第453話 日本茶
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
紺色のスーツに身を包んだ生真面目そうな男が、お盆からローテーブルに四人分の湯呑みを置いていく。中身は例によって日本茶のようだ。
公職選挙法によって、選挙中に選挙事務所で提供できるのは日本茶などの飲み物と茶菓子までと決められている。それ以外のものを出せば、選挙違反になってしまうのだ。コーヒーはいいのか、ケーキやミカン、まんじゅうは? となると、線引きがよく分からなくなる。そんな曖昧の内に選挙が行われているのが日本である。
お役所ってやつも、そんな慣例を踏襲しているのか?
ソファーに腰掛けているジャーナリスト、鏑木雅彦はそう思っていた。
「どうぞ」
お茶を置いた男はそう言って軽く頭を下げると、そのまま部屋から出ていった。
「今の方、内閣広報室の職員でしょ? また人払いですか?」
明るいブルーのスーツに真っ赤なネクタイと、まるで漫才師のような服装の男が滑舌良くそう言った。HeTuberのリップマン村田だ。報道系HeTuberとして、メキメキと頭角を現わしている男である。鏑木とは長年の腐れ縁でもある。
「そう考えてもらって結構です」
そう答えたのはこの部屋の主、内閣広報官の広末美鈴だ。彼女は菅政権以来二人目の、内閣総理大臣記者会見の女性司会者だ。菅政権時の司会者・山田真貴子氏は当時60歳だったが、広末広報官はもう少し若い。一見30代後半にも見える彼女だが、本当のところはすでに50歳を超えている。
ここは内閣官房内にある内閣広報室の彼女の執務室だ。
真ん中に木目調のローテーブルをはさんで、その両側に三人がけのソファーがふたつ並んでいる。村田の隣に鏑木、その向かい側に広末と内閣情報調査室の佐々木が座っていた。
佐々木の所属は国際テロ情報集約室だ。どこにでもいそうなサラリーマンのようなベージュの地味なスーツに、これまた地味なブラウン系のネクタイを締めている。年齢はアラフォーあたりだろうか。
鏑木が広末に視線を向ける。
「広末さん、昨日の東池袋の事件について、何かご存知なのでは?」
その言葉を受け、広末の目に厳しい光が宿った。
「そうですね。なので、急遽皆さんに集まっていただいたのです」
村田が明るい声で言う。
「もしかしてあの暴走ロボットって、例の無人ロボット兵だったりします?」
場の空気が一瞬で冷え込んだ。
村田と鏑木は、無人ロボット兵について、以前この部屋で広末から聞いていた。
霧山グループ傘下のロボット部品メーカー・花菱工業が開発したフルAIコントロールモジュール、FACM・ファコムによってそれが実現されようとしている。しかも、霧山グループはファコムをテロ支援国家の疑いがある某国へ輸出しようとしている可能性があると。
鏑木が身を乗り出す。
「あれが、広末さんがおっしゃっていたテロ支援国家のロボットだと?」
広末が小さくため息をついた。
「いえ、そこまでは分かっていません。某国が開発に成功したのかどうか。もしくは、黒き殉教者のロボットの可能性も残っています。ただ……」
広末はそこで言葉を区切る。
「ただ?」
今度は村田も鏑木同様、身を乗り出した。
「トクボが回収した部品の分析で、花菱のファコムが使われていたことだけは判明しています」
再び室内に重い沈黙が立ち込める。
国内の大手企業傘下の会社が、とんでもないことに関わっている。それだけでもすでに大事件だ。しかもその親会社の大企業が輸出に手を染めているとなれば、下手をすれば国際問題にもなりかねない。内調の佐々木がこの場にいることでも、その重大さが判断できるだろう。
沈黙を破ったのは、村田の明るい声だった。
「それで広末さんは、ボクらに何をして欲しいんです? 天下の内閣広報室だ。ボクらハグレモノのジャーナリストに、タダで情報をくれるとは思えませんからね」
明るいが、その声音には皮肉めいたニュアンスが混ざっている。
広末は、それを感じていることなどおくびにもださない笑顔を村田と鏑木に向けた。
「お二人には、あの暴走ロボット事案に日本企業が関わっている……かもしれないと、匂わせていただきたいのです」
村田の表情が、ニヤリとした笑顔に変わる。
「ホンボシをあぶり出すつもりですか?」
「いえいえ、そんな大それたことは考えていませんよ。あくまでも、警察の捜査補助です」
鏑木も、村田と同様にニヤリと笑った。
「あわよくば……ですか」
「まあ、その程度です」
広末は、爽やかな笑顔のままそう言った。
「なので、企業名はけして出さないでくださいね。それと、私たちが掴んでいる情報のデータは、佐々木さんからもらってください」
佐々木が小さくうなづいた。
「それでは、お二人共よろしくお願いします」




