第85話 殴り合い
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「あぶねぇっ!」
暴走ヒトガタの豪快な右パンチを、後藤機が後ろに飛びのいてかろうじてよけた。
すでにヒトガタ対ヒトガタの近接格闘戦が始まっているのだ。
夕梨花のキドロは、陸奥と後藤がここに到着してすぐに、この戦闘から離脱している。機関砲の弾丸を撃ち尽くしたため、その補充のためにトランスポーターへ向かったのだ。
「私はタマを補充して来ます!しばらくは、ゴッドと……伝説の勇者様におまかせします!」
「まいったな、あなたまでそんなことを」
陸奥は困ったような、照れているような、謎の表情で頭をボリボリとかいていた。
暴走ヒトガタは次の一発、左ストレートを後藤機に突き出してくる。咄嗟に姿勢を下げてそれをかわす後藤機。
「伝説さんよぉ、ちょっと聞いてもいいか?」
「なんだ?」
暴走ヒトガタと間を取りつつ、後藤が陸奥にのんきな声で聞いた。
「ヒトガタ同士の場合、ガッツリ攻撃が当たったらどうなるんだ?」
陸奥は少し考えるとニヤリと笑う。
「同じ装甲だ。お互いに大した被害は出ないんじゃないか?」
後藤もニヤリと笑った。
「じゃあ、あんまり気にしなくていいってことだよなぁ!」
そう叫ぶと暴走ヒトガタに飛びかかる。
そんな後藤機に暴走ヒトガタの右ストレートが迫る。それを左腕のヒジから手のひらまでの間、人間で言う橈骨で受け止める。
ガイン!と轟音を響かせて、右ストレートは橈骨でしっかりと受け止められた。どうやら大したヘコみも損傷も無いようだ。
「こりゃすげーぜ。思いっきり暴れられるじゃねぇか」
そこから始まったのは、まさに殴り合いのケンカである。お互いに相手のこぶしや蹴りが入ることを気にもせず、思い切り殴りかかって行く。巨大な子供のケンカのようであった。
「すごい!すごい!すごい!ヒトガタの格闘性能ってここまでのものなのか!さすがの俺もビッくらポンだぜ、ベイビー!」
正雄がヒトガタVSヒトガタの格闘に、興奮して大声を出した。
「あのぉ」
愛理が不思議そうに小首をかしげる。
「前から聞こうと思っていたんですけどぉ。ベイビーって、ここには赤ちゃんなんていませんですぅ」
ひかりが唇の前に、まあ火星大王のどこが唇なのかはイマイチ判別不能だが、人差し指を立てて愛理を見た。
「愛理ちゃんしぃ〜!その話はしちゃダメだよ」
「どうしてですぅ?」
「ジョニーだけは……きっと知ってるんだよ」
ひかりがちょっと頬を赤らめる。
「あいつが何を知ってるって言うのよ?」
奈々も興味があるようだ。
ひかりはキョロキョロと周りを見回して、口に手を当て内緒話のような格好をする。
まあ、ひかりの声は無線で全員のコクピットに届くのだが。
「きっとこの中の誰かのお腹には、赤ちゃんが、」
「いないわよっ!」
久しぶりに奈々の眉毛が三角につり上がった。
「愛理ちゃん、遠野さん、アメリカで『babe』と言うと、赤ちゃんの他にも『カワイコちゃん』とか『うぶな人』なんて意味もあるのですよ。棚倉さんはその意味で使っているのですわ」
「うぶ毛な人?」
「うぶな人っ!」
遠野さん、どこまでもボケるなぁ。
両津は師匠を見るような目で火星大王を見ていた。
「M230、弾倉補充します!」
キドロを運搬するための巨大なトラック、キドロトランスポーターに戻った夕梨花は、機関砲の弾丸を補充していた。
機関砲に装着されているマガジンを一振りで抜き落とし、トランスポーター内壁に設置されていた新しい弾倉をセッティングする。そしてもうひとつのマガジンをキドロの腰に装備した。
これで120発の30✕113mmBを撃つことが出来る。だが、ヒトガタの装甲には歯が立たないのだ。どうすべきなのか。
「泉崎さん!」
その時、指揮車にいる田中美紀技術主任からの声がキドロに届いた。
「はい、主任!」
「あなたも知っていると思いますが、そのトランスポーターにはROGAの試作機が搭載されています」
「ええ。使用テストのためにここにあると」
「そうです。でも……白谷部長、どうでしょうか?ここで実戦テストというのは?」
無線機が沈黙する。白谷が悩んでいるような気配が夕梨花に伝わった。
「部長、ここで使えないなら、ROGA開発の意味が、」
フッと、白谷のため息のような音が無線から聞こえた。
「分かった。私が責任を取ろう」
「部長!ありがとうございます!」
どうやら指揮車内の意思が統一されたようだ。
「泉崎さん、使い方はわかりますよね?」
「はい、ROGAのテストは私の担当で進めていましたから」
美紀が白谷の顔を見つめる。
そして二人はうなづいて、それぞれのコンソールにある赤いボタンを同時に押した。
トランスポーター奥に設置されている横長のボックスが、ゆっくりと開いて行く。
「では、ROGAを装備して出ます!」
夕梨花のキドロは、ボックスの中のものを右手でわしづかみにしてトランスポーターの荷台から飛び降りた。
巨大ロボット同士の殴り合いは続いていた。
だが、陸奥と後藤はヒトガタの操縦に慣れてはいない。今回が初搭乗なのだ。暴走ヒトガタの方が動きの素早さがわずかに勝っている。二機がかりだと言うのに、ほぼ互角の様相を呈していた。
「これじゃあラチがあかないぜ。こんな消耗戦を続けてたら、中の人間が参っちまう!」
後藤には珍しく、その口からグチが漏れ出した。
「陸奥さん、ゴッドさん、泉崎さん!」
指揮車から美紀の声が届いた。
「泉崎さんの機関砲砲撃から得られたデータ解析が終わりました!」
美紀は目の前のコンソールのタッチパネルとキーボードを忙しく叩いている。
陸奥と後藤、そして夕梨花が見ているメインディスプレイに赤い点滅が現れた。
「コントロールモジュール周りの装甲の強度から、この場所なら破壊できる可能性があります。正面腹部のコントロールモジュールは、右脇腹あたりから得物を刺し込めば届くと思われます。頭の方は、後頭部の斜め下から突き上げる形なら届く可能性が高いです!」
美紀のその声が響いたと同時に、陸奥と後藤の元に夕梨花のキドロが帰ってきた。
「おまたせ!」
夕梨花のキドロはさっきまでとは違い、何かを背中に装備している。
「揃ったな……よし、俺が仕掛ける!」
「伝説さんよぉ、何をする気だ?」
「ゴッド、俺が生身の格闘技でも伝説なのを、知ってるだろ?」
「それはそうだけどよぉ」
「まあ見ていろ。俺がヤツの動きを止める!うまくいったら、二人同時にコントロールモジュールを破壊してくれ!」
「やっぱり伝説の勇者様は頼もしいぜ!」
「了解した!」
陸奥機が暴走ヒトガタに突進した。




