第88話 特製コロッケ
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「おい伝説の英雄さまよぉ、このコロッケまじでうめぇぞ」
後藤が学食名物日替わりA定食のコロッケをパクついている。
後藤を始め、夕梨花も陸奥も、結局日替わりA定食となっていた。
ひかりの押しの強さに、三人とも敗けたのである。
「陸奥センセ、なんでセンセが伝説の英雄なんです?」
ぶほっと陸奥がむせた。あわてて目の前に置かれていたコップの水を飲む。
それをゴクリと飲み下してから、ふぅっとため息をついた。
「俺にもよく分からん。あだ名なんてそんなものだろう。そうだな?ゴッド」
「では、これからはわたくしどもも、教官のことは伝説の英雄様とお呼びしてもよろしいですわね?」
「それ、カッコいいですぅ」
再び陸奥がむせた。
「あなたはどうしてゴッドと呼ばれているんだい?ベイビー」
「後藤だからだ。外国人にはそう聞こえるらしいぜ。で、お兄ちゃん、名前は?」
「ジョニーさ!」
「棚倉正雄よ!」
奈々が注釈を入れる。
「そりゃあ俺のゴッドみたいなものか?」
「呼ぶ時はマイトガイでよ・ろ・し・く!」
「棚倉で大丈夫です」
奈々の眉毛が少し斜めになっている。
「ところで、」
愛理が後藤をじっと見つめる。
「このおじさん誰なんですかぁ?」
もっともな疑問だ。陸奥はここの教官、夕梨花は奈々の姉、ではこのひょうひょうとした男はいったい何者なんだろう?
「おじさん、ってなぁ」
「まあ、この子たちから見れば俺やゴッドはとっくにおじさんだ」
「じゃあお嬢ちゃんも、この子らから見たら、」
そう言いかけた後藤を夕梨花がキッとにらみつける。
「そこから先は言わない」
「へいへ〜い」
言葉の続きを飲み込んで、後藤はジーンズの後ろポケットを右手で探った。
何かを取り出して生徒たちに見せる。チョコレート色の革製で縦約11センチ、横約7センチ。二つ折りを縦に開くバッジケースタイプのそれは、紛れもなく警察手帳だった。
上側には、後藤の顔写真と名前、階級「トクボ部付警部」と記されたカード。下側には警視庁のエンブレムが付いている。
「これが目に入らねぇか〜」
後藤の芝居がかったセリフに、愛理がキョトンとした目で手帳を見つめている。
「それ、目に入れたら多分痛いですぅ」
「入れちゃダメだから!ていうか、入んないから!」
奈々が、この場にいる全員が思っていた突っ込みを入れた。
「そうじゃなくてよぉ、俺は警部殿ってことだ」
「けいぶって何ですかぁ?」
えーと……どう説明すればいいんだ?
後藤が助けを求めるように夕梨花を見る。
夕梨花は、自分で説明してみなさいよ、そんな雰囲気である。
「愛理ちゃん」
お、来たで!言ったれ、遠野さん!
両津の目が楽しそうに光った。
「それは悲しいことなんだよ、愛理ちゃん」
「悲しいこと?」
「うん。毎日いっしょに楽しくクラブ活動していたのに……どんなに頑張ってもボクは君の記録には一生追いつけないんだ!ボクはもう……陸上部をやめます!」
うわー!芝居まで入って来よった!
両津が目を見張る。
「それは退部!この人が言ったのは警部!」
「じゃあもっと悲しいことなんだ……楽しかったクラブ活動も、みんなが卒業してしまったら部員がいなくなってしまう……このクラブはもう、」
「廃部!そうじゃなくて警部!」
「ここは?」
ひかりが自分の首をさする。
「頸部!」
「あっちは?」
学食のドアを指差す。
「外部!」
「こっちは?」
「内部!」
「細かくてよく分からなーい!」
「細部!」
「今日は来てくれてありがとー!」
「ライブ!」
「警察の偉い人」
「それは警部!」
ちょっと間があいて。
「あってた〜!」
「あってるじゃない!」
二人が同時に叫んだ。
こりゃもう吉本新喜劇や。
両津はニヤニヤが止まらなかった。
「もう終わったのかぁ?そういうことで、俺は警察のちょっとだけ偉い人ってわけだぁ」
「ご苦労さまですぅ!」
愛理が後藤に敬礼した。
プッと吹き出してしまう夕梨花。
この子たち、本当に楽しすぎる!
「奈々ちゃんのお姉ちゃん」
ひかりが夕梨花に話を向けてきた。
「ん?どうしたの?」
「学食だといつも、奈々ちゃんが私にあーんしてくれるんです」
「ああ、さっきもやってたよね。いつも奈々と仲良くしてくれてありがとう」
「それでね、それでね……お願いしたいことがあるんです」
「いいわよ。なんでも言ってみて」
その時奈々がガッと立ち上がった。
「ひかり!それはダメ!」
「どうして?だって、コロッケとってもおいしいよ?」
「だから……ひかりにあーんできるのは、私だけなんだから!」
一瞬、学食に沈黙が広がる。
自分が何を言ってしまったのかに気づき、奈々がポッと赤面した。
「じゃあ奈々ちゃん、もう一口特製コロッケほしいな、じゃがいもゴクゴクの」
ひかりのワクワクするような目が、再び奈々に向けられている。
「んじゃあ、俺があーんしてやろうか?」
後藤がそう言うと、何気なく夕梨花の前にコロッケを突き出した。
反射的にパクっと食べてしまう夕梨花。
「お姉ちゃん?」
「あ……」
自分の無意識の行動に、奈々と同様赤面する夕梨花であった。




