第86話 ROGA-03
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
暴走ヒトガタに陸奥が乗るヒトガタが接近する。それをけん制するように巨大な両腕を振り回し、陸奥機を殴りつけようとする暴走ヒトガタ。まだヒトガタの操縦に慣れきっていない陸奥よりも、わずかに動きが速い。
暴走ロボットはもちろん人が操縦しているわけではない。そのコントロール部を支配している袴田素粒子は、宿主の能力を極限まで引き出すことが可能なのである。
右腕の襲来を陸奥機がかろうじてかわす。だが、より接近しようとする陸奥機に、暴走ヒトガタの凶悪な左腕が襲いかかる。
間に合わない?!
その時、ガイン!と大きな音がして、暴走機の左腕が後ろへ跳ねのけられた。
夕梨花の30ミリ機関砲単発が、左腕の二の腕あたりに命中したのだ。
ありがたい!
陸奥機が野球のスライディングのように足部から突っ込む。
その勢いに、暴走機はドシンと尻もちをついた。
暴走ヒトガタの腹部を挟んだ両足にパワーを送り、最高出力で締めあげる。
暴走機のボディがギシギシときしみ始める。
まさにレスリングで言うところのボティシザースである。
陸奥機の両足が暴走機を捉えたと同時に、後藤機が後ろから飛びついた。暴走機に左アームでヘッドロック、頭蓋骨固めをかける。後藤機もフルパワーだ。
暴走機はジタバタと暴れるが、二機による強力な締め付けから簡単に抜け出すことはできない。
後藤が自慢のアーミーナイフに千枚通しをセッティング、ロックをかけた。材質はタングステンカーバイト、炭化タングステンだ。キドロの警棒にも使われている超硬合金の原料としても使われる最高に硬い金属である。超硬合金は、タングステンカーバイトの微粒子をコバルトやニッケルを結合材にして焼結させ、より硬度を高めたシロモノだが、通常金属では炭化タングステンが最も硬いと言ってもいいだろう。
後藤はその千枚通しを暴走ヒトガタの後頭部斜め下から思いっきり突き上げた。
ズブズブと食い込んでいく。
暴走機のジタバタが、よりいっそう激しくなる。
ここか?!
後藤は千枚通しから何かの手応えを感じた。
ぐいっとひねり、より深く刺し込む。
ディスプレイにオーバーレイされて赤く点滅しているコントロールモジュールの一つが、スッと消滅した。
「コントロールモジュール01、反応が消えました!」
田中美紀技術主任の明るい声がコクピットに届く。
「あとひとつだ。お嬢ちゃん、まかせたぜ!」
後藤から夕梨花へ激が飛んだ。
「こちらの関節もきしみ始めている!急いでくれ!」
「了解した!」
夕梨花機は背中のブツに右手をやり、そのツカをしっかりと握りしめる。そしてゆっくりと抜刀した。
「おい、なんだありゃあ?」
「日本刀か?」
暴走ヒトガタを締め付けて動きを止めている二人はもちろん、その様子を遠目からうかがっている生徒たちにも驚愕が広がっていた。
「棚倉くん、ありゃいったい何や?」
両津はポカンと口を開けている。
「アーミーナイフにも驚いたが、あいつにはもっとビッくらポンだぜ」
正雄のマイトガイスマイルには、冷や汗のようなものがにじんでいた。
「日本刀……に見えますわ」
「おサムライさんみたいですぅ」
「奈々ちゃん、お姉ちゃんカッコいいね!」
奈々の姉が乗るキドロは、まるでサムライのようにその刀を上段に構えていた。
「お嬢ちゃん、そりゃあ何と言うか……日本刀じゃねぇのか?」
後藤の言う通りだった。
夕梨花が構えているのは、コードネーム「ROGA-03」漢字では「狼牙」と書く。キドロ用に新開発された格闘戦用の武器、まさに刀なのだ。
日本刀は通常、砂鉄を原料とした製鉄法「たたら製鉄」によって精錬された鉄で作られる。この鉄で作った鋼を何度も何度も折り返して重層化して鍛えることにより、不純物を取り除き炭素量を均一化させていく。時代劇などでよく見る、刀鍛冶が鉄を叩いているのがその工程だ。その後、比較的やわらかい鉄を包むように、硬い鋼である皮鉄を巻き付けて焼き付けていく。これにより、外側は硬く、内側はやわらかい構造に仕上がるため「よく切れるが、折れにくい」という一見相反する性質を持たせることが可能なのだ。
狼牙は、この通常製法で作られた刀を内側に、超硬合金を被鉄として外側に焼き付けた史上最強の日本刀なのだ。仕上げにその刃は、ダイヤモンドで鋭く研磨されている。
ちなみに警察関係の研究者たちの間では、超硬合金による最強の得物と呼ばれていた。
「そろそろ限界だ!」
陸奥機コクピットに非常アラームが響いている。
足関節のパーツに負荷がかかりすぎているのだ。
その時、夕梨花が一足飛びに暴走ヒトガタにジャンプで迫った。
その右脇腹あたりを、狼牙で刺突する。
バターに熱したナイフをさし込むように、何の抵抗もなくするりとヒトガタのボディに食い込んでいく日本刀。
ビクッと一瞬震えたヒトガタは、猛烈な勢いで暴れ始めた。
陸奥と後藤の締め付けがはずれそうになる。
夕梨花はキッと暴走ヒトガタをにらみ、操縦レバーに力を込める。その動きが伝わったキドロは手首をひねりコントロールモジュールを破壊、そのまま狼牙を左肩へ向けて振り上げた。
ザクっ!と、両断される暴走ヒトガタ。
真っ二つになり、大地に砂煙を立てて沈んだ。
そんな光景に陸奥と後藤はあっけにとられていた。
「すげーな、お嬢ちゃん。それ何でできてるんだぁ?俺の千枚通しなんて、ほれ、ひん曲がっちまったぜ」
ぐにゃりと曲がったそれをプラプラと振りながら、後藤はニヤリと笑う。
「泉崎さん、助かりました。しかしそれが例の狼牙ですか」
「ええ。まだ完成ではないそうですが、キドロの新しい力です」
「伝説の勇者とサムライかぁ、案外お似合いじゃねぇか」
後藤はなぜか楽しそうである。
「サムライって、お嬢ちゃんの方がまだマシよ」
「ちがいねぇ」
笑い合う三機のマシンを、たそがれの暖かなオレンジ色が染めていた。




