初日
よろしくお願いします。短編のつもりで書き出したものなので、軽くて短いです。
「…………う」
「あ、気が付きましたか?」
目を開けて、俺を覗き込んでいたのは、ウサギの耳付きのカチューシャを付けた、淡いピンク色の髪のの女だった。
……………………うさ耳?
もちろん、最初の疑問はそこだ。
何だそのうさ耳?
彼女の髪の毛より少し濃いピンク色のうさ耳は、片方は可愛く真ん中から垂れている。
「あれ?怯えませんね」
俺がぼんやりと、うさ耳を観察していると、女は首を傾げる。
「あなた、目は見えてますか?」
「見えている」
「わっ、喋った!」
女が少し身を引く。
そら、喋るだろう、話しかけておいてなぜそこに驚くんだ。
「私が怖くないんですか?」
「…………そのうさ耳は少し異質で、怖いかと聞かれれば、ある種の怖さはあるが」
「えっ、うさ耳?」
女は驚いて俺を見る。
そして、さわさわと自分のうさ耳を触って確認しだした。
いやいや、あるよな、そこにうさ耳。
しっかり付けてるよな、うさ耳。
「おかしいなあ、これを付けてると、私はウサギの筈なんですけどね」
女が首を傾げる。
うーむ、どうやら、ちょっとヤバい人みたいだ。
「まあ、見ようによっては確かにウサギだ」
あんまり刺激してはいけないと、俺は妥協点を見出だす。
不毛な会話をするつもりはない。彼女が、うさ耳を付けた人はもうウサギだ、と言うのなら、それに従おう。
ここはきっと彼女の管轄内で、俺は今、足を負傷し、毒にもやられている筈なのだ。体はまだ動きそうもない、今のところ害意はなさそうだが、機嫌は損なわない方がいいだろう。
「ところで、俺はドクツルタケに刺されて、気を失っていたと思うのだが、君が助けてくれたのかな?」
出来るだけ爽やかにそう聞いてみる。
外見はそこそこ良い筈だから、これで大体の令嬢はぽっと頬を染めたりしてくれるのだが、うさ耳の女は無反応だった。
「うーむ、そうですね。あなたを助けたのは、あなたの愛馬でしょうね。私は引き摺られて来たあなたを介抱して解毒しただけです」
「ラオが?」
「ラオ、神話の黒鳥ですね。カッコいいです、彼女にぴったりですね。あなた、センスありますねえ」
女がうっとりと目を細める。
しばらく、うっとりした後、険しい顔で俺を見てきた。
「それにしても、そんなに深くドクツルタケに刺されるなんて、危険でしたよ。あれを舐めてはいけません。巻き付かれたらすぐに斬らないと、腰の剣はお飾りですか?」
「崖の中腹の薬草を採ろうとしてたんだ、巻き付かれた時は全く自由が利かない体勢だった。薬草で頭がいっぱいで周りが見えてなかった」
ドクツルタケは肉食植物だ。
重みや刺激を感じ取ると、棘付きの蔓が巻き付いて麻痺性の毒を注入し、動けなくなった獲物をゆっくり消化する、というおぞましい生態を持つ植物だが、本来餌食となるのはキツネくらいまでの動物で、人間の大人なら巻き付かれてすぐに蔓を切るなり千切るなりすれば脱出は容易だ。
今回はタイミングと体勢が非常に悪かったので、かなりの量の毒を貰ってしまい、蔓は引きちぎったものの、俺はそこで意識を失った。
体の様子を確認すると、全身に擦過傷や打ち身もある。崖を転がり落ちたようだ。
「握りしめていた、ヒカリコブですね。確かにあれは希少です」
「! 採れていたのか!?どこにっ」
勢いよく身を起こそうとして、ぐらりと世界が揺れた。
「ちょっと、まだ解毒が完璧じゃないんです。起き上がるのは無理です」
女が慌てて俺を押し止め、うさ耳がぴょこぴょこ揺れる。見慣れてくるとなかなか可愛いな。
「ヒカリコブなら、ちゃんと保存してますよ、大丈夫です」
「そうか……ところで、ここは?見た所、小屋か何かのようだが、そして、君は?ここに住んでいるのか?」
俺は首だけ動かして周囲を見回す。今居るのは丸太を組んだ新しい小屋のようだ。俺が寝かされているのは小さな寝室で、開いた扉からダイニングらしき部屋とキッチンが見えて、生活の匂いもする。
「ここは、あなたがヒカリコブを採った崖から少し離れた森の中にある私の家です。最近、こちらで1人で暮らし始めたんです」
「こんな森に1人?……君は、ひょっとして、村人が言ってた森の魔女か?」
「えっ、魔女?何ですかそれ?村人?」
「この森から一番近い村だ。そこに森から薬を売りに来る魔女がいると」
「あー、なるほど、それは、私でしょうねえ。あれえ、魔女?魔女と自己紹介はしてないんですけど」
「目深にローブを被り、声はしゃがれていると」
人はそれを魔女と言うだろう。
「はーい、私ですね。声は薬草でしゃがれさして行ってます。貫禄あった方がいいかなって」
「そうか、村には、うさ耳は付けて行ってないんだな」
付けて行ってたら、村人から絶対にその特徴を聞いていたはずだ。
「何言ってるんですか?ウサギから薬なんて、買ってくれる訳ないでしょう?」
女は心底呆れた顔で俺を見てくる。
「…………」
俺は色々反論したいのをぐっと堪えた。
とにかく、この女の中では、うさ耳を付けたらそれはもうウサギなのだ。
そこを大前提で飲み込もう。
世話になったようだし、まだ起き上がれないという事は、ここからも世話になるのだから。
「いろいろとありがとう。きちんと礼はする」
「礼?ああ、解毒の事ですね」
「ヒカリコブの保存もだな……ひょっとして、ラオの世話もしてくれているのか?」
「世話というか、彼女はここから離れなかったので、軒下に繋いでみてます。とりあえず、人参あげてます」
「すまない、ありがとう」
「どういたしまして」
女がにっこりする。
なかなか、無邪気で可愛い笑顔だ。
うさ耳付いてなかったら、そこそこ可愛いんじゃないか?いや、うさ耳も可愛いっちゃ可愛いか。
「君の名前を聞いておいてもいいだろうか?」
「えっ?」
「君の名前だ」
「あー、えーと、うーん…………………………………………………………………………アダム」
滅茶苦茶悩んだな。
分かりやすく偽名なんだろうな。
しかも、あんなに悩んだ挙げ句、なんで男の偽名にした?
「……そうか、アダムか。俺はジルだ」
俺のこれも、偽名だ。
外で身分を隠して名乗る時に使う名前だ。お忍びの時はもちろん身分は明かさない。毒で動けないなら尚更だ。
「あっ…………やっぱり、アダで」
アダムが男性の名前だと気付いたようだ。
「分かった、アダ、だな」
もう何でもいいや。
「うん、それで」
アダは嬉しそうに笑う。
「とりあえず、ジルはこのままもう一晩寝ましょう、追加のお薬持ってくるので、それ飲んで寝てくださいね。明日には体くらい起こせるかもしれないし、起こせないかもしれない」
アダはそう言って、キッチンらしき場所で、ゴリゴリと何やら作業した後、ひどい臭いの液体を持ってきた。
「さ、頑張って、ぐぐっと、飲んで下さい」
この臭い、頑張れる限度を超えてないか?
「ささ、」
ぐいぐいと差し出される異様な臭いの飲み物。
「いや、これ、本当に薬か?」
「薬ですう。毒じゃないですよ。そもそも今のジルにはこれが毒だろうが媚薬だろうが、飲む選択肢しかないですよ。私でも簡単に押し倒して首を絞めれますからね」
「待て!媚薬は困る」
なかなか可愛いが、こんなうさ耳に落胤なんて産まれたらと思うと恐怖しかない。
なかなか可愛くはあるが。
「大丈夫ですよ、媚薬は冗談ですう。私もやんごとなさそうなのはこりごりです」
「は?」
「さ!」
ぐいぐいが鬼気迫り出す。
アダの目は据わっていて、俺はこれ以上の抵抗は危険だと判断する。
アダの言う通り、今の俺には飲むしかないのだ。
俺は意を決して、目をつむって息を止めてそれを飲み、すぐに気絶するように寝た。
お読みいただきありがとうございます!
9話か10話で完結予定。本日より7話までちょこちょこ予約投稿済みです。
キリが良い所で区切っているので、字数が少なめの回もあります。