第460話 オリジナルブレンド
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「紅茶でよろしいですか?」
高級そうな応接室に、葵の声が響いた。
「おかまいなく」
そう言った夕梨花と違い、後藤は少し横柄に言う。
「俺ぁコーヒーの方が好きなんだけどなぁ」
ここは葵が所属する霧山コンツェルンの応接室だ。木目が美しく品のいい内装の部屋で、広さは10畳ほどだろうか。その端にはドリンク等を用意する、海外製の豪華なキッチンスペースが付属している。もちろんその前にはパーテションが立てられ、来客の目には触れないようになっている。
コンツェルンはドイツ語で、巨大企業グループのことだ。法律上は独立しているいくつかの企業が資本を通じて結びつき、実質的にひとつの企業になっている状態のことを言う。その目的は、持株会社が株式の取得を通じて参加企業を結合・支配することで強い市場支配力を持たせることにある。霧山コンツェルンは日本でも有数の巨大企業集団なのだ。
「コーヒーですか……ああ、確か新宿でも飲まれていましたよね? 芳醇ブレンドでしたっけ?」
後藤の顔が険しくなる。
「はぁ? なんでおめぇが知ってるんだぁ?」
「ゴッド!」
「なんだぁ? お嬢ちゃんよぉ」
夕梨花が苦笑する。
「さすがにおめぇはないでしょ」
「だってこいつ怪しいぜぇ? サンシャインシティの駐車場で待機してるとか言っときながら、話聞くのにこんなに時間がたっちまうなんてよぉ」
葵がくすくすと笑った。
「トクボの皆さんが、さっさと帰ってしまったからじゃないですか。わたくしどもはあの後も地下駐車場におりましたわ」
後藤が夕梨花に、疑問の視線を向ける。
「そうね。あの時はキドロが感染していないか、急いで戻って調べなくちゃいけなかったから」
夕梨花の言葉に、後藤が首をかしげる。
「あら? そうだっけかぁ?」
「そうですよ。わたくしどもは待ちぼうけです」
葵が再び笑顔を見せた。
そんな葵に、夕梨花が肩をすくめて見せる。
「待ちぼうけって、トクボがすぐに撤退したの、見てたでしょ?」
葵はそれには答えず、ウフフと笑った。
その時、一人の女性社員がお盆に三組のカップ&ソーサーを乗せて近づいてきた。葵の部下だろうか、彼女と近い年齢に見える背の高い女性だ。
「どうぞ」
そう言うと、カップを夕梨花と後藤、そして葵の前に置き深々と頭を下げる。そしてそのまま部屋から出ていった。
「おうよぉ、おめぇ一人になっちまって大丈夫かぁ?」
「あらあら、怖いことおっしゃいますのね」
その言葉とは裏腹に、葵の顔に恐怖は微塵も感じられない。それどころか、薄く笑顔さえ浮かべている。
「これって、事情徴収なのですか?」
夕梨花が首を横に振った。
「いえ。あくまでも参考人として、お話をうかがいたいだけです」
今の所葵たちに非は認められていない。それどころか、警察に協力した功労者なのである。
「ゴッドさん、あまり脅かさないでくださいね」
「別に脅してなんかいねぇぜ」
そう言った後藤の顔には凄みがあった。
フフッと笑う葵。
「おてやわらかにお願いします」
だがそんな後藤の迫力にも、葵は何も感じていないようだ。このままだと、いつものようにのらりくらりとはぐらかされてしまう可能性が高いだろう。
夕梨花は最初から核心を付いた質問を投げることにした。
「暴走ロボットと戦ったあれですが、無人ですよね?」
一瞬の沈黙が応接室を包む。
聞こえるのは、後藤がコーヒーをすする音だけだ。
「これ、なかなかうめぇな」
「気に入っていただけて幸いです。我が霧山グループ傘下の商社がベトナムから輸入した豆をメインにブレンドした、私のオリジナルです」
「へぇ、コーヒーに詳しいんだなぁ」
だが後藤の言葉に、葵は苦笑する。
「いえ、わたくし本当はコーヒーが苦手なんですけどね」
「それで、あのロボットが無人機だったのかどうか、答えてもらえるとうれしいのですが?」
夕梨花が葵と後藤の会話に割って入った。
「すいません。企業秘密です」
葵から、予想通りの答えが返ってきた。
では、このまま質問を続けよう。
「あの無人機の心臓部に使われているのは、花菱工業が開発したファコムですよね?」
葵の顔に、申し訳無さそうに苦笑が浮かぶ。
「すいません。それも企業秘密です」
「このコーヒーのブレンドも、企業秘密かよぉ?」
「いえ、お知りになりたければお教えしますわ」
「ぜひ頼むぜぇ」
そう言った後藤が、何かに気付いたように突然大声を上げた。
「ファコムってあれかぁ? あんたがドルジに売りつけてたぁ?」
ドルジは後藤と面識のある、ダスク共和国軍の資材調達部長だ。しかも彼は同時に、反政府組織の幹部でもある。以前後藤と夕梨花が花菱工業の技術者を尾行した時に、その人物が新宿の喫茶店で会っていた男だ。
後藤の言葉に、キョトンとした表情になる葵。まさにポカンとした、と言うのが当てはまるだろう。
「それ、何のお話ですか? えーと、ドルジさんって、どなたでしょう?」
「本当に知らねぇのか?」
「はい。今初めて聞いたお名前です。日本人ではなさそうですが?」
後藤がニヤリと笑う。
「ダスク人だぜぇ。しかも、政府の結構上の立場の人間だぁ」
「はぁ。そんな方とわたくしに、何の関係があると?」
「いや、聞いてみただけだぜぇ」
さすが後藤である。のんびりとコーヒーを飲むフリをしながらも、まさに核心を突いた質問を投げてくる。夕梨花の顔に、思わずニヤリとした表情が出てしまった。
その時葵から、予想外の提案が飛び出した。
「せっかく美味しい紅茶とコーヒーを楽しんだのです。この後は、ケーキをいただくのはいかがでしょう?」
「お、いいねぇそれ」
「実はこの近くに、とても美味しいケーキ屋さんがあるんです。場所を変えませんか?」
いったい葵は何をたくらんでいるのか?
夕梨花と後藤を、どこへ連れ出すつもりなのか?
疑問は多いが、夕梨花はその誘いに乗ってみることにした。
「いいですね、ぜひそのケーキ、食べてみたいものです」
なぜか三人とも、ニヤリとした笑顔を浮かべていた。




