第79話 再会
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
やっと暴走ヒトガタに追いついた陸奥と佐山のレスキューロボは、ヤツと対峙している二台のキドロを遠巻きにして待機していた。ヘタに手を出そうものなら、足手まといになることは確実だ。こんなとんでもないシロモノの相手は、プロに任せるに限る。
陸奥は教習所内用の連絡用無線に話しかける。
「泉崎さん、妹さんともうひとりの生徒は、安全だと思われる距離にまで離れました!」
この都営第6教習所の無線は特例で、警察無線とも互換性が取られていた。
無線から聞こえた陸奥の声に、夕梨花はほっと胸をなでおろす。
奈々が、何事に対してもがむしゃらに突き進むことを、夕梨花はよく知っている。だが、友達を助けるために、こんな最新鋭の軍用ロボットにまで立ち向かうとは。しかも自分の教習用ロボットで、だ。誇らしく感じる一方、すこし恐ろしくもある。
無茶をしてケガとかしないといいんだけど。
夕梨花は、一度奈々と向き合って、とことん話をしないと。と考えていた。
「ありがとうございます。もうひとりの生徒、遠野ひかりさんですよね?」
「ご存知なんですか?」
「ええ。奈々からよく、彼女のことを聞いているので」
ああ、多分ポンコツ娘だってことだろうなぁ。
陸奥は苦笑しながらそう思っていた。
「お嬢ちゃん、そっちのお兄ちゃんと知り合いのようだけどよぉ、世間話をしてる余裕はあんまりねぇみたいだぜ」
後藤の言葉にメインディスプレイを見ると、暴走ヒトガタが二台のキドロへと迫ろうと、ジワジワと足を動かし始めていた。
そんな状況にも関わらず、陸奥の頭には別のことがひらめいていた。
この声には聞き覚えがある。
いや、この声の持ち主を俺は知っている。
「まさか……お前、ゴッドか?!」
陸奥の叫びに虚を突かれたのか、後藤が一瞬呆けたような顔になった。
「おいおい、お嬢ちゃんの知り合いって、お前、陸奥か?!」
あわてて陸奥が通信用ビデオのスイッチをオンにする。
後藤コクピットのディスプレイに、ワイプ状に陸奥の顔が映し出された。
お返しだ、とばかりに後藤もカメラのスイッチを入れた。
「どうしてお前が機動隊のキドロに乗っているんだ?」
驚愕している陸奥に、後藤はトボけた笑顔で返す。
「それは俺にもよく分からねぇんだよなぁ」
後藤は漫画のように、頭をポリポリとかいた。
「陸奥さん、我々現場では詳細は分かりませんが、現在警察は、彼と共同戦線を組んでテロ対策を遂行しています」
陸奥がなるほど、という表情を見せる。
「確かに、彼が持つ情報網と軍用ロボットの運用は、とびきり優れたものがありますからね。まあ分からなくは無いですが」
「そういうことさ。でもよぉ、俺にしたって今回のクライアントは雲の上なんだわ。公安か別班か内調か、はたまたもっととんでもないところなのか。まぁ金さえもらえれば文句はねぇがな」
陸奥がニヤリと笑う。
「あの頃とちっとも変わってないな、ゴッド」
「そうかもしれねぇなぁ」
ジガ砂漠に照りつける太陽は、すでにほぼ真上にまで昇っていた。ジリジリと砂や小石を焼き、ゆらゆらとカゲロウが立ち昇っている。気温はとっくに40度を大きく越えており、ここに生息する小さな虫たちでさえ、ひなたでは命の保証などどこにもない状況だ。こんな昼と、氷点下にまで気温が下がる夜とを繰り返す、ここはまさに地獄に一番近い場所なのである。
「今日もあっちいぜ」
後藤はそのひたいから滝のように流れる汗を、手のひらで無造作にぬぐった。
東南アジアのブラックマーケットで取引きされている闇ロボット、ブラックドワーフのエアコンは相変わらずポンコツだ。設定温度をいくら下げようが、サッパリ反応しない。もちろん、こいつが無いとこのコクピットに人間がいることなど不可能なのだが。
「まぁ死なないだけマシってことだよなぁ」
後藤はロボット専門の傭兵である。その格闘技術の高さや、独自に持っている情報網に定評があり、世界各地の紛争地帯で引く手あまたの人気となっていた。
後藤の名前から「ゴッド」と呼ばれる彼は、世界各地で「ゴッドに地獄送りにされる」などと恐れられている。
神が地獄送りにするとは、どんな冗談だよ。なんて後藤はうそぶいてはいるが。
彼が戦っていることに、特段の理由は無い。特別な思想や心情も無いし、特に信じている宗教も無い。その行動原理をひとことで表すなら「金」だ。どんな汚れ仕事でも、金払いのいいクライアントのためならキッチリこなす。それが後藤茂文という男なのだ。
今契約しているクライアントは、南にジガ砂漠が広がる灼熱の国ダスク共和国に反旗をひるがえす反政府組織「シャンバラ」だ。
シャンバラは民族主義をとなえて活動している武力勢力である。彼らは歴史あるダスク人に誇りを持ち、自らの民族を他から区別して意識し、その統一や独立、発展を志向する思想を持っている。ナショナリズムがその根幹なのだ。
一方のダスク共和国は、共和国とは名ばかりの実質一党独裁の強権国家である。不正がはびこる形ばかりの選挙で選ばれたボルド大統領を独裁者に、やりたい放題の悪政だ。ワイロなどは当たり前、役人たちはアルバイトと称して子供たちを人身売買で近隣諸国に売り飛ばす。今回の後藤の契約は、そんな子供たちの奪還が任務であった。
「なあ新入りさんよぉ」
後藤が、隣を歩くもう一台のロボットに無線で呼びかけた。
今ここにいるのは後藤のブラックドワーフと、隣を歩く謎のロボットの二台だけだ。軍事ロボットのエキスパートと言える後藤でも、この機体には全く見覚えがない。
新型なのだろうか?
「そっちはなんだか涼しそうじゃねぇか?」
後藤はひたいの汗をポタポタと押としている。
「そうだな。エアコンがきいて快適だよ」
「マジかよ。新型はいいよなぁ、もしかして日本製かい?」
後藤が何気ないふりで探りを入れる。
「すまん。前も言ったが、あまり詳しくは話せないんだ」
プラックドワーフのディスプレイに映る男のコクピット内には、あちこちに日本語の表示や表記が見える。この新型は日本製に間違いはないだろう。
「答えなくてもいいんだがよぉ、俺の考えを聞いてくれるか?」
男はディスプレイの中でうなづいた。
「恐らくそいつは純日本製のロボットだ。陸自のものか、海自か、もしかすると機動隊とか警察の設計かもしれん」
後藤の話を、男はうなづくこともなく無言で聞いている。
「その新型の運用テストとして、このジガ砂漠が選ばれたってわけだ。地獄でテストして合学できれば、多少過酷な状況でも運用できるからよぉ」
後藤は一人でうんうんとうなづいている。
「まいったな。想像するのは勝手だが、俺の任務はハッキリしてるぞ」
「何だ?」
「人身売買組織に誘拐された日本人の子供の救出だ」
後藤の目が見開いた。
「これから行くところに、日本人のガキがいるのか?!」
「ああ」
それが本当の目的なのか?
それとも、あくまでも表向きの理由か?
「なぁおにいちゃん」
「なんだ?」
「おめぇの名前、聞いてもいいか?」
一瞬の逡巡の後、男は答えた。
「陸奥俊博だ」




