第62話 ヒトガタ
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
東京湾に吹く海風は思ったよりも強い。
特に冬の海風は、南に吹く北からの風が体感温度を下げてくる。
「奈々ちゃん、寒いよ〜」
ひかりが悲鳴をあげる。
「遠野さんいつも暑いってエアコンの設定温度下げてるんだし、これくらい平気なんじゃないの?」
「それとこれとは別だよ〜」
ひかりたちいつもの面々は教習所の校舎外へ出ていた。七人のカラダに、容赦なく北風が吹きつける。
「私も寒いですぅ〜」
「うふふ、こんなこともあろうかと、わたくしは下にヒートテクニックを着込んでいるので、まったく寒くありませんわ」
「うらやましぃですぅ。ところで、ヒートテクニックって何ですかぁ?」
「それはね、」
ひかりが答えようとしたその時、ロボット格納庫の近くに停車している三台のトラックの荷台が、ガガガガと音を立て始めた。
「お、いよいよ中身がおがめるぜ」
「新しいロボットって、どんなマシンなんやろ」
正雄と両津が期待に満ちた目を向ける。
「あら、両津さんはいつも南郷教官の新しいロボットさんに乗っているではありませんか?」
「いやいやいや、あんなものはロボットとちゃう。ただの失敗メカやで」
奈央の問いかけに両津が苦笑した。
今日は都営第6教習所に、新型のロボットが到着すると言うのだ。学食でランチを楽しんでいる場合ではない。ということで、全員で見物にやって来たのである。
「しかし、教習所の新型ロボが、なんで自衛隊から届くんや?」
「あれは陸自のトラックだな」
両津の質問には答えず、正雄は夢中で開いていくトラックの側面を見つめている。
「りくじって何ですかぁ?」
「それはね愛理ちゃん、赤ちゃんを育てることだよ」
「それは育児!こいつが言ったのは陸自!」
「じゃあ、神社でもらうくじ引きみたいな、」
「それはおみくじ!みくじじゃなくて陸自!」
「俺の愛は逐次投入だぜ!」
「逐次じゃなくて!……はぁ」
この教習所へ来てから、奈々のため息がまさに倍増していた。
幸せが逃げないといいけど。
奈々はそんなことを思っていた。
「おい、そろそろロボットが見えるで」
両津の声に、全員が無言でトラックを見つめる。
ウィングボディの側面が次第に上へと上がり、搭載されているロボットがあらわになっていく。
「あらあら、なんだかゴツいロボットさんですわ」
「私たちのロボットより、とっても大きいですぅ」
正雄がニヤリと笑う。
「なんてこった、ありゃ戦闘用の軍用ロボットだぜ」
「自衛隊が運んできたからなんや怪しいとは思とったけど、ホンマかいな」
「どうして軍用のロボットさんが、ロボット免許の教習所に来たんだろ〜?」
ひかりが小首をかしげる。
「この教習所にまた謎が増えたわね」
奈々の言葉にひかりの顔がパァッと明るくなる。
「教習所の8不思議になったね、奈々ちゃん!」
「25式人形機甲装備、通称ヒトガタ。最新型じゃねぇか」
7人が見守る前で、ヒトガタ三台がトラックから降ろされようとしていた。
「陸上自衛隊東部方面隊の市ヶ谷駐屯地から来ました、機甲科人形機甲装備部隊所属、佐山三等陸佐であります」
陸自の制服を身に着けた男が、会議室で敬礼している。
陸上自衛隊は、陸上幕僚長をトップとする陸上幕僚監部と、北部、東北、東部、中部、西部の五つの方面隊からなる組織である。佐山が所属する東部方面隊は、関東甲信越地方、および静岡県の防衛警備や災害派遣などを担当している。防衛大臣直轄の、陸上自衛隊最大規模の部隊である。中でも機甲科は、戦車部隊、機動戦闘車部隊、水陸両用車部隊、偵察部隊、そしてヒトガタ部隊を有する陸自の最強集団なのだ。
「私はここの所長で雄物川です。こっちは教官の陸奥、南郷、久慈です」
よろしくお願いします。と、全員が頭を下げた。
「陸自の手をわずらわせてしまって、申し訳ない」
「いえ、私達はこれが任務ですので」
雄物川の謝罪に佐山はキリッとした笑顔で答えた。
「ホンマは機動隊のキドロにしよかとも思たんやけど、アレの生産が遅れてるらしいんや。ほんならいっそのこと、もっとグレードを上げて陸自のヒトガタがええなあ、思いましてん」
「光栄であります」
「それに陸自のヒトガタには、最新の袴田シールドが採用されていますから」
久慈がたのもしげにそう言った。
「お聞きとは思いますが、先日この施設内で重機が暴走しまして」
陸奥が会議室のディスプレイを指し示した。
暴走中の重機の映像が映し出されている。
「ここの装備では、鎮圧に手こずってしまったのです」
ディスプレイでは、陸奥と南郷の乗るレスキューロボが重機と戦闘を繰り広げていた。久慈の携帯端末から送られた映像だ。
「そうですね、周りの被害を考えると、格闘戦での鎮圧が理想ですからね」
「そうなんですわ、ちょうど第二校舎の建設現場やったんで、完成間近の建物を温存したかったと言うわけです」
「それで、近接戦闘に優れている25式を望まれたと」
「その通りです」
陸奥がうなづく。
その時ディスプレイに、とんでもない光景が映し出された。
暴走している重機に、一台の無骨なロボットが飛び蹴りをくらわせたのだ。
ひかりの火星大王である。
「こ、これは?!」
佐山が驚愕の表情を見せる。
「うちの生徒です。無茶なヤツでして」
陸奥を始め、教習所の面々が苦笑する。
「いえ、このパイロットですが……抜群の格闘センスをお持ちですね」
え?と、一同の目が開かれた。
「あまり開示はされていませんが、我々もこういった戦闘の訓練を取り入れているのです。飛び道具が使用できない場合の格闘戦術として、とても有効だと考えられています」
佐山三等陸佐は、感心の目をディスプレイに向けていた。