本人が言います?」
「俺は、紳士だから問題なかったが、こういう場合は、どうしてもなら手足を縛って軒先で介抱するべきだ」
「危険そうなら放っておきましたよう、あんな素敵な馬が必死に引き摺ってきたので、害はないかな、と判断しました。どうせ、2、3日は麻痺で抵抗なんて出来ないし、不気味なウサギが親切にするなんて、怖さしかないだろうから、動けるようになったら夜中に這ってでも逃げるかな、と」
「不気味なウサギ」
「ええ」
アマンダはうさ耳を指差してニコニコする。
うさ耳付きの、少し痛い、可愛い女にしか見えない。
危なすぎる。
少し痛い所が、危なさを加速させている。
俺は絶対にアマンダを手許に置こうと密かに決意する。こんな危なっかしいのをこんな森の中に置いておけるか。
回復したら、何とか騙くらかして、違う、説得して絶対に囲おう。
「とにかく、今日から床で寝る」
そう宣言した。
俺の宣言をアマンダは聞く気はなかったようだ、その日夕方に飲んだ薬には睡眠薬も混ぜられていて、俺はあっさりと、アマンダのベッドでぐっすり朝まで眠った。