第73話 お兄ちゃん
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
真っ赤なボディにレスキューの白文字。言わずと知れたレスキューロボだ。
ここ都営第6ロボット教習所には、二台のレスキューロボが配備されている。教習中の事故からの救出など、生徒たちの安全のためであることはもちろんだが、袴田素粒子関連で何が起きるか分からない現状では、必要不可欠の装備だとも言えた。
「佐山さん、対袴田素粒子防御シールドは事前に起動してあります」
無線で届く陸奥の声に、佐山はメインディスプレイに目を走らせる。ディスプレイの右下あたりで、シールド起動中の赤い文字が点滅を繰り返していた。
「確認しました」
「佐山さんならよくご存知だと思いますが、このレスキューロボの格闘性能ではヒトガタに太刀打ちできないと思います」
「残念ですがその通りです」
佐山が苦々しげにうなづいた。
「なので私たちは生徒が逃げる間、暴走ヒトガタを引きつけると言うのはどうでしょうか?」
一瞬の間があいて佐山は、メインディスプレイにワイプのような形で出ている陸奥の顔を見た。
「だとしても、危険ですよ」
「分っています」
「陸奥さんの経歴は、ほんの少しだけなら上から聞いています」
陸奥がうなづく。
「軍用ロボットで戦場での戦闘経験がおありだと。ですが、我々のように、日々ロボットでの格闘戦の訓練をしているわけではありません。ヒトガタは手強いですよ」
「覚悟はできています」
陸奥がニヤリと、その笑みをカメラに向けた。
佐山がうなづく。
「分かりました。では行きましょう!」
下半身後ろの排気口からグオンと音を立てて排気。
二台のレスキューロボが立ち上がった。
ガシン!ガシン!と地響きを立てて、五台のロボットが東京湾の埋立地を走っていた。
正雄のコバヤシマル、両津のなにわエース、マリエのリヒトパース、奈央のコスパ、愛理のラブリーななである。
「あいつらに追いつくには、めっちゃ頑張らんとあかんで!」
「そうだぜ!二人とも俺のライバルさんだからとても速いのさ!」
両津と正雄の声が、無線を通じて全員のコクピットに響く。
「そうですわ。皆さん、第一回チキチキロボットバトルロイヤル飛んで走って底抜け脱線栄光のゴールへまっしぐら〜レース大会、を思い出してくださいませ」
「どうしてですかぁ?」
奈央の言葉に愛理が首をかしげる。
「あの時はトンネルの崩壊事故に巻き込まれて、わたくしたちの勝負の決着、つかなかったではありませんか?」
「じゃあ、誰が最初に追いつくかで勝負ってことやな?」
「正解です」
「そりゃいいアイデアだ!お先に行かせてもらうぜベイビー!」
正雄のコバヤシマルが加速する。
マリエのリヒトパースがそれを追う。
「こら敗けられへんでぇ!」
「わたくしもですわ」
「待ってくださいですぅ!」
五台の速度がぐんぐん上がっていった。
「泉崎さん、ゴッドさん、これからスローブを展開します。完成時間は1分40秒、その端が埋立地に固定されたら出てください!」
トクボ技術主任田中美紀は、コンソールのディスプレイに映る巨大なスロープの動きを見つめていた。ゆっくりと埋立地へとおりていく坂道。
事実上の空母とも言われる海上自衛隊の護衛艦白龍には、キドロやそのトランスポーター、そして指揮車が上陸するための巨大なスロープが装備されていた。もちろん、陸自の25式人形機甲装備、通称ヒトガタの運用をも考えてのことだ。
「遠野ひかり……もしかして」
美紀の脳裏にひらめくものがあった。
スロープの動きを目で追いつつ、コンソールのキーボードを叩く。
「やっぱり。遠野主任の娘さんだ」
美紀の兄は、国連宇宙軍情報システム部のコンピュータ技術者だった。
美紀が理工系の道を選んだのは、多分に兄の影響が大きい。
彼女は憧れの兄を目標に、同じ理工系のロボット工学へと進んだのだ。
「お兄ちゃん、はいこれ」
「何だこれ?」
美紀は小さめのタッパーを兄に手渡した。
「大好きでしょ?私、明日から長い旅に出るお兄ちゃんのために、ぬか漬けつけたの」
自慢気に胸を張る美紀。
「きゅうりと人参、それとカブも!」
タッパーの蓋を開け、くんくんと匂いをかぐ兄。
「こりゃうまそうだ。でもね、」
「でも?」
美紀が小首をかしげる。
「残念ながら、ぬか漬けは宇宙船に持ち込めないんだ」
「どうして?」
「ぬか漬けって、乳酸菌、酵母菌、酪酸菌などが野菜を発酵させて旨味を作るんだ」
「うん知ってる」
「ハーフムーンには細菌は持って入れないんだよ」
「あ、そうなんだ……」
美紀は残念そうにしょげてしまう。
「よし、だったらお兄ちゃん、今食べるよ!」
兄は顔を上げキッチンへ声をかける。
「母さん!まだご飯残ってたよね?」
「ごめんなさい、もう無いわ」
母の謝罪が聞こえた。
「それじゃあ……食パンならあるよね?」
「あるわよ」
やった!という顔で兄が美紀の方を見る。
「パンにぬか漬け合うんだよ、美紀知ってるか?」
「知らないわよ〜、お兄ちゃんゲテモノ食いなんだからぁ」
家中に楽しげな笑いが響く。
美紀の兄は田中正明。
ひかりの母、遠野あかりの部下であった。
「スロープ、間もなく着地します!」
美紀の声がキドロ両機に届く。
絶対に子供たちを守らなくちゃ。
美紀は決意の目でディスプレイを見つめていた。




