第65話 試乗
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
都営第6ロボット教習所の格納庫前広場に、二台のロボットが立っていた。
25式人形機甲装備、通称ヒトガタと呼ばれる陸上自衛隊の最新鋭軍用ロボットである。陸自の車両によくあるオリーブドラブの地色に、茶色と濃緑色の2色で迷彩が施されている。オリーブドラブのドラブ(drab)は「くすんだ」という意味で、暗いオリーブ色のことだ。カーキ色に近い茶色と濃い緑の迷彩柄が、雲ひとつ無い冬晴れの空に映えている。
「あのロボットさん、すっごくでっかいね、奈々ちゃん」
ひかりが奈々に顔を向けた。
「そうね。お姉ちゃんのキドロより、少し大きいみたいだわ」
キドロとは、警視庁機動隊特科車両隊所属の機動ロボットの通称だ。奈々の姉は機動隊ロボット部隊のチーフパイロットなのだ。
「ガタイがいいと言うか、デザインなどより実用一点張りのところが好感持てますわ」
「コスパですう」
奈央と愛理もひかりたちと一緒にいる。
「とってもカッチョいいマリエちゃんの……なんちゃらかんちゃらとは正反対だね!」
うんと、マリエがうなづく。
「リヒトパースでしょ!」
奈々がひかりに突っ込んだ。
「だって、オランダ語って激おこぷんぷん丸さんなんだもん、奈々ちゃん」
「それを言うならチンプンカンプン!」
「あら遠野さん、古い言葉をご存知なんですわね」
奈央が不思議そうにひかりを見た。
「うん!お父さんが考古学者だから!」
「なるほどですわ」
ひかりの笑顔に、奈央がうなづく。
「考古学ってほど古くないでしょ!」
奈々の突っ込みが、いつものように埋立地に響いていく。
「南郷センセ、この操縦レバー見たことないカタチしてて……どないしたらええんやろ?」
ヒトガタの運転席では、両津がとまどっていた。学生たちが使う教習用ロボットのほとんどは、シンプルイズベストの設計思想で作られている。運転の基本を学ぶためには、ごちゃごちゃとデラックスなアクセサリーはかえって邪魔になるのだ。
ヒトガタは軍事用ロボットだ。もちろん自家用とは違い、不必要な機能は付いていない。だが、教習用とは違ったベクトルのシンプルさで設計されている。壊れやすいタッチパネル等のデバイスは排除され、物理的スイッチの山である。普段スマホの延長のような操作パネルに慣れている両津にとって、どれが何のスイッチなのかを判別できるわけがない。
「確かにどれがどれだか、マニアくんの俺にもサッパリだぜ」
ロボットマニアを自認する正雄も、珍しく困惑の苦笑を浮かべている。
「大丈夫ですかね?」
立ち会いに来ている佐山も心配げだ。
彼は陸上自衛隊東部方面隊機甲科人形機甲装備部隊所属の三等陸佐である。
「基本の操縦法はここのロボットと大差ありません。操作パネルの違いに慣れれば、あの二人なら大丈夫でしょう」
陸奥が心配なさげに佐山に言った。
「両津!棚倉くん!落ち着くんや、昨日教えたように運転の基本はいっしょや。まあ高級なオートバランサーが付いとるから倒れる心配もないしな」
おいおい、俺だけ呼び捨てかよ。
両津はそう思いながらも、右のペダルに体重をかけて踏み込んだ。
ヒトガタの右足がゆっくりと前へ出る。そして、実に低速ではあるが、歩き出す。
「すごい!両津くんのクワガタが歩いてる!」
ひかりが羨望の眼差しを向けている。
「クワガタじゃなくてヒトガタよ!」
同時に、正雄のヒトガタもゆっくりと歩き始めた。
「こういうことか…やっとコツがつかめて来たぜ、ベイビー」
一度コツをつかめば、ロボット大好き二人組の上達は早かった。
広場をゆっくりと歩き回り、チョップやパンチの技の型を試す。
そうしてあっという間に二人の持ち時間は終了していた。
「ヒトガタさん、運転してみてどうでしたか?」
ヒトガタから降車した両津と正雄に、奈央が問いかけた。
「いや〜!すごかったで!」
「そうだな、俺の愛車をこっちに変えたくなったぜ」
二人とも高揚感に包まれている。
「誰か他に乗ってみたいものはいるか?」
陸奥の言葉に、とまどう一同。
「さすがに軍用は少しおっかないですわ」
「怖いですぅ」
そんな中、奈々の手がすっと上がった。
「私にもやらせてください。私、姉の職場を見学した時に、キドロの運転経験があります。ヒトガタでも多分大丈夫だと思います」
ほう、と佐山三等陸佐が興味深げに奈々を見る。
「すごい!奈々ちゃん、頑張ってね!」
ひかりが奈々を励ました。
「陸奥さん」
「何でしょう?」
陸奥が佐山に向きなおる。
「遠野さん…でしたっけ?彼女にも、試しに運転してもらえませんか?」
少し逡巡するが、すぐに顔を上げる陸奥。
「分かりました。遠野!お前も乗ってみろ」
「へぇ?!わたしが?」
「そうです。この前の重機との戦闘の動画を見せていただきました。ぜひあなたにも、ヒトガタの運転を試して欲しいのです」
佐山は笑顔をひかりに向けた。
「遠野!泉崎!シートベルトはしっかり装着したか?!」
「はい!」
無線から聞こえる陸奥の声に、ひかりと奈々が元気よく答えた。
「よし。ではまず最初に、エンジンをかけるところからだ」
普通ならイグニッションキーが刺さっている場所に、大型のボタンが付いている。
これを押すと起動するのよね。お姉ちゃんのキドロと一緒だ。
そんなことを考えながら、奈々はボタンを押した。
グオン、と低い音が響き、ヒトガタの下半身左右から排気が吹き出す。
操縦レバーをゆっくり引くと、二人のヒトガタが立ち上がった。
「すんなり立ったで」
「やっぱり俺のライバルさんたちだ、やるじゃねぇか」
ゆっくりと歩き出す奈々。
その横で、ひかりのヒトガタが一度ぴょんと飛び上がった。
「まずいですわ」
「ヤバいですぅ」
着地、そして足踏みを始めるひかりのヒトガタ。
「最新機でもああなるんや」
「暴走防止機能が付いているはずなのだがな、ベイビー」
そのままひかりのヒトガタはダッシュで飛び出した。
「奈々ちゃん、たしけて〜!」
「遠野さん、待ちなさい!」
爆走していく二人を、残った全員がぽかんと見守っていた。
「あの二人は特異な才能をお持ちのようですね。初めての機体を、練習も無しに爆走させるとは」
佐山の言葉に、教習所の一同は困惑の顔を見合わせていた。




