第74話 遠野考古学研究室
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
完全に密封されたガラス製の観察ボックスが、テーブルに置かれている。
その中には、鳥のようなカタチをした機械じかけの「何か」があった。
いや「居た」と言った方がいいのかもしれない。なぜならそれは、動いているのだから。
「では、観察を始めよう」
そう言ったのは城南大学文学部歴史遺産学科の教授、遠野光太郎だ。ひかりの父であり、娘が尊敬する考古学者である。そしてこの部屋、遠野考古学研究室の主宰者でもあった。
「顕微鏡の各センサーを起動します」
今日は、東郷大学袴田研究室から1名の研究者が訪れていた。
ひかりの兄、遠野拓也だ。
彼は袴田研究室と父の遠野考古学研究室との共同研究の一環として、極限にまで小型化された袴田顕微鏡を携えていた。
袴田顕微鏡は素粒子をとらえるために、様々なセンサーを内臓している。
素粒子が崩壊した場所を、シリコン半導体の薄板で精密測定するピクセル検出器。
崩壊した粒子から出てくる様々な素粒子の運動量をドリフトチェンバーで測定する中央飛跡検出器。
素粒子の種類を粒子から出る光のパターンから判別するTOPカウンター。
素粒子のエネルギーを測定するための電磁カロリーメーター。
素粒子の貫通力を調べるため、鉄板とセンサーを何層にも重ねたカタチをしているKLM検出器。
その他にも多数のセンサーが組み込まれている。その全ての測定結果から、素粒子レベルの大きさのものを袴田教授が開発したAIで可視化するのである。
「袴田顕微鏡すごいですね、実物を見るのは初めてですよ!」
少し興奮気味にそう言ったのは大学院生の安藤隼人24歳、遠野教授の助手である。
「なんだか私も、ちょっとドキドキして来ました」
同じく助手の牧田陽子23歳。彼女も院生だ。
「しかし、遠野教授の息子さんが袴田教授のゼミで研究してるなんて、ぜんぜん知りませんでした」
隼人は、顕微鏡の操作パネルから遠野教授へ目を移してそう言った。
「おや?言ってなかったかな?」
「聞いてないです〜」
陽子が少しふくれた。
「もう少々お待ち下さい」
ここの皆さんも仲がいいんだな。
拓也はそんなことを思い心のなかで微笑みながら、顕微鏡の操作パネルをタッチしていく。
今から数年前、ロシア南部アルタイ山脈にある旧石器時代の遺跡「デニソワ洞窟」で、当時の人類が身につけていたと思われるペンダントらしき遺物が発見された。それは穴の開いた鹿の歯に革紐を通したもの。動物の骨や歯は、表面に小さな穴がたくさんあいている多孔質だ。そのため、それをアクセサリーとして身につけた場合、その人の汗や血液、唾液などの体液が浸透し、長い年月を過ぎてもそれらを検出できる可能性が高い。
その鹿の歯からは、身につけていた人間のDNAを抽出することに成功、性染色体から女性であると判明した。
しかし発見はそれだけではなかった。
その性染色体には、袴田素粒子が感染していたのである。
そんな頃からすでに、袴田素粒子は地球に降りそそいでいたのか?
それを解明するため、考古学が専門であるこの研究室でも、袴田素粒子の研究依頼を受けることになったのだ。
「このハト、本当に動いていますね」
顕微鏡の調整を続けながら拓也が遠野教授に顔を向けた。
「そうなんだよ。これが発見されたのはギリシャのデルフィ考古遺跡近くの村だ。紀元前8世紀頃のシロモノがどうしていまだに動くのか、ずっと謎だったんだよ」
デルフィ考古遺跡は、ギリシャ中部のパルナッソス山にある非常に貴重な世界遺産である。その中心にはアポロン神殿が造られており、当時「聖域」として整備されていたものだ。当時の古代ギリシャでは世界の中心と信じられ、大地のヘソとも呼ばれていた。強力な神託を得られる場所として最も重要な聖地とされていた場所なのだ。
その近くで発見された機械じかけのハト。
古代ギリシアの哲学者であり数学者のアルキタスが発明した、人類初の飛行ロボット「空飛ぶハト(Flying Pigeon)」である。
木で作られたこのロボットは、鳥の飛び方を研究した人類最初の試みだった。
非常に軽量なボディは、中が空洞の円筒形、左右には翼があり、後部にも小さな翼が備わっている。また、先端は鳥のクチバシのように尖っており、飛行距離を伸ばすため、空気力学的な姿をしていた。残っている当時の記録によると、飛行距離は優に200メートルを越えたと書かれている。
「これが飛ぶのは、水蒸気の力を利用していたんですよね?」
拓也の問いに隼人が肩をすくめる。
「そうです。でもまさか水蒸気がこんなに未来まで残ってるわけないもんなぁ」
その時、拓也が静かに告げた。
「見えます」
次第にハッキリしてくるディスプレイの映像。
ハトの頭部がどんどん高倍率になっていく。
見えた!
そこには、まるで英語のエックスのようなカタチをしたものがうごめいていた。
「やはりそうだったか」
遠野教授がうなった。
紀元前8世紀のハトを動かしていた動力源は、袴田素粒子だったのである。
その時、拓也のスマホが鳴った。メールの着信音だ。
ほぼ同時に、遠野教授のスマホも鳴る。こちらは着信だ。
「はい、遠野です」
教授はその着信を受けた。
拓也もメールを確認する。
「お知らせくださってありがとうございます」
そう言うと教授は電話を切った。
「父さん、ひかりが」
「ああ、今の電話はロボット教習所からだ」
遠野教授は隼人と陽子に顔を向けた。
「私の娘が、暴走ロボット事案に巻き込まれているようだ」
研究室の空気が重く沈んだ。




