第461話 ナポレオンケーキ
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「おいよぉ、なんだぁこのケーキはよぉ?」
夕梨花と後藤は葵の案内で、霧山コンツェルン近くのケーキ店に来ていた。表通りから一本奥へ入った道に店を構えているそこは、いかにも隠れ家風の風情だ。こじんまりとした店内にはカウンターと、四人がけの席がたったの四つしかない。
三人のテーブルにはそれぞれケーキの乗った皿と、ドリンクのカップが置かれている。夕梨花と葵は紅茶、後藤のカップからはコーヒーの香ばしい香りが立ち昇っていた。
「苺のナポレオンパイですわ」
「なんじゃそりゃ?」
「ミルフィーユ、と言ったほうが分かりやすいでしょうか?」
だが後藤はより一層首をかしげる。
「ミルクセーキ?」
「ミルフィーユよ!」
夕梨花が我慢できなくなって後藤に突っ込んだ。
「ケーキって言えばよぉ、白いクリームに苺が乗っかってるもんだと思ってたぜぇ」
「それはショートケーキでしょーが!」
後藤がまた首をかしげる。
「前から思ってたんだけどよぉ、ショートケーキって短くもないのにどうしてショートなんだぁ?」
葵がクスクスと笑い、夕梨花が呆れ顔になった。
「原料がショートニングだから、ショートケーキって言うのよ!」
「ショートニング? それって、短めにリクライニングすることかぁ?」
これ以上説明してもラチが明かないだろう。夕梨花はさっさとあきらめることにした。
「いいから早く食べなさい!コーヒーが冷めるわよ!」
再び葵が笑う。
「お二人、仲が良いんですね」
「どこがよ?!」
「どこがだよ?!」
夕梨花と後藤が同時にそう叫んだ。
「ほら、気が合ってる証拠ですよ」
顔を見合わせる夕梨花と後藤。
「それはどうでもいいから、早くいただきましょう」
そう言うと夕梨花はナイフとフォークを使い、器用にパイをサクッと切り、そのひと切れを口に放り込んだ。
ナポレオンパイは、パイ生地とカスタードクリームを何重にも重ね合わせて作るミルフィーユのうち、苺を贅沢に使った華やかなもののことだ。このフランス発祥の伝統的ケーキは、本国ではサクランボが使われるのが普通だが、日本では季節を問わずに入手しやすい苺に変わって普及した。
「これ、とてもおいしいわ」
夕梨花の顔に笑顔が浮かんだ。
「わたくしのオススメなんですよ」
「おめぇら、よくそんなに上手く食えるなぁ」
後藤は四苦八苦していた。薄く焼き上げたパイ生地の間にカスタードクリームをはさんだミルフィーユである。ナイフを入れようと上から圧をかけると、切れる前にカスタードクリームが全てぶわっとはみ出てしまう。あっという間にパイ生地とクリームが分離してしまうのだ。気がつけば重なったパイ生地と、その横にはみ出たクリームのカタマリが出来てしまう。
その時夕梨花の顔がパッと明るく輝いた。
「もしかしてこれって、伝説の?」
葵がニッコリと笑顔になる。
「泉崎さん、ご存知なんですね」
「ええ。何かで読んだことがあります。もう無くなってしまったお店の名作ケーキだと」
「はい。これ、ナオミをオマージュして作られているんです」
ナオミは、今はなき大阪の名店インナートリップの伝説のケーキである。
難波に本店を置き、心斎橋大丸の中二階と京都四条烏丸の大丸にも支店があった有名店だ。世界的建築家・黒川紀章氏が設計を手掛けた店内は、甘い雰囲気のピンク一色。コーヒーやケーキはイタリアの有名陶磁器ジノリの食器で出し、ウエイトレスは芦田淳デザインの白いブラウスとジャンパースカート。そして男性一人での入店お断りと言う個性的な店だった。その最も有名なメニュー「ナオミ」の名付け親は、詩人の谷川俊太郎氏だ。一説によれば、谷崎潤一郎の小説「痴人の愛」の主人公から付けられたとも言われている。そしてその味と共にナオミの名を世間に広げたのは、その食べにくさである。ミルフィーユ状のその形から、気を抜いて切ろうとすると後藤のような惨状に陥るのだ。
葵がニッコリとした笑顔を後藤に向ける。
「ゴッドさん、ナイフが最初のパイ生地に触れた瞬間、前後に素早く動かしてクリームがはみ出る前に下まで切りきるんです」
そしてそれを実践して見せた。
感心した目でそれを見ていた後藤だが、あきらめたのかフォークをスプーンのように使いパイ生地とクリームを同時に口に入れる。
「どうせ口に入れば味は同じだぜぇ」
そしてモグモグしてからごくん。
「うめぇな、これ」
葵が一層笑顔を深くした。
夕梨花はふた口目のケーキを飲み下すと、落ち着いて紅茶を口にする。特にフレーバーの無い、ストレートのダージリンだ。渋みが少なく香りが高い、茶葉の高級さが感じられる味である。
そんな夕梨花に、葵が視線を向けた。
「実は、ひとつお聞きしたいことがありまして」
夕梨花と後藤が葵の顔を見つめる。
「東池袋での戦闘ですが、わたくしどもから引き継いだ後、キドロが不思議な動きをしていましたよね? あれにはどういう意図があったのです? わたくしも、ロボット開発にはある程度の知識を持っていますが、あれには全く理解が及びません」
後藤がチラリと夕梨花に目を向け、再び葵に向き直った。
「企業秘密だぜぇ」
その言葉に葵は一瞬ポカンとした後、フッと息をついて笑顔になる。
「これは一本取られました」
夕梨花は逆に真面目な目線になり、葵をじっと見つめた。
「こちらからも聞いてもいいでしょうか?」
「なんなりと」
「ここに私とゴッドを連れてきたのは、それを聞くためなんですか?」
葵の顔から、スッと笑顔が消える。
「実は、お二人にお話しておきたいことがありまして」
そう言うと葵は居住まいを正した。




