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2日目(2)


「だって、話が違ったもん!リンドは魔力過多のせいで、心臓が弱いから王位は継がないって言ってたもん!!

“君は僕の横でゆっくりずうっと薬の研究をしてたらいいよ”って言ってたのに、元気になってきた途端に王太子になって、妃になるんだからそれらしく振る舞おうねとか、おしとやかにしようね、とか、外国語も話そうね、とか、もちろん薬の研究は続けよう、とか、いろいろ言う上に、聖女が見つかったら、薬の研究用の予算流用して聖女の治癒魔法の研鑽に当てたんだもん!!!」


だんっとアマンダが地団駄を踏む。


「私は!伯爵家では、先妻の子供で厄介で変な娘で!リンドだけが、“君は好きな事してたらいいよ、そのままの君でいいよ”って言ってくれてたのに!王太子になった途端、違う事言い出したの!」

だんっ、だんっ、とアマンダは床を苛める。


「大体、王家もリンドも私の薬師の才能が欲しいだけだし!知ってるし!じゃあ薬師の仕事だけでいいじゃん!!!王太子妃まで求めんな!!!!」

だんっ!


一気に捲し立てた後、はあ、はあ、と荒い息をしながら、アマンダは俯いた。


「………………」

リンド第一王子が王太子となってからも、アマンダの薬師としての功績は聞こえてきていたな、と俺は思い出す。

難しい調合の薬のより簡単な調合法を編み出した、とか、希少な材料でしか作れない薬を、手に入りやすい薬草で作れるようにした、などと、俺の国、スプリング国まで彼女の功績は伝わってきていた。


薬師としての活躍は引き続き期待され、それに加えて求められた王太子妃の義務と責任、しかも当初の話とは違う。


「……それだけって、簡単に言いますね」彼女の言葉が甦る。


突出した才能の者は、周りからその努力や苦労が軽く見られやすい。一番上の兄上を見ていて、いつも思っていた事だ。

常人では計り知れない次元にいるから、何をしても、あれは天才だから、の一言で終わるのだ。

アマンダにとって、薬師として高みを目指しつつ、王太子妃としての諸々を求められる事は大変な事だったのだろう。



「…………すまない」

小さく声をかけるが、アマンダは俯いたままだ。

うさ耳もしおしおと項垂れていて、俺はどうしようもなく庇護欲が湧いた。


俺はベッドから身を起こし、ゆっくりと立ち上がると、目眩と吐き気を何とか堪えてアマンダの側までよろよろと行き、そのサクラ色のふわふわした頭を撫でてやった。


アマンダが弾かれたように顔を上げる。

それだけで、バランスを崩して倒れそうになる不甲斐ない俺だが、何とか踏みとどまった。


「何よう、まだ、立ち上がるだけで辛いはずですよ」

「泣いてる君を放ってはおけない」

「泣いてないもん」

「目尻に光るそれはなんだ」

「心の汗よう」

「なら、心の汗を流す君を放ってはおけない」

「ふっ、バーカ」

アマンダがくすっと笑う。

おっと、ヤバイな、可愛い。

俺は抱き締めたくてうずうずする手を押し止める。


「君の事情や背景も知らずに、伯爵令嬢なら、なんて知った風な事を言ってすまなかった」

「うん」

「それで、王太子が許せなくて毒を?」

「許せなくて、とかじゃないですう。リンドは責任感が強いから、王太子になった以上、あの変化はしょうがない事だって分かってたもん。

でも、付いて行くのは無理だと思った。だから、毒を盛って、犯罪者になって、修道院送りになる事にしたの。そうでもしないと王家は私を離してくれなさそうだったから。一過性の毒だし、薬師の私を殺しはしない、幽閉か修道院かな、と思って」


「捨て身だなあ、もっと他の方法があったんじゃないか?」

他に男を作るとか、と言おうとして、少しイライラしたので、言うのは止めた。


「出来たらのんびりした辺境に行きたかったし」

「いやしかし、馬車も襲われたんだろ?ここにこうして居るって事は運良く逃げられたようだが」

アマンダは、首を振る。


「馬車は私が裏から手を回して襲わせたのよう、御者も買収して」

「どうやって?」

「謎の貴族に成りすまして?」

「なんだ、その疑問系」

「成りすましたつもりではありました」

「それにしたって、襲わせたってどういう事だ、襲われるのは君なんだぞ?逃げられなかったら、どんな目に合ったと思っている」

盗賊に拉致された元令嬢の運命なんて、悲惨の二文字しかないだろう。


「襲われませんよう、私には、これがありますからね、これがある限り、私はウサギです」

ここでアマンダは得意気に、うさ耳を指差す。


いやいやいやいや!

大丈夫か、この子。

本当に伝説の薬師か?

18才にしては子供っぽいのは、薬の事だけ考えてきたからだとして、このうさ耳への絶対の信頼は一体なんだ?

俺は、わりと柔軟性あるし、それなりに優しいから話合わせてやってるけど、うさ耳付けてもウサギにはならないぞ?

盗賊は合わせてくれないぞ?


「アマンダ、その耳だけでウサギにはなれない」

何を今さら諭しているんだ俺は。


「でも、本来はこれさえあれば、私はウサギなんですう。しかも結構ホラーな」

うん?

「待て!ホラーなのか?」

どうでもいいっちゃ、どうでもいいが、ホラーに引っ掛かって俺は聞く。


「ホラーですよー。ウサギが人と同じ大きさの時点で、ホラーですよね。おまけに喋るんですよ、絶対にヤバい魔物の類ですよね。

目付きもわりといってる感じですし、当日は口回りや服に血糊も塗ってたので、馬車に入ってきた男達に“乗っていたご令嬢なら、僕がいただきましたよ”ってにっこりしたら逃げていきました」

得意気に胸を張るアマンダ。


こういうのもちょっと可愛いな。

そして、ウサギの大きさ、そのままなんだ。

俺はてっきり、アマンダ的には手のひらサイズの可愛らしいピンクのウサギになってるつもりなのかと思っていたんだが…………

等身大だったとは。

この感じ、ひょっとしなくても、二足歩行なんだろうな。


まあ、でも、確かに押し入った馬車の中に、口回りが血だらけのうさ耳付けた令嬢が居たら、かなり怖いか…………しかし、目付き、いってるかな?愛らしい瞳だと思うが、いやいや、それは今、関係ない。


「ホラーではあるが、上手くいったのは運が良かっただけだ、これからはそんな事、しないように」


「むー、でも上手くいきましたよ。この土地と小屋だって、予め、謎の貴族で買って準備しておいたやつだもん。全部計画通り」

むすっと上目遣いで俺を見るアマンダ。

超絶可愛いな。

そして、大した実行力だ。


俺はまたアマンダの頭を撫でる。

「とりあえず、今回は頑張ったな。でも次回からは断罪とか、盗賊が絡まない方法にしような。君に何かあったら……」

そこで、はた、と俺の手は止まる。


あったら……何だ?

俺は何を言おうとした?

出会ってまだ1日しか経ってない女だぞ?

しかもうさ耳付きだぞ?

伝説の薬師ではあるが…………え?


戸惑う俺にアマンダは嬉しそうに告げる。


「頭ナデナデ、小さい頃はよくリンドがしてくれたなあ」

むっ。

俺はそっとアマンダの頭から手をどけると、再び、よろよろとベッドへと向かう。


「ジル?」

「とりあえず、横になって休む」

「後でお薬、飲みましょうね」

アマンダがにっこりする。

またあの、頑張って飲むレベルを超えてる臭いのやつ、飲むのか……。

俺はげんなりした。




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