2日目(1)
翌朝。
薄く目を開けると視界の隅で、ピンク色の細長いものがピョコピョコ揺れている。
あれは………………うさ耳だ。
夢じゃなかったか。
夢じゃなくて良かったような、良くなかったような……。
俺はゆっくりと身を起こす。
世界は揺れないし、かなり気分もいい。
「あ!ジル!おはよう」
アダは俺が起きたのに気付いてにっこりする。
やはり可愛い。
普段は俺の身分や外見にすり寄ってくる女ばかりに囲まれているからだろうか、無邪気な笑顔がやたら可愛いく感じる。
あのうさ耳も悪くないな、なんて思ってる自分が怖い。
俺はベッドから足を降ろしてみた。
ドクツルタケに深く刺された右足首には、べったりと青緑色の葉っぱのようなものが貼り付いている。
「炎症を抑える効果のある薬草です」
俺の視線に気付いてアダが説明する。
「気分はどうですか?」
「昨日よりかなりいい。あの薬、効いたんだな」
「私の薬で、効かないものはありません」
「はは、自信家だな……………………」
俺は、アダの真面目な顔での宣言に、思わず笑い………………
ちょっと待て!
と、まじまじとアダを見た。
珍しいサクラ色の髪色に、淡い金色の瞳。
背格好も一致する。
村人達は、森の魔女の薬はとても質が良い、と言っていた。近々、ギルドの職員も魔女の様子を見に来る予定になっているくらい質がいいらしい。
ドクツルタケの解毒薬は調合が難しいのに、簡単に作っていた。
うさ耳…………?
いや、うさ耳は置いておこう。
「アダ…………君は、もしかして、アマンダ・ラースラ伯爵令嬢?オータム国の伝説の薬師の?」
「げっっ、」
アダ、ことアマンダが、嫌そうに後ずさりしてうさ耳が揺れる。
「やっぱりそうなんだな!君を探していたんだ!」
俺は思わず立ち上がり、アマンダに詰め寄ろうとして、また世界が揺れる。
ぐらあっと世界が揺れて、俺はベッドに倒れ込んだ。
「ダメですよ、ジルはかなりの量のドクツルタケの毒を受けたんです。まだ、立てませんよ」
仰向けに倒れた俺を、うさ耳が覗き込む。
「むー、そして、アマンダの名前は捨てました。犯罪者ですしね。その名前で呼ぶのは止めてください、お薬あげるの止めますよう」
「え?犯罪者?」
「そうですよ、ジルはオータム国の人ではなさそうですね。アマンダ・ラースラはオータム国の伯爵令嬢でリンド王太子の婚約者でしたが、最近現れて王太子と仲良しの聖女に嫉妬して王太子に毒を盛ったんです。これまでの功績から死罪は免れましたが、伯爵家からは除籍、修道院送りとなりました。修道院への護送の馬車が盗賊に襲われ、アマンダの生死は不明、死体はあがってないが、まあ死んだよね、となってます。というのが半年ほど前の事です」
「あー、」
それは知っている。
当初、オータム国内ではそのように発表されたのだ。
「という訳で、私はオータム国の隣国、スプリング国の深い森に住む、ウサギです」
うさ耳が存在を主張するように、ピョコンと揺れる。
ここについては争っても無駄なようなので、俺は認める。
「うん、そうだな、今は、ウサギだな」
「ええ!」
「じゃあ、以前は、アマンダ、でいいな?」
俺は確信と期待を込めて聞く。
このうさ耳の女が、本当にアマンダ・ラースラなら願ってもない事だ。本人からの肯定が欲しかった。
アマンダ・ラースラは、数々の偉大な薬師を輩出したラースラ伯爵家の歴史の中でも飛び抜けた天才で、若干18才にして伝説の薬師と言われている薬師だ。
魔力過多で身体に負担がかかっていた当時のリンド第一王子を、長年の治療で見違える程に健康にしたのは彼女の手腕によるらしい、と聞いている。
オータム国に、リンド王太子を治療したアマンダの薬を売ってくれ、と何度要請したか分からない。
ことごとく、断られた。
まあ、立場が反対なら、うちの国も断っただろうからそこはしょうがない。
そんな、伝説の薬師、アマンダ・ラースラが今、俺の目の前に居る。
うさ耳を付けて。
生死不明の行方不明と聞いて、もしかしたらと探していたアマンダが。
「むー、嫌な言い方しますね」
「さっき自分でも、その名前は捨てた、と認めただろう?」
「ジル?立場を分かってますか?今の私はあなたが昨夜、すごく嫌がった媚薬だって盛れるんですよ?盛ってやりましょうか?その後、縛って放置してやりましょうか?」
「絶対に止めてくれ」
「なら、アマンダの話はお仕舞いです」
「いや、待て!……あっ、待て!媚薬を準備するな!そうじゃない!誤解だ!アマンダ、君はもう犯罪者じゃない!!」
媚薬らしき小瓶を取り出していたアマンダの手が止まる。
「もう?」
「そうだ!君の冤罪は晴れている!」
「冤罪?」
「ああ、王太子に毒を盛ったとされたのも、間違いだったとなっている」
俺が力強く言うと、アマンダはとても残念そうになった。なんでだ?
「毒なら、確かに私が盛りましたよう」
残念そうにアマンダは言う。
「なっ、え?しかし、王太子は3日間の激痛に苦しんだ後、心臓の持病が完治してたと後から分かったんだぞ?君が盛ったのは毒じゃなくて薬だったんだろう?」
「それは、副作用です」
「は?」
「ですから、心臓の持病が治ったのは、毒の副作用ですう」
「ん?いやいやいや、待て!それなら3日間の激痛が副作用だろう?」
「いいえ、私はリンドに一過性に苦しむだけの毒を盛りたかったので、激痛が主作用で、完治が副作用なんですう」
アマンダは悲しげに首を振る。
「……………………なるほど。ん?てか、毒は盛ったって、そんなに聖女に嫉妬したのか?」
まだ短い付き合いだが、恋に溺れて嫉妬に狂うタイプには見えない。
「まあ、表向きは」
「なら、裏向きは?」
「嫌だったから……」
「何がだ?」
「王太子妃」
「…………は?」
「王太子妃、嫌だったの」
「え?それだけで毒を?」
「……それだけって、簡単に言いますね」
アマンダの目が鋭くなる。
「だって君、伯爵令嬢だろう?子供の頃から結ばれていた婚約だと聞いたぞ。家の為にも君の為にもなる縁じゃいか」
「だからって、嫌なものは嫌です」
「嫌ってなあ…………好いた男でも?」
「いないわよう、王太子妃の責任とかが嫌だったの」
「なんだそれ、我が儘じゃないか」
大体、高い身分にはそれなりの責務や義務が生じるんだぞ、と続けようとした俺の言葉は、激昂したアマンダの声に遮られた。
「我が儘じゃないもん!」
拳を握りしめて、アマンダは俺を睨んだ。