第498話 何かの影
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。アカウントは「@dinagiga」です。なお、毎週月曜と木曜の週二回更新していく予定です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「おい青年、お前にしてはなかなかいい判断だった」
大輔の指導医・長谷川潤子は、診察時間の終わった素粒子内科の診察室でモニター画面を見つめながらそう言った。29歳にはとても見えない童顔で、身長も150cmあるかどうかといったところだが、そのため患者から見学の女子高生に間違われたこともある。なので彼女は、病院内だけでなく街へ出る時ですら白衣を着用する。医療関係者ですよ、と言う自己主張なのである。
「え? 何がですか?」
大輔が素っ頓狂な声を上げる。
「医局でこの検査結果を見ていたら、誰かに内容を知られてしまうじゃないか。それを避けるために、わざわざ私のところに来たのだろう?」
「ええまぁ、そんなところです」
あいまいな返事をしながら、大輔は右手で頭をポリポリとかいた。
実際のところ大輔にそんな意図はなく、看護師の恵美に、
「長谷川先生なら、多分まだ外来の診察室だと思いますよ?」
と言われたからに過ぎなかったのだが。
「でも、やっぱりこの結果って、重要ですよね?」
大輔はそれをごまかすように、あわててそう言った。
「もちろんだ。もっと上に判断してもらってからじゃないと、口外していいかどうかすら、私にも分からん」
潤子が肩をすくめる。
「上、ですか? 院長とか?」
「そのレベルじゃない。例えば、指揮所の雄物川所長とか、国連宇宙軍の偉いさんたちとかだな」
その言葉に大輔は絶句した。確かに、送られて来た検査結果には不可解な内容が含まれている。だからと言って、そこまで重大なことだとは思いもよらなかったのだ。
そんな大輔を気に留める様子もなく、潤子は検査データのある部分をずっと見つめている。
「これ、青年にもそう見えるよな?」
「そうですね」
それは都営第6ロボット教習所の生徒たちから提供された検体による、染色体検査の結果データだ。通常染色体検査は、疾病につながるような染色体の数的異常や構造異常を検出するために行なわれる。だが今回の目的は違っていた。生徒たちの染色体に、通常の人間とは違った何かが存在しないのかの詳細検査なのである。
染色体検査は、末梢血液中の白血球細胞を培養後、スライド上に標本を作製しギムザ染色を行うことにより判明する縞模様のバンドによって評価される。染色体全体の数や構造の変化をおおまかに判定することが可能で、染色体の数的異常や構造異常はこの検査で診断が可能だ。
より簡単に言えば、血液検体を採取し染色体標本を作成、電子顕微鏡でそれを観察しAIにより染色体の数的異常や構造異常を検出する、と言う方法だ。
「遠野ひかり、それにマリエ・フランデレン」
「はい、その二人に同じ状態が見られます」
人を含む多くの哺乳類の場合、性染色体がXXで女性、XYで男性となる。だがその仕組みは結構複雑だ。
Xが2本あれば必ず女性になるのか?
あるいはYがあれば男性となるのか?
実は生まれつき性染色体がXXとXYのどちらでもない個体が存在している。染色体異常症候群の中の「クラインフェルター症候群」の患者の性染色体はXXYだ。この場合、外見は男性となる。逆に「ターナー症候群」の場合、性染色体はXが1本のみだ。この時の外見は女性となる。つまり、Xが2本あってもYがあれば男性であり、Xが1本しかなくてもYを持たなければ女性になる。つまり驚くべきことにヒトは基本的に女性であり、Yは男性化するための染色体とも言えるのである。
潤子は、ひかりとマリエ、二人の性染色体構造の分析データを指差した。
「XY……それに、Zだな」
「ええ、多分これはZだと思います」
哺乳類の場合性染色体は同型配偶子XXが雌、異型配偶子XYが雄を決定する。一方、ある種の動物では、構成が逆で同型で雄、異型で雌となるものもいる。だが今重要なのは、ひかりとマリエにZ染色体の影がハッキリと見えていることだ。
ヒトの性染色体はXとYの二つの型しか存在しない。
Z染色体を持つのは鳥類、爬虫類、一部の昆虫やツチガエル等の両生類などである。
鳥類の場合ZZが雄、ZWが雌となる。
昆虫の場合は、雌XX-雄XY、雌XX-雄XO、雌ZW-雄ZZ、雌ZO-雄ZZの4通りの型があり、カイコの性染色体構成は、雌ZW-雄ZZだ。また鳥類の性は、哺乳類と同様に遺伝子とその遺伝子が存在する性染色体によって決まるのだが、その組み合わせは哺乳類と異なり、大きいZ染色体を2本持つとオスに、Zと小さいW染色体を1本ずつ持つとメスになる。遺伝子実験などでよくショウジョウバエが使われるのは、ヒトと同じ性染色体の組合せ、XXとXYを持っているためだ。
地球の生物には、様々な性染色体を持つものがいる。だがZ染色体を持つ人間など存在しないのである。
「この二人は、人間じゃない何かの遺伝子を持っているのでしょうか?」
少し怯えたようにそう言う大輔。
「そんなに単純なことじゃないような気がするな。哺乳類でZ染色体を持っている生き物なんて、存在するはずがない……これまでの常識ではな」
「この二人は、哺乳類じゃないって言うんですか?」
目を丸くする大介に、潤子が静かに言った。
「だから、そう単純な話じゃないんだよ、多分な」
「たぶんって……」
「それに、他の検体の検査結果もよく見てみろ」
再びモニターに目をやる大輔。
「え?」
思わず声が出てしまった。
「かすかにですが、他の生徒たちにも、何か別の染色体の影が……」
「Zなのか何なのか……こうなると、Wだったとしても驚かんがな」
そう言うと潤子は、不敵な笑顔を浮かべた。




