第99話 伊南村家の年末
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「愛理、夕食の用意ができたから、そろそろこっちへ来ないか?」
背の高い男性が愛理の部屋に声をかけた。
イケメンと言うより、少し日本風美男子の要素が入った顔立ちをしている。おそらく若い頃は、引く手あまたのモテ方をしたに違いない。
伊南村雅人42歳、愛理の父だ。
高校卒業からずっと、様々なジャンルの料理店で料理人やシェフとして生きてきた雅人だったが、40歳になったのをきっかけにスッパリと業界から身を引いた。惜しむ声も多かったが、それを問われても雅人はひょうひょうと答えるのみだった。
「それだけの決断をさせてくれるステキなことに出会ったんだ」
あれから二年、雅人は伊南村家の主夫としてこのダイニングキッチンに見事に馴染んでいた。
「料理手伝えなくてごめん、もうちょっとでこの計算終わるから」
ダイニングテーブルにノートパソコンを広げて、なにやらカタカタとキーボードを叩いている女性。
伊南村愛菜38歳、愛理の母である。
優秀な素粒子物理学者であると共に、ISS(国際宇宙ステーション)で、HSN・対袴田素粒子防御シールド・サテライト・ネットワークの管理を任されている凄腕エンジニアでもある。めったに取れない休日の取得に成功、のんびりと自宅でお正月をすごす……はずだったのだが、ISSに残してきた同僚の二人、アメリカ人宇宙物理学者ダン・ジョンソンと、フランスの宇宙生物学者レオ・ロベールからの、呪いのような問い合わせがひっきりなしに届くのだ。その対応に、おちおちテレビも見ていられない。
「ほら、愛菜も仕事はちょっとお休みして、ご飯にしよう」
「そうね」
愛菜はひとつ、ため息をつくとノートパソコンをパタンと閉じた。
最先端科学の世界でバリバリ働く愛菜と、家庭をしっかりと守る主夫の雅人、と、一見そう思われる伊南村家だが、実は雅人はもっとずっと先を見つめていた。
健康をテーマにしながらも、とんでもなく美味しいレストランを作りたい!
それが雅人の野望なのである。そのためにこの二年、家にこもって様々な料理を研究してきた。愛菜はその理解者であり、雅人の夢の応援者なのだ。
「おなかすいたですぅ〜」
愛理がダイニングへやって来た。
冬だと言うのに、上はTシャツ一枚で下はショートパンツ。奈央の影響か、Tシャツには特撮ヒーローのロゴが描かれている。
「愛理、その格好寒くないの?」
愛菜がいぶかしげな顔で聞く。
「だって若いも〜ん」
とびきりの笑顔でそう返した愛理に、愛菜は肩をすくめた。
「はいはい、どーせお母さんはもう若くないですよーだ」
「そんなこと言ったら、お母さんより年上のお父さんはどうなるんだ?」
「若くないですぅ」
これは伊南村家のルーティントークだ。
なかなか三人が揃わないこの家では、みんなが一緒だといつものトークが飛び出してくる。そしてひとしきり笑い合うのだ。幸せを感じるひと時なのである。
「今日のごはん、なんだかすごいですぅ」
愛理はテーブルを見渡した。
「これ、本当に健康料理なんですかぁ?おいしそうなものばかりですぅ」
「もちろんだ。今日の料理は全て、お父さんが研究に研究を重ねて完成させた、健康になる糖質制限料理なんだ」
「ほえ〜」
愛理の口から、ひかりから移ったと思われる謎の声が出た。
「だって、ご飯って炭水化物だから糖質でしょ?」
「よーく見てごらん」
愛理がお茶碗によそられたご飯をまじまじと見つめる。
「なんか、茶色と白のまだら?」
「そう!これは、大豆ライスと白米を最高のバランスでブレンドした低糖質ご飯なんだ」
「ほえ〜」
謎の声2である。
「大豆をご飯の形に成形した大豆ライスは、タンパク質もタップリだから、食後の血糖値上昇を抑える働きもあるんだよ」
「じゃあ、このパスタは?」
「これは小麦粉ではなく、えんどう豆100%の麺で、やっぱり食後の血糖値が上がりにくいオススメのパスタなんだ」
食後の血糖値が急上昇と急降下を起こす状態を「血糖値スパイク」と言う。急激に上がった血糖値を下げるため、カラダはインスリンを分泌し、血液中の糖を脂肪として吸収する。つまり、血糖値スパイクこそが太る原因なのだ。また、この急激な変化は毛細血管に悪影響を及ぼし、様々な病気の原因となる。血糖値スパイクを起こさない料理、それこそ愛理の父が目指している究極の健康料理なのであった。
「そうだ!私、前からお父さんに聞いてみたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「お父さん、ダイエットを考えるなら炭水化物や糖質が何グラム入っているか、パッケージの裏とかを見た方がいいって言ってたでしょ?」
「一日に糖質は何グラムにしよう、と決めておくのがいいと思うぞ」
「でもね、最近よく『糖類ゼロ』って表示があるでしょ?あれは糖質のことなの?」
雅人がニヤリと笑った。
「愛理、いいところに気がついたね。糖類ゼロって書いてあったら、きっと糖質がゼロだから太らない!って思いがちだろ?」
「え、違うの?」
「簡単に説明すると、炭水化物から食物繊維を取り除いたものが糖質だ。そして、糖質からでんぷん、砂糖、アルコールなどを取り除いたのが糖類なんだよ」
「つまり?」
「糖類がゼロでも、その他の糖質のでんぷんや砂糖は入っているんだから、太る可能性はじゅうぶんにある」
「なんじゃそりゃー!」
今度のセリフは両津から移ったものだろう。
「あ、ごめん、お父さん。私テレビ見なくちゃ!」
ダイニングとひと続きになっているリビングに向けて、愛理はテレビのリモコンを操作する。ピッとひとつ鳴り、テレビの画面がパッと明るくなった。
『宇宙検事、野蛮!』
宇奈月奈央も大好きな特撮ドラマが始まった。
「愛理ちゃん、見ながらでいいから、冷める前に食べてしまいましょ」
この子、教習所へ行ってから、ずいぶん明るくなったわ。
雅人と愛菜は、心があたかくなるのを感じていた。




