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第482話 監禁室

「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。

【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】

「一番の謎は、宇宙病の症状が劇的に変わったことですね」

 フライトサージャンのドクター竹田はそう言うと首をかしげた。

 宇宙船ハーフムーンの監禁室では、館山船長とドクターでの現状分析が続いている。

「コーヒーが冷めてしまったな」

 そう言うと、船長が立ち上がった。

「ドクターも同じもので大丈夫かね?」

「いえ、私がやりましょう」

 立ち上がりかけたドクターを、船長が右手を上げて制した。

「いや、君は今の話を続けてくれ」

「分かりました」

 船長は壁際のフードプロセッサーに、手際よくコマンドを入力していく。

「これまで宇宙病感染者のほとんどは、理性を失ったり暴れたり、まるでコンピューターの暴走のような症状を見せていました」

 そう続けるドクターの前に、船長がコトンとカップ&ソーサーを置いた。フラワリーオレンジペコの、花のようにフローラルな香りが広がる。紅茶の「オレンジペコ」は、茶葉の等級の呼び名である。オレンジの味や香りがするのでも、カットオレンジのような形の茶葉でもなく、茶葉そのものの大きさを示す言葉だ。簡単に言うと、お茶の新芽の最先端から2番目の、大きめの茶葉を指す。なぜオレンジと呼ばれるようになったのかはハッキリしていない。ちなみに正確には「オレンジペコー」と最後を伸ばす。ペコーの表記は「pekoe」で、中国語の中でも特に紅茶誕生の地である福建省での発音が由来と言われている。開く前のお茶の芽は針のように尖った形で、周りにびっしり産毛が生えている。中国語で白く産毛が生えていることを「白亳」と書き、福建語での発音は「ペイカウ」、それが英語に置き換わって「pekoe」になった、という説が有力だ。

「ありがとうございます」

 ドクターが小さく頭を下げた。

「続けてくれ」

 船長は再び、ドクターの前の椅子に腰を下ろす。彼が手にしているカップからは香ばしい香りがたち登っていた。合成コーヒーだ。ハーフムーンで人気のコーヒーはオリジナルブレンドである。酸味の少ないインドネシアマンデリンを深煎りしたものをモデルに作られている。コーヒー豆は、ロースト時間が短い浅煎りほど酸味が強くなる。つまりハーフムーンブレンドは、コーヒー初心者にも飲みやすい酸味の少ない味わいなのである。

「今回この船をジャックしたクルーは、非常によく統率されているようです。船長や私に気づかれること無く、あっという間に支配を確立してしまいました」

 そこまで言うとドクターは、紅茶をおいしそうにひと口飲んだ。

「まぁ、私たちが監禁される前までの観察ですが」

「そうだな」

 船長が大きく息を吐く。

「リーダーは誰だと思うね?」

「ブリッジでの様子だと、やはりアルノー少佐ではないかと」

「副長か。私もそう思う」

 ガブリエル・アルノーは、フランス宇宙軍から派遣されているはえぬきの軍人だ。その能力の高さはもちろん、人格者としてもクルーから大きな信頼を得ている人物だ。そんな男が反乱を起こすなど、どう考えてもあり得るはずもなかった。

「彼も感染者だと思うかね」

「はい。ですが、暴走するどころか部下たちに指示を出してしっかりと統率しています。やはり、これまでの感染とは大幅に違っています」

 うむと船長はうなづき、ドクターに顔を向けた。

「私たちはどうなんだと思う?」

「どうとは?」

「感染者かどうか、ということだ」

「医療機器の無いここで正確に診断することはできませんが、恐らくそうでしょう」

「ドクターも、そう感じているのだな?」

「もちろんです」

 二人は、半年ほど前からおかしな感覚につきまとわれていた。自分の中に、もうひとつ別の自我がある。そんな感覚だ。だがその自我は何かを主張するわけでもなく、ただ心のどこかに存在しているだけなのだ。

 それが、自分に感染している素粒子の自我なのか?

 医療機器での診察ができない二人にとって、それは単なる推測にすぎないのだが。

 ドクターがじっと自分のカップを見つめながら言う。

「恐らく他のクルーたちは、この別の自我に心を乗っ取られていると考えるべきでしよう」

「ロイコクロリディウムか」

「ええ。でも、過去の症例のようにそのせいで暴走するわけではなく、同じ目的に向かい行動を共にしている。つまり知能があるということになります」

「そして副長の場合、それが人間以上に高いと?」

「その可能性はあるかと」

 船長はもうひと口、コーヒーを味わってからドクターに視線を向けた。

「クルーたちと副長、そして私たちの違いは何だと思うかね?」

 ドクターがふぅと息を吐く。

「サッパリ分かりません。私たちがどうして自我を保っていられるのか、副長とクルーたちが、まるで女王アリと働きアリのように見えるのか、謎だらけです」

 そう言うと肩をすくめた。

「せめて医務室の環境があれば、何か分かるかもしれませんが」

「ここを出られたら、まずは医務室だな」

「それがいいでしょう。私たちが自我を保っている理由が分からない限り、いつ彼らに心を乗っ取られるか予想もつきませんから」

 現状の分析が進むほど、二人の表情に厳しさが増していく。

「もうひとつ気になるのは、私たち以外に自我を保っているクルーがいる可能性は?」

「もちろんあると思います。ですがそれを知るすべも、今の所見当がつきません」

 真っ白い部屋に、黒く重苦しい空気が広がっていた。

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