第485話 マスターキー
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「ただ、この方法には大きな欠点がありまして」
正明がちょっと済まなそうな顔をして頭をかいた。
「欠点ですか?」
「ええ。こちらからメッセージを送ることはできても、返事はもらえないんですよ」
なるほど。一方通行と言うことか。
確かにそれでは意思の疎通を図ることはできない。それどころか、監禁室の現在の状況を聞くことすらできないのだ。そんな不完全な通信手段を、どう使えばいいものか。あかりたちの悩みはまさにそれだった。
あかりが大きなため息をつく。
「田中くんがこのアイデアを思いついてからずっと考えていたんですけど、これを使ってどうやって船長たちを救出すればいいのか、さっぱり思いつかなくて」
結菜が希望に満ちた目を、美咲に向けた。
「そこで、副長にお聞きしたいんです!何かいいアイデアはないでしょうか?」
そんなことを聞かれても、美咲にもすぐにいい手段が思い浮かぶはずもない。
「その前に、状況を確認しておきたいんですけど、船長たちは監禁されているんですよね?」
情報システム部の三人が並んでうなづく。
「どんな風に監禁を?」
あかりがちょっと考えてから、それに答えた。
「特に見張りなどは置いていないようです。クルー用の予備の個室に鍵をかけて閉じ込めている、そんな感じです」
「鍵の種類は?」
「宇宙船標準の電磁ロックです。この船の個室のほとんどは、物理的なキーではなく使用者の声紋認証で開閉する仕組みになっています。ただ、あの部屋に誰の声紋が登録されているのかは分かりません。もちろん、船長とドクター以外でしょうけど」
そう言って正明は肩をすくめた。
美咲は少し考え込んでから、スッと目を上げた。
「マスターキーはどうなっていますか?」
美咲の言葉に、正明と結菜が目を丸くする。
「そんなものがあるんですか?!」
正明の問いに、今度はあかりが肩をすくめた。
「非常時のためのマスターキーはあると聞いてるけど、それを呼び出せるのは船長と副長だけだったはずよ」
「うわぁ!船長と副長なら、どの部屋も覗き放題ってことですか?!」
「あんた、何嬉しそうな顔してるのよ?!」
パッと顔を明るくした正明に、結菜が鋭い目で突っ込んだ。
「だって、風呂とか着替えとか!」
「はい!そこまで!」
結菜の厳しい声に、正明がしゅんとする。
「主任にその権限は無いんですか?」
「残念ながら、無いわ」
結菜の問いに、あかりが残念そうな声音でそう答えた。
そんなやり取りの中、美咲は考え込んでいた。
現在の国連宇宙軍の場合、ほぼ全ての宇宙船においてマスターキーの呼び出しコマンドは共通化されている。他船や他艦の非常時にもマスターキーの使用を可能にするためだ。そのコマンドを知らされている階級は少佐以上、大抵の艦船では船長か副長のみとなる。もちろん美咲もその一人だ。だが、はたしてこの時代の船にも、そのコマンドが通用するのだろうか? しかも、およそ10年前と言えば美咲はまだ下士官だ。士官として船のデータベースに登録されているはずもない。美咲の声をハーフムーンのコンピューターが認識してくれるだろうか? いくつもの疑問を抱えながら、美咲はキッと顔を上げた。
「ちょっと試してみたいことがあるんですが、やってみてもいいですか?」
不思議そうに首をかしげる三人。
あかりが美咲に言う。
「どんなことですか?」
「この船のAIに語りかけても?」
「もちろんです」
「この時代のAIが私の声を認識してくれるかどうか、分からないんですけど」
そう言うと美咲は背筋を伸ばし、居住まいを正した。
「コンピューター、以下のコマンドを実行してください」
数字の羅列といくつかの単語。英語、ドイツ語、フランス語、そして日本語。
「この部屋のロックを解除」
その瞬間、扉のあたりからガチャリと電磁ロックが解除される音が聞こえた。
「うまくいきました」
そう言うと美咲は、ホッとしたようにニッコリと微笑んだ。
「つまり、素粒子にもタイプの違いがあると言うのかね?」
監禁室に、館山船長の驚きの声が響いた。
ゆっくりとうなづくドクター竹田。
「そう考えた方が理屈に合うと思うのです」
左手をアゴに当て、考え込むようにして言う。
「ここに監禁される前、そして様子を見るためか、たまにやって来るクルーたちなどを観察すると、やはり何かが違っています」
「うむ、それは確かに私も感じていた」
船長もひとつうなづいた。
「指揮を取っている副長、ブリッジで操船しているクルー、そしてその他の者たち。皆、様子が違っています。特に、この部屋へやって来るクルーは言葉すら発しない。話しかけても完全に無視されてしまいます」
「そうだな。無視、と言うより私たちの言葉を理解すらしていないように見える」
ドクターが船長に視線を向ける。
「そこなんですよ。何かを考えて行動しているようには見えない。そこが一番気にかかります」
「なるほど、ドクターは感染する素粒子に知能の違いがあると?」
「そう考えると説明がつくので」
もしその推測が正しいなら、船を奪還するのに何か役立つかもしれない。
その時突然、壁際に設置されているフードプロセッサーから調理を始める音が静かに響き始めた。ギョッとしてそれを見つめる二人。
「船長、何かコマンド入力を?」
「いや、何もしていないが」
二人が見守る中、調理の完成を告げる電子音が鳴った。
恐る恐る近づく二人。
スッと開いたフードプロセッサーの扉から、とても美味そうなケチャップの香りが立ち登る。オムライスだ。チキンライスが、薄く焼き上げられた玉子でくるまれている。真っ白い皿に乗ったそれを取り出す船長。
「ドクター、これを見ろ」
オムライスの表面には、メイド喫茶よろしくケチャップで、ハートと文字が書かれていた。
「萌え萌えキュン♡」
ではない。
「情報システム部からメッセージです」
驚愕に目を見開く二人。
するとすぐに再び、次の調理が始まる電子音が鳴り、その扉が自動で閉じられた。




