第64話 緊急招集
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
『俺たちと一緒に、テロを未然に防ごうってことだ』
テーブルに置かれた泉崎夕梨花のスマホから、後藤の声が流れていた。昨夜深夜の邂逅で、夕梨花が録音したものである。
トクボ部が所属する警視庁機動隊の特科車両隊は、自衛隊市ヶ谷駐屯地と隣接する警察総合庁舎にある。最寄り駅は地下鉄の曙橋だ。A3出口から徒歩五分ほどでこの会議室までたどり着く。
「確かにこれは、渋谷で聞いたヤツの声ですね」
キドロパイロットの沢村泰三だ。早朝の緊急招集だと言うのに、パリッとした暗いグレーのスーツを着こなしている。生真面目さの現れだろう。ただ、あまりにも筋肉が発達しているため、そのシルエットにスマートさは感じられない。
「警察無線に割り込んできた声と同じです」
沢村と同じキドロパイロットの門脇進が言う。彼は沢村とは違い、明るめのグレースーツを少し着崩している。ネクタイをほんの少しゆるめ、シャツの第一ボタンを外していた。
「声紋分析でも、そう結果が出ています」
田中美紀技術主任は今朝も白衣だ。早朝でも彼女の黒髪ボブは美しい。
この緊急会議に白谷部長が呼び出したのは六人。
キドロのチーフパイロットであり昨夜後藤と遭遇した夕梨花、その部下のパイロット沢村と門脇。三人は警部だ。田中技術主任は警部補。そして、酒井弘行理事官と板東保則捜査主任の顔も見える。
現在のトクボ部の主要メンバーが揃っていた。
『この前の渋谷にしても、店の営業妨害とあんたらのトラックを撃っただけだ。逮捕されたとしても、よくて威力業務妨害と器物破損程度の微罪じゃねぇか。だいいち、俺が本当に後藤茂文かどうかも分からんだろ?本当の後藤はダスクの砂漠で、とっくにおっ死んでるかもしれねぇぜ』
会議室に流れる後藤の声に、一同が無言になる。
後藤の言うことも確かなのだ。現状では証拠不十分で逮捕状も取れないだろう。その前に、後藤茂文本人である確証さえ得られていないのだ。
「やっかいな男だ」
白谷が誰に聞かせるでもなくそうつぶやいた。
『袴田素粒子を無差別にばらまくテロだ』
その言葉で、夕梨花はスマホのボイスレコーダーを停止する。
「この後、後藤はどうなったんです?」
酒井理事官は警視正だが、夕梨花たち階級が下の者にも丁寧に話す紳士だ。胸ポケットにいつでもチーフが見えるのは、奥様のおかげだとのウワサだが。
「私が草むらの物音に気を取られたほんの1秒ほどで姿を消しました。どうやら、後藤があらかじめ持っていた小石を投げたようです。あのガタイですばしっこい。恐らく相当に鍛えていると思われます」
「傭兵と名乗っていますからね」
沢村の声に、美紀が答えるように言う。
「ダスク砂漠でのロボット操縦は、恐らくとてつもなく重労働でしょう。脚部に砂漠専用のアタッチメントを装備したとしても、砂に埋もれて簡単には進めません」
「それで、上からは何か判断は下りましたか?」
板東捜査主任が白谷に問いかけた。彼は警視であり、夕梨花たちのひとつ上の階級になる。
「ああ」
一同が白谷を見つめる。
「後藤をここへ呼んで話を聞くことになった」
この場にいる全員の目が見開かれる。
「部長、犯罪者をここに入れるんですか?」
夕梨花の問いに、白谷が苦笑する。
「犯罪者だという証拠が無いからな」
「そうか!ここへおびき出して、最悪逮捕すればいいってことか!」
門脇が笑顔で言った。
「まあ、そういうこともあるだろう」
そう言った白谷の胸ポケットからスマホの着信音が鳴った。右手で取り出し、画面を見つめる。どうやら心当たりのある相手のようで、そのまますぐに着信に出る。
「白谷だ」
夕梨花たちが見つめる中何事か話していた白谷だったが、あまり話し込むこともなく電話を切った。
「この件と関係のある電話ですか?」
夕梨花の問いに白谷がうなづいた。
「後藤を逮捕できなくなった」
白谷の言葉に一同驚きを隠せない。
「実は、公安外事四課の友人に、ちょっと探りを入れてもらったんだ」
「調査部ではなく、外事四課ですか?」
酒井理事官が思わず問いかけた。
公安は、警察の中でも特殊性の高い部署である。その目的は、公共の安全と秩序を維持することであり、国家体制を脅かすテロ集団等を専門に取り締まる組織だ。その活動内容は極秘とされ、実態が表に出ることはあまりない。機密性が高く、高度な情報収集能力も必要とされるため、警察組織の中でも上位の実力者のみが集められていると言われている。
その中でも外事四課は、国際テロを担当する専門部署なのだ。
「しかも彼はゼロに所属している」
ゼロは、公安の中でも情報収集の統括を担当するコードネームだ。そんなところに友人がいるとは、白谷の出自も謎に満ちている。
「彼から出てくる情報は機密扱いだ。他言無用に願いたい」
誰のものか、ごくりとつばを飲む音が聞こえた。
「この件には、官邸の意向が関わっているらしい」
驚きのあまり、口を開くものはいない。
官邸とは、内閣総理大臣官邸、つまり総理官邸のことである。総理が日々の仕事を執務するのが官邸だ。一方、総理が日常生活を送る住居を公邸と呼んでいる。この官邸という言葉は、転じて総理を中心とした、時の政府のトップ集団そのものをも指す。
だが、官邸と一口に言っても完全な一枚岩とは限らない。官邸のどの部分の意向なのか、誰が関わっているのか、それは分からないらしい。
「そういうわけで、現場の俺たちにできることは、後藤と話すってことだ」
会議室は異様な緊張感に包まれていた。
「なぁ棚倉くん、南郷センセ怒らへんやろか?」
両津と正雄は、ロボット格納庫から伸びる長い廊下を歩いていた。
「マイトガイがいっしょなんだ、大丈夫さ」
「センセにはそんな冗談通じひんで」
困り顔の両津を気にすることもなく、正雄はいつものマイトガイスマイルだ。
ロボット大好き二人組は、これから南郷へ直談判に向かうのである。
教習所に新しく配備された軍用ロボット「ヒトガタ」に乗せてほしい!
あわよくば運転してみたい!
目的はそれである。
「まずは、なんでヒトガタがここに配備されたのかを聞いて……それから、俺らがいかにロボットを愛してるかを語るやろ……ほんで、」
両津は歩きながら南郷の機嫌を損ねないように段取りを考える。
そして南郷の研究室に到着すると、トントンと、ドアをノックした。
「南郷センセ、両津と、それから棚倉くんです」
「おう、君たちか。入ってええぞ」
正雄がなんの躊躇もなく、勢いよくドアを開けた。そして第一声。
「俺たちに、ヒトガタを運転させてくれよ、ベイビー!」
「あちゃ〜」
両津は最高の困り顔をしていた。




