第98話 宇奈月家の年末
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
白を基調にした上品な部屋。
内装のデザイン自体はバロック様式とロココ様式が調和したもので、まるでフランスのヴェルサイユ宮殿のようだ。だが世界一有名な、かの城の室内と違い、派手な色使いは全く見られない。アーチ型の窓、壁にかけられた絵画、天蓋のあるベッド。そのどれもが、白にパステル調の色を基本に優しく映えている。
宇奈月奈央はテーブルからティーカップを持ち上げ、紅茶をひと口飲む。
イギリスの名門陶磁器メーカー、ウエッジウッドのフロレンティーンターコイズだ。クラシカルなフォルムに、グリフィンをモチーフとした模様とターコイズ色が美しい。
紅茶は黄金の缶でおなじみ、フランスの高級食料品店フォションのモーニングティーである。日本国内でライセンス生産されたものではなく、フランスからの直輸入ものだ。
本来モーニングティーは、イギリスでは早朝の起き抜けや朝食時に飲む紅茶である。ベッドの中で楽しむこともあるため、ベッド・ティーの別名も持っている。
だが、奈央の紅茶は一日中どんな時間でもモーニングティーだ。まあ、好きなのだから仕方がない。
次に奈央はクッキーに手を伸ばす。
「お嬢様」
とても上品な女性の声が奈央にかけられた。
「どうしたのです?三井さん」
三井と呼ばれた女性は、ほんの少し頭を下げた。
「もうすぐ夕食のお時間です。あまり間食をすると食べられなくなります」
三井良子35歳。奈央が生まれてからずっと世話をしてくれているメイドだ。いわゆるメイド喫茶の制服とは違う、くるぶしまである深緑色の長いスカート姿である。伝統的メイド服はむしろこちらなのだ。
「三井さん、17年間ずっと同じこと言うのですね」
「それがお仕事ですから」
ちょっと不服そうな奈央に、良子はニッコリと笑顔を返した。
「でも、結局食べてしまうのも、ご存知ですよね?」
「はい」
奈央がテーブルのクッキーを左手で持ち上げてひと口。
サクッといい音が聞こえる。
「やはり料理長の手作りはとってもおいしいですわ」
奈央も笑顔になる。
トントン。
扉からノックの音が聞こえた。
「入ってもいいかね?」
「入っていいかしら?」
男女の声だ。
奈央が良子に顔を向け、小さくうなづく。
扉を開く良子。
「奈央!夕食まで待てずに会いに来たぞ!」
まさに紳士といったいでたちの年配の男性がそう言った。
宇奈月公造57歳、奈央の父である。
日本人なら誰でも知っている巨大企業、宇奈月グループの総帥の彼は、自分の娘が何よりも大切だった。どんなに忙しくても毎日奈央の部屋に顔を見にやって来る。今はロボット免許の合宿でそうもいかないのだ。
宇奈月グループは宇奈月銀行をトップとする巨大企業集団である。
いち早くフィンテックを取り入れた宇奈月銀行は、変革の激しい金融業界で常にトップの位置をキープする優良企業だ。その始まりは江戸時代。富山で呉服屋「月屋呉服店」を開業したことから始まった。明治時代にはその店舗を京都へ移転、月屋百貨店となる。それと同時に金融部門とも言える両替屋を開業。江戸に移転する頃には、幕府御用達の商店と両替商となっていた。そこからの発展は凄まじく、宇奈月銀行、そしてまさにゆりかごから墓場までと言えるほど様々な業種の子会社を設立し、全てが大成功を収めていた。
「せっかく久しぶりに帰ってきたんだし、お母さんとお話しましょう」
女性の方は宇奈月静子45歳、奈央の母だ。
専業主婦ではあるが、この屋敷には多数の執事やメイドがいるため、家事などはあまりやっていない。奈央はいつも「お母様は普段何をやっているのかしら?」と思ったりしているが、実のところ何もやっていなかった。していることと言えば、友人の女性たちを家に招いてのパーティーで、一日中おしゃべりをすることぐらいである。
「お話なら夕食の時にたっぷりできますわ」
奈央がそう言った時、トントンと、またノックの音が響いた。
良子が扉を開ける。
「お父さん、お母さん、ぬけがけはよくないよ!」
飛び込んできたのは宇奈月康夫26歳、奈央の兄である。
彼は現在父、公造の会社で、二世となるために新人として修行中の身だ。康夫も妹大好き兄なのだ。
「あら、そうですわ」
奈央が何かに気付いたようにそうつぶやいた。
「お父様とお兄様に、ちょっとうかがいたいことがあったんですわ」
「何でも聞きなさい!お父さんが何でも答えてやるぞ!」
「俺にも聞いてくれ!」
奈央はひと息つくと、父と兄に顔を向けた。
「わたくし、ロボットの暴走事案に巻き込まれたことはご存知ですよね?」
「ああ、聞いている。もう心配で心配で、夜もおちおち眠れんかったぞ」
「お兄ちゃんもだ!」
奈央の目に、真剣な色が浮かんだ。
「ヒトガタって、宇奈月グルーブの会社が作った部品も使われているんですわよね?」
「ほう……それは軍事機密のはずだが?」
ずっとはしゃいでいた公造が、突然落ち着いてそう言った。
「わたくしたちを助けてくれた機動隊に傭兵さんがいるのですが、その方が言ってらしたんです」
「ああ」
公造は、それが誰なのかを知っているようだ。
康夫と静子は、何の話だかサッパリ分からないようにキョトンとしている。
「わたくし、ヒトガタに少し興味があるのです」
奈央の声は真剣そのものであった。




