第95話 公安の男
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
『おにいちゃん、ひかりです。
今日は教習所でクリスマスパーティーがありました。とってもとっても楽しかったです!』
いつものように、ひかりは自室で兄への手紙を書いていた。
そろそろ年末が近いこの時期、東京は例年より寒く厳しい冬を迎えている。大きめの窓ガラスを通して、鋭く尖った冷気がこの部屋にも入り込んで来ていた。
「奈々ちゃん、今夜も寒いね。エアコンの温度設定上げてもいいよ」
「ありがと」
奈々はリモコンで、エアコンの温度設定を一度だけ上げた。
「一度でいいの?」
「私は大丈夫。あんまり上げると、ひかりが暑くなっちゃうでしょ?」
ひかりが笑顔になる。
「奈々ちゃん、私のこと心配してくれるんだぁ、ありがとう!」
「し、親友だからよ」
ひかりがよりいっそうの笑顔になった。
奈々はいつものようにほんのり頬が赤い。
『特に、クリスマスのプレゼント交換がとっても盛り上がりました!
私はウサちゃんのぬいぐるみをもらいました。マリエちゃんの故郷の動物さんらしいです。まりえちゃんの故郷は……』
「なんだっけ?奈々ちゃん」
「ベルギーとオランダよ」
「そうだった!」
『マリエちゃんには故郷がふたつもあるんです!すごいな〜。
ベルギーチョコレート、誰んだ? です』
奈々が軽く吹き出した。
「紅茶吹くとこだったじゃない。お手紙でボケたりしなくてもいいんじゃないの?」
キョトンとするひかり。
奈々の言ったことがよく分からなかったのか、そのまま手紙に向き直り、続きを書き始める。
『ジョニーがもらったプレゼントは、久慈教官が彫った、熊しゃんの置物でした。持って帰るのが重くて大変そうでしたが、今は自分のお部屋に飾ってあるそうです。お正月は里帰りするって言ってたけど、あれアメリカまで運ぶのかなぁ?』
そこまで書いて、ひかりはパッと奈々の方に顔を向けた。
「そうだ奈々ちゃん!」
「どうしたの?」
「奈々ちゃんの手作りクッキー、とっても甘くてすっごくおいしかった!」
「ありがとう」
奈々も笑顔になる。
「だから……」
ひかりは奈々に、子犬のようにうるうるとした視線を向けた。
「いいわよ。お正月に実家に帰ったら、いっぱい焼いてきてあげるね」
「やった〜!」
子供のように両手を上げて、ひかりがはしゃぐ。
「そうだ、私もひかりにお願いしたいことがあるの」
「なぁに?」
奈々はちょっと照れて、ひかりを見つめる。
「ひかりにもらったポエムノートなんだけど……」
「うん」
「ひかりの声で読んで欲しいな……なんて」
ひかりの笑顔が弾けた。
「いいよ!でも、お兄ちゃんへのお手紙、最後の一行書いてからね!」
『お正月には実家に帰ります。ひかり』
「これでよし!」
そしてこの後、ひかりの朗読大会が始まった。
警視庁機動隊のロボット部隊、キドロ部の会議室にその主要メンバーが集まっていた。
白谷雄三トクボ部長、キドロパイロットの泉崎夕梨花、沢村泰三、門脇進、田中美紀技術主任、酒井弘行理事官、板東保則捜査主任、そして通称ゴッドこと後藤茂文である。
議題は、新型軍用ロボットヒトガタ暴走の事案報告会議だ。
ひと通りの報告が終わった今、会議室にホッとした空気が流れている。
事案発生当時は、ここにいる全員がヒトガタの脅威に息を呑んだのだ。全員無事に戻れてよかった。そんな雰囲気に包まれていた。
「報告も一段落したので、ここでみんなに紹介したいヤツがいるんだ」
白谷が全員を見渡す。
「入ってくれ」
会議室のドアが開き、一人の男が入ってきた。
四十代後半、白谷と同じぐらいの年格好である。
「私の友人だ。今日は特別に来てもらった」
「花巻春人です」
男がゆっくりと頭を下げた。
「所属は、公安外事四課です」
「ほう」
と、後藤が鋭い目で男を見た。
夕梨花たちトクボ部の面々は、話だけなら以前白谷から聞いている。
なるほど、この人があの時言っていた友人なのか。公安外事四課であり、情報収集の統括を担当するゼロに所属しているという。
「外事四課と言えば、国際テロを日本で起こさせないように捜査するところだろ?どうして暴走事案の報告会議に顔を出すんだぁ?」
「暴走ロボットとテロリスト。あなたにも心当たりがあるんじゃないですか?後藤さん、いえゴッドさん」
「なるほど。俺のことは、すっかりお見通しってわけかよ」
後藤がひゅ〜っと口笛を吹いた。
「すっかり、というわけではありませんよ」
花巻がニヤリと後藤を見る。
「謙遜するねぇ」
「私は白谷さんに頼まれた情報を持ってきただけです」
「聞かせてくれるか?」
白谷にうながされ、花巻が話し始めた。
「まずは、ゴッドさんのことをお知らせしておきましょう。彼は確かに、後藤茂文本人に間違いありません」
「なぜ分かる?」
「埋立地であなたが操縦したヒトガタから、DNAを採取させていただきました」
「ふーん……汗、かな?」
「そんなところです」
花巻も後藤に似て、ひょうひょうとしていて掴みどころがない。
「後藤茂文、現在42歳。約15年ほど前、JICAの海外協力隊でダスク共和国にボランティアとして派遣、そこで行方不明となっています。戸籍上はすでに死亡扱いです」
「ふん、こうして生きてるけどよぉ」
「ダスクで何があったのか。どうして傭兵になったのか。その辺のことは、ここでお話することでは無いでしょう」
「別に隠す気もないんだけどなぁ」
「私どもは、ゴッドさんと接触した内調の男をつきとめました」
後藤の目が大きく見開かれた。
「やっぱり内調だったか」
内調とは、内閣情報調査室、内閣の情報機関だ。日本のCIAといえば、その活動がなんとなく想像できるかもしれない。
「はい。国際テロ情報集約室室長の右腕と言われています」
後藤がいぶかしげな表情になる。
「あの男がか?もう60歳を越えているだろ?」
「いいえ。彼の名は佐々木涼介。まだ38歳です」
「どういうことだ?!」
後藤の驚愕の声が会議室に響いた。




