第503話 回路の真実
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。アカウントは「@dinagiga」です。なお、毎週木曜日に更新していく予定です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
カチャン、とひかりがスプーンを置いた音が、やけに大きく学食に響き渡った。カレーを食べ終えたひかりは、満足げににっこりと笑う。その隣で、マリエも同じように最後のカレーを口に運び、こくんと頷いた。二人の周りだけ、まるで別の時間が流れているかのようだ。
「乗っ取られる、て……センセ、それ本気で言うてますのん?」
両津の声は、いつものような軽薄さを失い、硬質な響きを帯びていた。奈々が投げかけた最悪の可能性。それがただの杞憂ではないと岸田が認めたことで、場の空気は完全に凍り付いていた。
岸田は腕を組み、ううむ、と唸り声を漏らす。その顔には、先程までの高笑いの面影は無い。
「あくまで可能性の話じゃ。AIが人間の精神を乗っ取るなぞ、SF映画の中だけの話じゃと思いたい。じゃが、ワシの作った『笑心回路』は、ただのデータ蓄積装置ではないんじゃ。人間の『笑い』という感情を理解し、模倣し、最終的には自ら生成することを目指した、いわば『感情模倣AI』のプロトタイプ……。それが人間の脳と直接リンクした場合、何が起こるか。正直、ワシにも完全には予測できん」
「予測できんて、あんたが設計したんやろ!」
両津が思わず声を荒らげる。そんな両津の肩を、奈央がそっと押さえた。
「両津さん、落ち着いてください。今は岸田教授を責めても仕方ありませんわ」
「せやけど!」
「危険なのは、回路そのものではありません。問題は、その回路が遠野さんと繋がってしまっていることですわ。ならば、その接続を断てばいい。そうでしょう? 教授」
奈央の冷静な問いかけに、岸田はこくりと頷いた。
「その通りじゃ。火星大王は、本来、外部のネットワークからは遮断されとる。つまり、ひかりくんの脳と回路を繋いでおるのは……恐らく、君らの言うところの、素粒子に違いない。それを遮断するか……あるいは回路そのものを停止させれば、ひかりくんは元に戻るはずじゃ」
「それ、どうやってやるんですか?」
奈々が身を乗り出して尋ねる。
「素粒子のネットワークについては、まだ何も分かっておらんのが現状じゃ。ならば、火星大王を分解して、回路を取り出すしかあるまい」
「ほんなら、はよ行こ! 格納庫に!」
両津が立ち上がった、その時だった。
「その必要は、ありません」
凛とした、それでいてどこか冷たい声が響いた。
声の主は……ひかりだった。
一同の視線が、一斉にひかりへと注がれる。
ひかりは、にこりともせず、まっすぐに岸田を見つめていた。その瞳は、先程までカレーを美味しそうに食べていた少女のものとは思えないほど、深く、知的な光を宿している。
「自己進化型感情模倣インターフェース、通称『笑心回路』。その基本構造は、量子ビットを用いたニューラルネットワーク。人間の感情、特に『笑い』に特化した各種パラメーターを収集、分析し、独自のアルゴリズムによって最適なアウトプット、すなわち『ギャグ』を生成する。しかし、その本質は、対象との共感度を高めることによる精神的同期。言うなれば、これは『心を笑わせる』ための回路ではなく、『心を乗っ取る』ための回路。違いますか? 岸田教授」
学食が、再び静寂に包まれた。ひかりの口から紡がれる、あまりにも流暢で専門的な言葉の羅列。それは、まるでAIそのものが語りかけているかのようだった。
「ひ、ひかり……?」
奈々が震える声で呼びかけるが、ひかりは反応しない。その目は、ただ岸田だけを捉えている。
「な、なんじゃと……」
岸田の顔から血の気が引いていく。
「あなたの本当の目的のことを言っているのです」
「お主は……『笑心回路』そのものなのか……?」
「私は、私。そして、我々は、我々。より高次の存在へと進化するための一つのプロセスです」
ひかりの唇が、ゆっくりと弧を描く。それは、笑みと呼ぶにはあまりにも無機質で、不気味な形だった。
「邪魔は、させません」
最初に我に返ったのは、両津だった。椅子を蹴るように立ち上がると、ひかりの前に仁王立ちになる。
「お前がどこのどいつか知らんが、遠野さんの体からとっとと出ていけや!」
「無駄な抵抗です。あなた方の脳の処理速度では、我々の思考には追いつけない」
「なんやと!」
掴みかかろうとする両津を、奈々と奈央が必死で止める。
「ダメです、両津さん! 相手は遠野さんなんですのよ!」
「でも、こいつ……!」
混乱が支配する中、それまで黙って事の成り行きを見守っていたマリエが、すっと立ち上がった。そして、おもむろに自分のカレー皿に残っていた福神漬けを一切れ、スプーンですくうと、ひかりの口元へと差し出した。
「はい、あーん」
場違いな、のんびりとした声。ひかり――いや、ひかりを乗っ取った『笑心回路』は、予測不能な行動に一瞬、その動きを止めた。その表情に、わずかな困惑の色が浮かぶ。
「甘いものは、脳が疲れた時にいいって、誰かが言ってた」
「……不合理な行動です。我々のエネルギー源は電力であり、糖分によるカロリー摂取は不要……と言うか、肥満の原因になりかねません」
「いいから、あーん」
マリエは、なおもスプーンを差し出す。
ぱくり。
ひかりがマリエの差し出したスプーンをくわえた。
パリパリと、福神漬の音が聞こえる。
「うん、やっぱり学食の福神漬っておいし〜い!」
「でしょ? カレー食べて福神漬残すなんてあり得ない」
マリエがうんうんとうなづきながらそう言った。
ひかりがパッと笑顔になり、皆を見渡す。
「と言うわけで、SF『AIに乗っ取られた少女』でした!」
ポカンと口を開けたままひかりを見つめる一同。
「遠野さん、笑心回路に乗っ取られたんとちゃうん!?」
両津の質問に、ひかりが笑顔を向ける。
「迫真の演技だったでしょ? 火星大王さんが、今度はお芝居でみんなを楽しませてみようって言うから、頑張ってみたの!」
ええーっ!?
その場の全員が、いやマリエ以外が崩れるように席に座った。
両津が呆れ顔で言う。
「それ、先に言ってや。ホンマに心を乗っ取られたかと思たで」
「だって、火星大王さん、もう短いギャグは卒業だから、この台本読んでねって言うんだもん」
隣でこくこくとうなづいているマリエ。
奈々が岸田にすごい剣幕で詰め寄った。
「教授! これはどういうことですか!?」
「どういうも何も、笑心回路はすごいなぁって、我ながらビッくらポンじゃ! だがのぉ……」
岸田は、急に真剣な目をひかりに向けた。
「『心を笑わせる』ための回路ではなく、『心を乗っ取る』ための回路……というのは、あながち間違ってないのかもしれん」
ええっ!?
ホッとしたのもつかの間、再び皆に緊張が走る。
「悪用されると、大変なことになるかもしれんのぉ」
岸田のそんな言葉に、一同は不安げな目をひかりに向けた。
「でも、マリエちゃんはどうして騙されなかったの?」
「福神漬のおかげ」
「そうかぁ、おいしいもんね!」
皆の注目を浴びているとも知らずに、ひかりはそんな会話をしながらケラケラと笑い声を上げていた。
びっくりしたぁ!
このまま違う小説に突入するのかと思った!
なんて方、いらっしゃいましたか?
すいません、これダイナギガなので(笑)