第69話 人工衛星A12
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
ISS(国際宇宙ステーション)のHSNプロジェクトルーム。ここでは日夜、対袴田素粒子防御シールドSatellite Networkの、66機もの人工衛星の保守管理が行われている。
AIによるトラブルチェックはもちろん、管理ドローンによる物理的な保守点検も日々の作業であった。
人工衛星一機は、本体サイズ3.1×2.4×1.5メートル、重量は約860キログラム、太陽電池パネルを広げた全長は9.4メートルにもなる。それを保守する管理ドローンは直径約50センチほどの円盤型で、姿勢制御と推進用の三つの噴射ノズルと、三本の作業用アームが付いていた。
今プロジェクトルームのディスプレイには、一台の管理ドローンがその腕を大きく広げた姿が映っている。普段の点検作業はAI制御のフルオートだ。だが、非常事態にはプロジェクトルームからの遠隔操縦も可能になっている。いや、そのはずだった。
「アームの動作を、こっちからコントロールできない!」
アメリカ人宇宙物理学者のダン・ジョンソンの悲痛な叫びが響く。
このドローンは袴田素粒子に感染し、暴走しているのだ。
「すでにほとんどの制御を奪われているようだ」
フランスの宇宙生物学者レオ・ロベールの言葉に、日本の素粒子物理学者伊南村愛菜がタッチパネルを操作した。
「自爆装置はまだ生きてる!」
「でも自爆させたらあの衛星、A12にまで被害が及ぶんじゃないか?」
「このままでも、アイツがA12を破壊してしまうわよ」
ダンの指摘を愛菜が否定する。
現状はこうだ。今回の三人のミッションは、HSNに使われている66機の衛星全てのアップデートだった。対袴田素粒子防御シールド発生装置を最新型に交換する。10台の管理ドローンがその作業に当っていたが、衛星A12のシールド発生装置を取り替える間、ほんの数秒A12のシールドが途切れた。そのスキを狙いピンポイントでドローンに袴田素粒子が感染したのだ。
そして今、管理ドローンのアームの一つがA12のボディにメリメリと食い込んでいる。A12は機能停止状態だった。
「シールドの穴は?」
「大丈夫、すぐに他の衛星でカバーした」
ダンの不安をレオが打ち消す。
トラブルを考慮し、衛星一機がシールドの発生を停止しても、近隣の衛星でそれをカバーできるシステムになっているのだ。
「でも、あの数秒の間に、どのくらいの素粒子が日本に降り注いだのかは分からないわ」
愛菜の不安そうな声がルーム内に響いた。
「決断しましょう。A12のことはあきらめて、アイツを自爆させましょう。自爆機能がいつまで使えるか分からない」
一瞬の逡巡の後、ダンとレオも同意した。
「オッケー」
「ダコール」
「あ!一番星見〜つけた、ですぅ!」
愛理が空を指差した。
「こんな真っ昼間に星なんか出るかいな」
そう言って愛理が指差す方を見上げる両津。
「ホンマや。なんか光ってる」
「お星さまにしては、やけに明るいですわね」
奈央が小首をかしげる。
「あれはスターを照らす運命の星だぜ」
「スターってお星さまのことですかぁ?」
正雄が右手の親指を突き出し、くいっと自分の方に向けた。
「俺のことだぜ、ベイビー」
「ツッコミの泉崎さんがいないと、何やシマらんなぁ」
両津が残念そうにそう言った。
「あれは恐らく……爆発の光ですね」
「爆発?!」
佐山三等陸佐も空を見上げていた。
「あの位置だと……ちょっとまずい事になっているのかもしれません」
「ISSから入電!」
教習所校舎地下にある対袴田素粒子防衛線中央指揮所に緊張が走る。
「感染したドローンの自爆に成功!」
一同に安堵の色が広がった。
「破壊された衛星A12のシールドは、他の衛星のバックアップですでに復元されたそうです」
「ひと安心だな」
ホッとひと息ついた雄物川に、陸奥の不安げな声がかぶる。
「いえ、最悪の場合も考えておかなければ、」
陸奥のその言葉をさえぎって、通信担当者の声が響いた。
「ほんの数秒ですが、袴田素粒子が日本列島に降り注いだ可能性があるそうです。推定される降下場所は……東京湾です!」
指揮所内は再び緊張に包まれた。
「教習所内の全ロボットを遠隔で始動!」
陸奥が即座に司令を出す。
「対袴田素粒子防御シールドを起動するんだ!生徒たちのロボットも全て、遠隔で防御シールドを起動しろ!」
《了解!》
指揮所内の所員たちが陸奥の指示に従った。
久慈が陸奥に振り向く。
「遠野さんと泉崎さんはヒトガタに乗っています!あの二台に対しては、ここからの遠隔は不可能です!」
「奈々ちゃん、私を止めて〜!」
「だからエンジンを切りなさ〜い!」
「停止ボタンがどれだかサッパリだよ〜」
ひかりと奈々は相変わらず追いかけっこを繰り広げていた。
「遠野!泉崎!」
その時、陸奥からの通信が両機に届く。
「陸奥教官!私まだ走ってま〜す!」
「私はまだ追いかけてます!」
二人の現状報告を無視して陸奥が叫んだ。
「急いでシールドを起動するんだ!」
「シードルってなんですか?」
「それはりんごのお酒!教官が言ったのはシールド!って、この機体にはシールド機能があるんですか?!」
「話は後だ!時間が無い!よく聞け、ダッシュボードの右側にマシンの始動ボタンがあるだろ?」
ひかりの顔が明るくなる。
「それなら分かります!さっき押したもん」
「そのすぐ左下にカバーがかかってるボタンがあるはずだ」
ヒトガタを走らせながら目だけでそれを探す奈々。
「ありました!」
「ほんとだ、私にも見つけられました!」
「そのカバーを上に跳ね上げて中のボタンを押せ!」
《了解!》
二人はそう言うとプラスチックカバーを上に跳ね上げ、スイッチをオンにする。
ディスプレイに「対袴田素粒子防御シールド起動中」の赤文字が浮かび上がった。
「何これ……」
奈々が絶句する。
「漢字だらけで読めないよ〜」
ひかりが音を上げた。
その同時刻、格納庫に残されていたもう一台のヒトガタに異変が起こっていた。
搭乗者のいないはずのそれが、ガタガタと揺れ始める。
そして……ゆっくりと立ち上がった。




