第486話 接近する物体
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「これなんですけど」
ISS・国際宇宙ステーションで人工衛星モニターを担当している日本の技術者、野口守がスクリーンの一点を指差した。そこには、ISSからまだ遠く離れた位置にある物体が、チカチカと赤く点滅している。
「これ、ゆっくりですけど、地球軌道に接近してきてます」
ここはISSのシルバーウィングの研究棟だ。ISSは三本の巨大な円筒形の建造物で構成されている。カッパーウィングと呼ばれる観光棟、操縦系や非常時には防衛を担当するゴールドウィング、そして今守たちがいるシルバーウィングだ。ここでは各国によって様々な研究が行なわれている。
「それって、君が発見した新しい星、MAMORUじゃないのかい?」
少しからかうような声音でそう言ったのは、ちょっとくせのある茶色の髪と澄んだ青色の目がさわやかなアメリカ人宇宙物理学者ダン・ジョンソンだ。
「いや、あれとは位置が真逆だよ」
緑の瞳が美しい金髪の青年、フランスの宇宙生物学者レオ・ロベールが真面目な声でそう言った。
「それで、野口くんはこれを何だと考えているの?」
この区画の責任者でもある日本人素粒子物理学者・伊南村愛菜は、スクリーンを見つめながらそう聞いた。
彼女は愛理の母である。
ここでは、衛星携帯電話用に張り巡らされた衛星ネットワークを利用して、地球全体を覆う防御シールドを展開している「HSN」袴田素粒子防御シールドSatellite Networkの保守管理が日夜行なわれていた。
守が、すまなそうな顔を愛菜に向ける。
「それが、まだよく分からないんです」
「じゃあ、どうして私たちに緊急招集をかけたりしたの?」
愛菜の問いに、守の顔が不安げに曇った。
「まだ、可能性のひとつなんですけど」
「どんな可能性なのか、言ってみて」
「例の衛星が戻ってきたんじゃないかと」
「例の衛星?」
ダンが首をかしげる。
「もしかして、ここを攻撃してきたヤツのことを言ってるのかな?」
レオの顔も、不安そうに陰った。
数ヶ月前、このISSは宇宙からの攻撃を受けたのだ。謎の衛星、いや宇宙船からパチンコ玉大の物体を多数ぶつけられ格納庫の扉が破損、中に収容されていた米軍の軍用ロボットが袴田素粒子に感染・暴走したのである。たまたま修学旅行でここを訪れていたロボット教習所の生徒たちが新型の警察用ロボットで対応し、大事には至らなかった。だが、袴田素粒子の物理的手段での攻撃は、世界を震撼させるにじゅうぶんだった。その時の傷跡は、いまだに格納庫扉に痛々しく残っている。
ダンがいぶかしげに聞く。
「本当にあいつなのか? その根拠は?」
「軌道計算をしてみたんです。すると、ヤツが戻って来たとした場合のルートに非常に近いと結果が出ました。それで、この光の分析をしてみたら……電気推進の反応みたいで」
「イオンエンジンなの?」
「その可能性もあるかと」
地球のロケットは、固体燃料や水素と酸素を燃焼させる液体燃料式が普通だ。これらは化学反応を熱源にして推進するので「化学推進」と呼ばれている。だが、化学推進には物理的な限界があり、吹き出すガスの速度が秒速3km以上になることはない。これに対して電気の力で物質を加速して推進するのが「電気推進」だ。代表的なイオンエンジンは、燃料をプラズマ化してプラスとマイナスのイオンに分け、プラスのイオンを静電気の力を使って加速、噴射する。外宇宙を航行するための速度を得ることが可能で、エネルギー効率、つまり燃費の面でも非常に優秀な推進法と言える。
「だとすると、野口くんの言うことも、可能性が無いとは言えないわね」
愛菜がダンとレオに視線を向けた。
「どう思う?」
その問いに、ダンが肩をすくめる。
「この距離だと光学望遠鏡では捉えられないよね。なら、まだハッキリとしたことは言えないよなぁ」
レオも小さくうなづいた。
「もう少し、観察すべきだね」
だが、もしも守の不安が的中した場合、いったいその目的は何だろうか?
再びISSを攻撃するつもりなのか?
ダンが少し明るい声で言う。
「でも、あれにこりてここの防衛力も上がってる。配備されてる全ての軍用ロボットには防御シールドが装備されたし、なにより例のパチンコ玉じゃ貫通できないように装甲も厚く改良されたからね」
安堵の息をもらした一同だったが、次の守の言葉にぎょっとした。
「でも、次はここじゃないのかもしれません」
「ここじゃない?」
愛菜の問いに、守の顔が余計に不安げに曇る。
「例えば、HSNの衛星を攻撃して、地球に侵入するとか」
確かにその可能性はあるだろう。
これまでは袴田素粒子による感染で地球のロボットを暴走させる、いわばテロ活動が行なわれてきた。だが、例の宇宙船が地球に侵入するとなると、未知の攻撃用武器が搭載されているかもしれない。愛菜たちの推測では、例の宇宙船は地球外文明のものである可能性が高い。どんな攻撃手段があるのか、想像すら不可能である。
実にやっかいな事態になりつつあるようだ。
愛菜がキッと表情をひきしめ、皆を見渡した。
「まずは国連宇宙軍と対袴田素粒子防衛戦中央指揮所に連絡しましょう。そして私たちは、今日からこの物体の観測を続けることにします」
その場の全員が無言でうなづいた。




