第455話 コーヒーのおいしい淹れ方
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「君からの報告書は見せてもらった。ご苦労さま」
吸い込まれそうに深みのある黒いスーツの華奢な男が、葵にそう声をかけた。朱色に近いネクタイが無ければ、まるで喪服のようないでたちだ。
「ありがとうございます」
葵がゆっくりと頭を下げる。
男の名は佐藤・テムーレン・真司、数々の優良企業を傘下に持つ巨大企業体・霧山グループのトップ、霧山宗平の第一秘書だ。そして葵の上司でもある。そのミドルネームから分かる通り彼の母はモンゴル人であるが、それ以外の素性は葵にも知らされていない。同じ組織内の人間から見ても、謎の男なのである。
「まぁ固くならずに、かけたまえ」
佐藤は葵にソファーを勧めた。
「はい」
佐藤の執務室は実に豪華だ。
一秘書の部屋とは思えないその広さは30平米を超え、畳に換算すると20畳以上にもなるだろう。日本の平均的企業の社長室と比べても、倍ほどの広さがある。調度品も豪華だが、落ち着いていて品が良い。そして最も面積を取っているのは本棚だった。いったい何の書物なのか、一般の社員にとっては全く分からない言語のものが大量に並んでいる。葵ですら、判別できるのはその中のほんの一部だ。背表紙にモンゴル語が並んでいるもの。サンスクリット語やパーリ語など、古代ヒンドゥー語のものも散見される。その内容は、恐らく古代宗教関係の研究書なのだろう。葵はそう感じていた。
「コーヒーで構わないか?」
そう言った佐藤に、葵は手を横に振った。
「とんでもない!アヴァターラ様にそんなことをさせてしまっては」
「いや、いいんだ。私が飲みたいのだよ」
佐藤はそう言うとニッコリと微笑み、テキパキとコーヒーの準備を始めた。
アヴァターラは、キリスト教で言うところの洗礼名である。ちなみに葵は、ここではデーヴァダーシと呼ばれている。
佐藤は二つのコーヒーカップにドリッパーの乗せると、紙のフィルターをセットした。そしてゆっくりとポットのお湯をかけていく。紙フィルターを洗い、その匂いを落とすためだ。カップにたまったお湯を捨てると、挽きたてらしいコーヒーの粉を入れていく。
「それで、君の感想を聞かせてくれないか?」
佐藤は手を休めることもなく、葵に話しかける。
「どの点についてでしょう?」
「そうだな。まずは今回のトクボについて、聞かせてもらおうかな」
葵は少し考えを巡らすと、ゆっくりと話し始めた。
まず今回の作戦に、警視庁に四機しかないはずのキドロを、他県からの応援を含め六機投入してきたこと。今後も、場合によって多数のキドロを使ってくる可能性が高いだろう。
また、以前よりキドロ各機の連携がうまく機能していることも、葵には強く印象に残っていた。恐らく、チーフパイロットの泉崎とゴッドと呼ばれている後藤のチームワークが、うまく噛み合ってきたのが原因だと思われる。
そして分からないのは、戦闘を葵たちから引き継いだ後のキドロの動きである。まるでボクサーのように右に左に、上へ下へとダック&ウィーブを繰り返していたことだ。いったい何のための動きだったのか? しかもその後すぐに、暴走ロボットは全て機関砲によって一気に撃破している。なぜ最初からそうせずに、ダック&ウィーブだったのか? これは調査の必要があるかもしれない。
「それに関しては、全くの謎です」
そう言った葵の前に、佐藤は一脚のコーヒーカップをコトンと置いた。
香ばしい香りが葵の鼻孔をくすぐる。
「どうぞ」
「いただきます」
そう言ってカップを手に取ると、葵は鼻から大きく息を吸い込んだ。
まさに至福の香りである。
いったいどんな豆を使って、どんな風にブレンドしているのか。コーヒーには疎い葵には、全く想像が出来なかった。だがこれだけは分かる。絶対に超一流品に違いない。
実は、葵はコーヒーが苦手だった。
子供の頃に両親から、コーヒーは子供が飲むものではないと、強くしつけられて来た。そんな両親はすでに他界しているが、その教えは葵の心に深く根付いている。そのためか、大人になってからもコーヒーが旨いと感じたことがなかったのである。
だが佐藤の淹れたコーヒーは違っていた。葵が生まれて初めてコーヒーの美味しさを感じたのが、彼の淹れたコーヒーなのだ。
「おいしいです」
「ありがとう」
佐藤はフフッと笑うと、葵に視線を向けた。
「次なんだが、無人機との戦闘についてはどう思った?」
葵は、コーヒーの芳醇な香りに少し緩んでいた顔を引き締める。
「こちらの無人機を動作させるAIプログラムは実に優秀でした。私からのコマンドを自由に判断して、的確に敵と戦いました」
「そのようだね」
「ロボットの構造自体にはあまり差は感じられませんでしたが、相手の制御プログラムがまだまだなのではないかと想像できます」
「ふむ、一体三で、ほぼ互角の戦いを見せたのには、私も驚いたよ」
佐藤が笑顔を深める。
だが、葵は逡巡していた。
現場で浮かんだ疑問を、佐藤にぶつけてもいいのだろうか?
それは、霧山様への不敬になりはしないだろうか?
「あの」
佐藤が葵に顔を向ける。
「どうしたのかね?」
葵はゴクリと唾液を飲み込むと、意を決して佐藤に問いかけた。
「相手の動きから、その自動制御モジュールは花菱のファコムではないかと思われます。我社があれをわざわざ敵国に輸出して、無人ロボット兵の開発を手助けしたのはどうしてなのでしょう?」
コーヒーカップを持つ佐藤の右手が、ピタリと静止した。
その顔からは笑みが消えている。
「それは……君が知らなくてもいいことだ」
低く響いたその声からは、優しさが消えていた。




