第93話 クリスマスにはシャケを食え
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「南郷センセ、このクリスマスケーキ、めっちゃうまいです!」
両津がオレンジ色のケーキをパクついている。
「そやろ。俺のやることに間違いはないんや」
「試作ロボットはいっつも間違ってますけど……」
「なんか言うたか?」
「なんでもありまへん!」
学食のテーブルには、いつもはあまり食べることのないごちそうが並んでいる。
パーティー用のオードブル各種、チキンの照り焼き、大きなオーブンで焼いたアメリカンサイズのローストハム、日本ではあまり見ないピーカンナッツパイ、そして焼きジャケ。
「奈々ちゃん、みんなクリスマスにシャケ食べるのかな?」
「うーん……そんな話、私は聞いたことないわ」
「南郷センセ、これもセンセの仕業です?」
両津の問いに、南郷は顔を奈央に向けた。
「注文したのは俺やけれど、シャケをリクエストしたんは宇奈月くんや」
「はい!わたくしが南郷教官にお願いいたしました」
奈央が明るい笑顔で、みんなを見渡す。
「ああーっ!もしかしてもしかして、あれのことですぅ?」
「さすが愛理ちゃん、気が付きましたわね」
「ねぇ愛理ちゃん、これには何か意味があるの?」
ひかりの問いに、愛理と奈央は目くばせをした。
そして、せーの!と、リズムをつけて一緒に叫んだ。
「クリスマスにはシャケを食え!」
「クリスマスにはシャケを食え!」
二人とも、勝ち誇ったような笑顔である。
彼女らがユニゾンしたこの言葉は、2018年に放送された特撮テレビドラマに登場した怪人「サモーン・シャケキスタンチン」が言い放ったセリフだ。
クリスマスで大賑わいの街に現れたサモーンは、街ゆく人々に、
「クリスマスにはチキンではなくシャケを食え!」
と言いながら、それを強要していく。街中のチキンを鮭の切り身に変えて暴れまわり、「チキンを食べようとする奴には、俺が全力で嫌がらせをするからな!」
と脅してまわる実にやっかいな怪人だった。このインパクトのある行動がネットミーム化して、毎年クリスマスが近くなるとSNSでトレンドに入るようになったのだ。今年のクリスマスも農水省がその公式アカウントでこのセリフを拡散しているので、日本の鮭消費に多大な貢献をしている言葉だと言えるのかも知れない。
「美味いのならなんでもいいぜ、ベイビー」
正雄は焼きジャケにガブガブと食いついていた。
「プレゼント交換楽しみだなぁ。奈々ちゃん、サンタさん以外の人からプレゼントもらうなんて、なんか豪華なクリスマスだね」
ひかりはケーキをパクつきながら、目線だけを奈々に向けた。
「そうね。ちょっと楽しいわね」
どうやら奈々もワクワクしているようだ。
「奈々ちゃん、プレゼント交換会の経験ある?私は昔、幼稚園でやった以来だよぉ」
「私も……だって、」
友達いないから。
そう言いそうになり、奈々は直前でその言葉を飲み込んだ。
「私たち、親友で良かったね!」
まるで奈々が飲み込んだ言葉を聞いたかのように、ひかりが満面の笑顔で言ってくる。
うん、この子が私の親友になってくれて本当に良かった。
奈々は珍しく、とびきりの笑顔をひかりに向けていた。
「ねぇマリエちゃん、サンタさんってマリエちゃんの国にも来てくれるの?」
ひかりがふと浮かんだ疑問をマリエに聞いてみる。
うん、とうなづくマリエ。
「ひかり、そもそもマリエちゃんの出身がどこの国なのか、分かって聞いてるの?」
「うーん……分かんな〜い」
きょとんとした表情のひかり。
「マリエちゃん、そのあたりのこと私もちゃんと聞いて無かったかも。教えてくれる?」
「いいよ」
マリエは小さく返事をした。
「私が生まれたのは、」
ひかりと奈々が興味津々に顔を近づける。
「ベルギー」
「あ。チョコレートの国だ!」
「それと、オランダ」
「誰んだ?オラんだ!」
楽しそうなひかりに対して、奈々がいぶかしげに聞く。
「ベルギーとオランダ……故郷はどっちなの?」
「ベルギーだけど、私が生まれ育ったところはオランダ語圏なの。だから、意識としては両方が故郷かな」
マリエが生まれたフランデレン地方は、ベルギーの西北部とオランダの南西部、そしてフランスの北東部にまたがる広い地域の名前だ。マリエが生まれたアントワープは、ベルギーでは首都ブリュッセルに次いで2番目に大きな街である。なのにオランダ語圏だという、一風変わった環境で彼女は育ったのだ。
「そっかー、やっぱりサンタさんて世界中の子供たちにプレゼント配ってるんだぁ」
「ベルギーじゃ12月に2回クリスマスが来るの」
「ほえ?」
ひかりから、いつもの間抜けな声が漏れた。
「12月6日ぐらいがサン・ニコラ祭。そして25日がクリスマス」
「すごーい!じゃあプレゼント二回ももらえるのかな?」
ひかりのワクワクが止まらない。
「いくらなんでもそりゃあ無いぜ、ベイビー」
「そや、その先に正月もあるやん。お得すぎるやろ」
「お得は大好きですぅ」
「経済的に親御さんは大変ですが、子供にとってはとってもお得ですわ」
そんなやりとりに、いつのまにか生徒たち全員が興味深く聞き入っていた。
マリエがニッコリと笑う。
「二回、もらえるよ」
「なにーっ?!」
「なんやてー?!」
まさかクリスマスプレゼントを二回ももらえる国があるなんて?!
生徒たちの盛り上がりはすごかった。
「サン・ニコラ祭には、サンニコラさんがプレゼントをくれて、クリスマスにはサンタさんがくれるの」
「なるほど。おそらく国によって伝承の仕方が異なっているからこそ、日にちのズレが生まれたりするんだなぁ」
陸奥がしたり顔でうなづいた。
「でんしょう?」
ひかりがきょとんとしている。
「ベルギーのサンニコラはオランダではシンタクラース、英語じゃセント・ニコラスと言うんだ。これ全員がサンタクロースの元となった名前なんだよ」
「なるほど、言葉の違いで違った名前が伝わって、ほんで違うもんみたいな文化になったってわけやな。でもそのおかげで、ベルギーやオランダの子供たちは12月に二回プレゼントをもらえることになりよった。ええ話しやないか」
ひかりの顔がパッと輝く。
「そうだね!ニコラ・シンタ・ニコラスさん、ありがと〜!」
「どうしてひかりがお礼を言うの?」
「だって、マリエちゃんの12月が楽しくなったのはニコラ・シンタ・ニコラスさんのおかげでしょ?奈々ちゃん」
やっぱりこの子は、とってもいい子だ。
「ほんならさっき言うたように、そろそろプレゼント交換会始めるで。第して、第一回チキチキプレゼント交換バトルロイヤル飛んで走って底抜け脱線栄光のプレゼントへまっしぐら〜交換大会じゃーっ!」
南郷の言葉が、学食中に響き渡った。
「センセそのネーミング好きやなぁ。でもそれじゃあ、どんな方法で交換するんか、よー分からんやん」
「やり方は簡単や!白い象じゃーっ!」
「白い象?」
「white elephantだな?オッケーだぜ!」
正雄以外の全員の顔に、ハテナマークが浮かんでいた。




