第465話 素粒子の進化
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
袴田の解説が続く。
「まず最初に、我々に疑問が浮かんだのは、山下さんに感染している袴田素粒子のアイさんが出現した時でした」
そう言うと袴田は美咲に視線を向けた。
美咲はそれを見返して首をかしげる。
「アイくんが、ですか?」
袴田がゆっくりとうなづいた。
「そのきっかけをくれたのは、ここにいる牧村先生なのですが、彼女が、袴田脳波計を使えば素粒子と意思の疎通が可能かもしれないと示唆してくれました」
陽子が小さく頭を下げる。
「睡眠中の山下さんの脳波が、感染している袴田素粒子の脳波とやり取りをしているような波形を見せていまして、その可能性が高いのではないかと推測しました」
「そこで私の研究室のメンバーが考えたのは、山下さんと会話していると言うことは、その素粒子にはある程度以上の知性があるのではないかと。もしそうであれば、それとの接触に成功すれば素粒子の研究自体が飛躍的に進むことになるのではないか、と」
ここで袴田は一拍開け、出席者の全員を見回した。
「それからのことは、皆さんご存知だと思います」
一同がうなづく。
「そして、そのアイさんですが、非常に理性的です。いえ、理性的どころか、我々人類以上に知性の発達した生命体だと思われます」
それには美咲も同意だった。
宇宙船サンファン号で宇宙病に感染した後、数年に渡る地球での睡眠治療を経験した美咲にとって、心の支えとなってくれたのがアイなのだ。アイは、美咲の脳内にサンファン号の仮想空間を作り出し、美咲が混乱しないよう日々の暮らしを送らせてくれたのである。あの生活が無かったら、美咲の自我がどうなっていたのか、想像するに恐ろしい。そう思い、美咲はブルッと小さく震えた。
袴田が先を続ける。
「そこで大きな疑問が生まれました」
「大きな疑問でっか?」
南郷が首をかしげた。
「ええ。袴田素粒子が感染したロボットはどうなるか、もちろん南郷さんもご存知でしょう?」
「暴走、する?」
「はい。我々はずっと、素粒子感染による暴走ロボットの対処に追われて来ました。キドロ等による制圧、そして開発されたのが対袴田素粒子防御シールドです。ですが、ちょっと考えてみてください。アイさんがロボットに感染したとして、どうなるのでしょう?」
会議室が沈黙に包まれる。
そんな中、久慈がささやくような小声で言った。
「確かに……暴走するとは思えませんね」
南郷が美咲に目を向ける。
「実際、山下センセは暴走してまへんし……」
美咲が不満そうな顔を南郷に向けた。
「私が暴走って、何するって言うんですか?」
「えーと、むちゃ食いしてめっちゃ太るとか……髪をリーゼントにしてくるとか!」
「いつの時代の不良ですか!」
二人の会話は、雄物川の咳払いで中断された。
「袴田教授、続けてください」
袴田は苦笑を南郷に向けると、再び話し始めた。
「つまり、暴走するタイプの素粒子とアイくんでは、同じ袴田素粒子でも違いがあるはずだと。そこで最初の図版です」
袴田が指差したのは、ダーウィンの進化論によるヒトの進化の図だ。
袴田の目配せで、拓也がパッドを操作すると、スクリーンにまた別の図表が表示された。そこには、A、B、C、D、そしてZの文字が並んでいる。
「我々の分析では、袴田素粒子も、ダーウィンの図版のように進化の度合いによる様々なタイプが存在するということです。現在判明しているのは五つのタイプ。仮に、A、B、C、D、Zとしてあります」
拓也のタップ操作により、それぞれを矢印が指していく。
「Aはまさに素粒子へと進化したてのもの。Bは本能の赴くままに動く個体。Cは集団で何かの目的に向かって同一行動をとる個体。Dは意志や理性を持ち、それにより行動する個体。そしてZは、現在の我々が遭遇している最も進化した個体、アイさんです」
会議室に感嘆のため息が響いた。
雄物川がスクリーンを見つめながら聞く。
「と言うことは、我々が対処してきた暴走ロボットのほとんどは、Bタイプの袴田素粒子だということだろうか?」
「恐らくそうだろう」
なるほどと、陸奥がうなづいた。
「つまり、国際宇宙ステーションを襲ったのはC、もしくはDではないかと?」
「そうですね。もしかすると、Dタイプの司令でCタイプが実践した可能性も考えられるでしょう」
敵の状況やその社会構造が判明するのは悪いことではない。だが今回の発見で、素粒子のタイプ別に対応策を考えねばならなくなる。対策の複雑化は避けられないだろう。
「さて、そこで山下さんにぜひお願いしたいことがあるのです」
袴田はそう言うと、美咲に向き直った。
「なんでしょう?」
「ここまでの我々の発見、予測について、アイさんにご意見をうかがいたいのです」
なるほど。
常日頃アイは言っている。
人類は自らの手で進歩すべきである。助言はできても、新たな事実を教えることはできない、と。
美咲はうなづいた。
「分かりました。呼びかけてみます」
そう言うと美咲は、ゆっくりと目を閉じた。




