第56話 学食再び
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
白い床、白い壁、白い天井。殺風景で何の装飾もないその部屋には、所せましと様々な機械やコンピュータ、測定器などが並んでいる。
ここは都営第6ロボット教習所の地下。最新の設備が整った袴田素粒子の研究用ラボだ。白衣を着た何人もの研究者が、忙しげに何かの作業にいそしんでいる。
「こちらが、みなさんが昨日遭遇した暴走重機のコントロールモジュールです」
白衣の女性が壁のディスプレイを指差して言った。
田中美紀。警視庁機動隊特科車両隊所属のロボットチーム「トクボ」の技術主任だ。黒髪ボブ、キレイな直毛である。まだ二十代後半に見える彼女の実年齢は、トクボ部長しか知らないと警察内部ではささやかれている。
「そしてこちらが、先日秋葉原で私たちキドロ部隊と交戦した重機のものです」
キドロとは、彼女が所属する機動隊特車の機動ロボットの通称だ。
「同じものですね」
陸奥の言葉に美紀はうなづいた。
「同型だったのは恐らく偶然だと思います。ですが、こうして比較ができるのは我々にとって好都合です」
「袴田先生のところには?」
久慈が美紀に視線を向ける。
「はい、比較データの全てを送ってあります」
宇宙物理学の権威、東郷大学の袴田伸行教授はこのプロジェクトのかなめだ。今、美紀、陸奥、久慈、南郷、そして雄物川所長が見つめているこの画面も、袴田教授が開発した袴田顕微鏡からの出力である。袴田顕微鏡は通常では人の目に見えないものを可視化する能力があった。まさに素粒子を肉眼で見える形に表示してくれるのだ。
「倍率を上げていきます」
美紀は操作パネルの上で指を踊らせる。
「いつも思うけど、こいつホンマにすごいマシンやな。めっちゃ拡大されとるで」
「袴田くんは非常に優秀なんだよ」
感心する南郷に雄物川が笑顔を向ける。
「所長と袴田教授は、同じ東郷大学だそうですね?」
「ああ。同期だ」
陸奥の問いかけに、今度は彼へ笑顔を向けた。
「見えました」
美紀の言葉に一同はディスプレイに目をやる。
その画面では、英語のXのような形をしたものが複数うごめいていた。アリの群れ、もしくは蜂の巣に群がる働き蜂のように。袴田素粒子だ。
「何かお気づきになりませんか?」
全員が目を凝らすようにして表示画面を見つめる。
「いつもの気色悪い素粒子ちゃんやと思うけど…」
「おや?」
「陸奥さん、どないしたん?」
陸奥は右手をアゴに当て、少し考えるようにしてから言う。
「これまで見てきた袴田素粒子の感染は、ロボットのコントロールモジュール全体に広がっていたと思うのですが」
「確かにおかしいわね。素粒子がここにかたよってる」
「ホンマやな」
久慈と南郷も異変に気付いたようだ。
「そうなんです。これまでと違い、モジュール全体ではなくCPUのみに感染しているんです」
全員の目が素粒子の動きに釘付けになる。
「それは、どういうことだね?」
雄物川が重々しい声で美紀に問いかけた。
「まだ分かりません。ただ、私たちトクボ技術部の仮設は……」
一同が息を呑んだ。
「今回の二例共に、ただの暴走ではなく、意思を持って暴れていたように見えたことと、何か関係があるのではないかと……」
暗い闇のような沈黙がラボを覆っていた。
「A定食、今日もとってもおいしいですぅ〜」
愛理はそう言うと、学食名物日替わりA定食のカニクリームコロッケを半分に切り、ポイっとその口に放り込んだ。中はとてもクリーミィ、外の衣はサクサクで極上の味わいだ。
ひかり達は教習所内の学生食堂、学食でランチを食べている。
『あんな事件に巻き込まれたんや。明日一日は休日にしたるから、ゆっくり休むんやで』
そんな南郷の鶴のひと声で、今日の教習はお休みになっていた。
「奈々ちゃん、私もカニクリームコロッケ食べたいな。ひと切れほしいな」
ひかりが隣に座る奈々に、子犬のようにうるうるとした視線を向けている。ひかりはもちろんお子様ランチだ。
「いいわよ、はい、あーんして」
「あーん」
パクリ。ひかりの口に、奈々がカニクリームコロッケを放り込む。
ひかりの顔がいつものようにパッと明るくなった。
「学食のカニクリームコロッケ、やっぱりおいしい〜」
毎日の光景である。学食のランチでは毎回必ず、ひかりが奈々におかずをおねだりする。それが日常になってしまったため、奈々はもう断らなくなっていた。
「じゃあ遠野さんのチキンライス、私にひと口ちょうだいよね」
「いいよ」
ひかりは銀色のスプーンで、お子様ランチのプレートからチキンライスをひとすくい。
「奈々ちゃん、はい、あ〜ん」
「あ〜ん…ぱくっ」
「それ、私もやりたいですぅ〜」
愛理の嫉妬である。
「愛理ちゃん、いつも泉崎さんと同じメニューを注文しているから、あ〜んができないのですわ」
「だってぇ、泉崎先輩と同じもの食べたいんですぅ」
「ジレンマですわね」
奈央と愛理も通常運転だ。
「マリエちゃん、私もパスタ食べたいな。ひと巻き欲しいな」
今度はマリエに、子犬のようにうるうるとした視線を向けている。
「いいよ」
マリエは小声でそう言うと、器用にフォークでくるくるとパスタを巻き取った。
「えーと……あーん、だっけ?」
「そう、あ〜ん!」
「あ〜ん…」
マリエが恐る恐るひかりにあーんを言う。
「パクリっ!ん!なにこれ、おいしすぎる〜!」
「今日のパスタは確か、地中海のタコと長野のシメジのガーリックオリーブオイル、だったかしら?」
マリエがニッコリとして、奈々にうなづいた。
「じゃあマリエちゃんにもチキンライスあげるね!」
ひかりが再び、スプーンでチキンライスをすくう。
「マリエちゃん、あ〜ん」
「あ〜ん……」
パクリっとマリエがひかりのチキンライスを受け取る。
「どう?」
「うん、とてもおいしい」
ひかりにもニコリとするマリエ。
「ひかり」
「なぁに?マリエちゃん」
少しもじもじとしてから、マリエが答える。
「あ〜んて……楽しいね」
「そうなの!楽しいの!」
ひかりの笑顔が弾けた。




