第89話 田中美紀
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「みなさんが食べてるの何ですか?おいしそうですね」
一同が目をやると、学食の入り口に一人の女性が立っていた。
さらさらの黒髪ボブに白衣。まだ20代後半の若さだが、ひかりたちにとっては大人のキレイな女性である。
田中美紀技術主任だ。そんな彼女に、両津と正雄の目は釘付けになっていた。
「あらあら、男のみなさんは大人の美人さんには弱いのですわね」
「私だって大人ですぅ」
愛理が不服そうに、ぷくぅ〜と頬をふくらます。
「私は奈々ちゃんのお姉ちゃんさんに釘付けだよ?」
ひかりが奈央に抗議した。少し不満げな表情だ。
奈々がふぅっとため息をつく。
「ひかり、あなた男じゃないでしょ」
「あ、そうだった」
「それに大人でもないわ」
「てへへへ」
なぜかひかりは照れて、あたまをポリボリとかいている。
「私も休憩をもらいました」
ニッコリと笑う美紀に、夕梨花が立ち上がる。
「主任、私たち三人は全員、ここ特製の日替わりA定食です。生徒さんたちからオススメされて」
「このコロッケ、絶品だぞぉ。いくらでも食えるぜ」
後藤の箸は止まらない。
大盛りの注文で、彼の皿だけコロッケの数が倍になっていた。
「じゃあ私もそれ、いただこうかな……えーと、あなた、食券の買い方教えてくれない?」
美紀がひかりに声をかけた。
「いいですよ!」
ひかりは明るい笑顔で立ち上がると、美紀を券売機へと案内する。
券売機は調理カウンターのすぐ近く、みんなが食事をとっているテーブルとは少し離れた場所に設置されていた。
「えーとえーと」
学食の券売機はタッチパネル式の最新型だ。大きな液晶画面をタッチしていくことで、様々なメニューを選ぶことができる。だが、ひかりは機械が大の苦手なのだ。スムーズに操作できるはずもない。いつも券売機の操作は、全て奈々におまかせなのである。
「ひかり、大丈夫かな」
奈々が心配げにひかりを見ていた。
「えーとえーと……こうだったかな?」
ピッピッとタッチしていくひかり。
『今日のおすすめ』を選び『定食』をタッチする。
画面を左にスクロールさせて……見つけた!A定食!
「やった!これでもう大丈夫!」
だが、ひかりの次のタッチで、せっかく選ばれていたA定食がキャンセルされてしまった。画面が最初に戻ってしまう。
「うひゃ〜!どうなってるの???」
美紀はそんなひかりを、ほほえましげに見ていた。
「大丈夫よ。私、自分で買えるから」
「へ?でも、食券の買い方教えてほしいって」
美紀はじっとひかりを見つめる。
「遠野ひかりさんでしょ?」
「へ?」
「私ね、ずっとあなたに会ってみたいって思ってたの」
美紀が、とても優しい笑顔をひかりに向けた。
「あ、ちゃんと自己紹介しないとね。私は警視庁機動隊特科車両隊所属のロボットチーム、トクボの技術主任、田中美紀。あなたのお友達、泉崎さんのお姉さんの同僚、と言えば分かりやすいかな」
パッとひかりが敬礼をする。
「ご苦労さまでありますっ!」
プッと吹き出してしまう美紀。
「あれぇ、間違っちゃったかな?お姉さん、警察さんの偉い人でしょ?」
「うん大丈夫、あってる」
「良かったぁ、なんか失礼なことしちゃったのかと思ったぁ」
ほっと胸をなでおろすひかり。
そして再び券売機の操作にチャレンジしようと、画面に向き直る。
「あのね、券売機のことは口実なの。実は二人だけで話したいことがあってね」
「ほへ?」
ひかりが美紀に顔を向け、小首をかしげた。
「私の兄、名前は田中正明って言うんだけど、国連宇宙軍のコンピューター技術者でね……あなたのお母さん、遠野あかりさんの部下だったの」
田中正明さん……聞いたことのある名前かも?
誰だっけ? えーとえーと……
ひかりの中で、消えかけていた記憶が蘇ろうとしていた。
フッと、優しそうな男性の顔が浮かんでくる。
「あ!ぬか漬けのお兄さん!」
「え?兄のこと知っているの?!」
「はい!」
ひかりがパッと笑顔になった。
「おはようございます!」
田中正明の明るい笑顔が遠野あかりを迎えた。
ここは国連宇宙軍日本支部情報システム部のラボだ。軍内のシステム開発、運用、保守、そして様々な研究を行なう重要な部署である。あかりはこのラボで、あるプロジェクトのチームリーダーを任されていた。
「おはようございます、リーダー」
正明と同様にとびきり明るい笑顔で野沢結菜があいさつをした。
正明も結菜も、あかりの部下なのだ。
「あれ?リーダーの娘さんですか?」
「可愛い〜!」
国連関連の職場では、職員の福利厚生が重視されている。
家族の職場見学もそのプログラムのひとつだ。
今日あかりは、小学2年生になる娘のひかりを連れてきていた。
「さあ、お兄さんとお姉さんにごあいさつしましょ」
あかりにうながされて、ひかりが二人の顔を見上げる。
「こんにちは!遠野ひかりです!2年生です!」
今はお昼休みだ。おはようございますは、なんだかおかしい。
そう思ったひかりのあいさつはこんにちは、だ。
業界にもよるが、このラボでのあいさつはいつでも「おはよう」なのだと言うことを、ひかりは知らなかった。
「えーとえーと、趣味はポエムですっ!」
趣味、そしてポエム。
ひかりは、同じクラスの脇坂由美子に教えてもらった言葉を早速使ってみた。
ちょっとは大人に見えるかな?
新しい言葉を使ったひかりは、心なし胸を張っている。
あれ?なにかとってもおいしそうなニオイがする……なんだろう?
ひかりが目をデスクに向けると、そこにはお弁当があった。
「お弁当だ!いいニオイ〜」
「今から昼メシ食べようとしてたんだ。ほら」
正明が自分の弁当を指差した。
「ほへ?」
その弁当はちょっと変わっていた。
半分は白いご飯。でも、普通は様々なオカズがあるはずの場所には、びっしりと何かが詰められている。
「ぬか漬けだ!」
ひかりの笑顔が弾けた。
彼女はぬか漬けが大好きなのだ。
「うまいぞ〜、ひかりちゃんもひと切れ食べるかい?」
正明の言葉に、ひかりは満面の笑顔で答えた。
「うん!食べた〜い!」




