第45話 袴田研究室
「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
「エンタク、また手紙読んでるのね」
小野寺舞がニッコリと微笑んだ。エンタクと呼ばれた男性と同学年の大学四年生、彼と同じ研究室で学んでいる。
「その呼び方、やめてくれよ」
苦笑する彼の名は遠野拓也22歳、ひかりの五つ上の兄だ。
「じゃあ君のことは……そうだな、オノマイでどうかな?」
「げ、それ軽くてイヤかも」
舞も苦笑する。
「ね、あだ名ってイマイチでしょ?」
「分かった。できるだけエンタクって呼ばないようにするね」
明るくそう言った舞に、拓也は再び苦笑する。
「できるだけって」
そんな二人に初老の男が声をかけた。
「二人はいつも仲がいいねえ」
袴田伸行教授だ。東郷大学でこの袴田研究室を主催している宇宙物理学の権威である。彼はドイツの宇宙学者ユルゲン・ハーネストワルフとの共同研究で、宇宙病の原因となる袴田素粒子を発見したことで知られている。
「そうでもないですよ」
舞はなぜかちょっと不服そうだ。
「そうですよ。たいして仲は良くありません」
笑ってそう言った拓也に、舞はよりいっそう不服そうな顔を向けた。
東郷大学袴田研究室。ここでは、ウィルス学と素粒子物理学を融合した画期的な研究が進んでいた。その名をネオ素粒子物理学と言う。
素粒子物理学とは、物質の最小構成単位である素粒子の性質や素粒子間の相互作用を、様々な実験や観測で探求していく学問だ。未知の素粒子を探索する実験分野、そして量子論と相対論などを用いて素粒子の存在や性質を予言、解析する理論分野が知られている。一方、ウイルス学は、ウイルス、ウイロイドなど非細胞性生物群を取り扱う生物学の一つである。この研究室では、北大阪医科大学のウィルス学の権威、吉川雄三教授との共同研究が進められている。
「今日のクッキー、どうです?」
舞が目をキラキラさせて言った。
「手作りクッキーだね、とてもおいしいよ。紅茶によく合う」
教授が目を細める。
「そうでしょ!休憩時間にみんなで食べようと思って、持ってきたんです!」
舞がいっそうの笑顔になる。
「オノマイの手作りだといいんだけど。多分これ、お母さんの手作りじゃない?」
拓也の言葉に、舞がムッとする。
「誰の手作りだっていいじゃない。手作りにかわりないんだし。それと、オノマイはやめてよね」
紅茶のカップを手に、袴田教授はニッコリと笑った。
「やっぱり二人は仲がいい」
「それにしてもエンタクの妹さん、ずいぶんと古風な人なのね。今どき手紙だなんて」
ひかりから拓也への連絡は、いつも手紙だった。しかも、最近では二日に一度のペースで届いている。
「それにマメ。筆マメって言うのかな?エンタクいつも妹さんからの手紙読んでるよね」
舞は少し不思議そうだ。今はメールやLIMEが連絡の主流である。実際に便箋に手書きの手紙なんて、舞はこれまで見たことがなかった。
「遠野ひかりさん、だったよね」
「そうです」
「都営第6ロボット教習所で合宿中の」
教授の言葉に、拓也がいぶかしげな表情になる。
「妹のこと、ご存知なんですか?」
拓也、そして舞も不思議そうな目で教授を見た。
「実はあそこの所長、雄物川くんは昔からの知り合いでね」
都営第6ロボット教習所、通称ニコニコロボット教習所は、政府の特区政策により東京湾のど真ん中に作られた広大な埋立地に位置している。教習生は全て高校生の若者であり、テストパターンとして学費は全額が免除、入学には各高校からの推薦が必要となっている。
「妹さんのことは、雄物川くんから聞いている」
その名前には、拓也も舞も聞き覚えがあった。
雄物川忠信。考古学、地球物理学、ロボット工学など様々な分野でめざましい功績を上げた有名人だ。ただ、なぜそんな人物が現在いち教習所の所長に収まっているのかは、世間にとって大きな謎だと言われている。
「妹のことはなんと?」
拓也の素朴な疑問に、教授は優しく微笑んだ。
「実に優秀だと」
拓也にとってひかりは目の中に入れても痛くない、とても可愛い妹である。もちろん優秀な部分もある。例えば、その才能から紡ぎ出される素敵な言葉たちは、ただポエムと呼ぶにはもったいないほどの感性に輝いている。ひかりのポエムは、心がなごむ癒やしの力を持っているのだ。
「優秀、ですか」
「そう、優秀だとね」
あの雄物川に、そして袴田教授にそう思われているんだ。
拓也は少し誇らしく感じていた。




