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第44話 ハーフムーン再び

「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。

 遠野あかりは焦りを感じていた。

 国連宇宙軍の調査船ハーフムーンの室内は、完璧なエアーコントロールによって実に快適な環境となっている。にもかかわらず、彼女の額にはうっすらと汗が浮いていた。彼女とその部下が働く情報システム部のラボでは、寝る時間も惜しんで袴田素粒子に関する分析が続いていた。だが思うような結果が出せずにいるのだ。

「主任、やはり僕たちの推理で正解じゃないでしょうか」

 田中正明。あかりの部下だ。

「田中くん、まだハッキリとした証拠が見つかっていないのに、急いで結果を出すべきじゃないと思う」

 彼女は野沢結菜。やはりあかりの部下である。

「野沢さんの言う通りよ。もう少し粘りましょう」

 あかりはため息をついた。

 彼女らの分析で、袴田素粒子についていくつもの新事実が解明されていた。ただ、最も重要なことが明らかになっていないのだ。

 袴田素粒子は最初、カフェテリアの全自動調理機に感染した。それからも数々の機械に感染していったが、ある時からその感染に特徴が現れ始めたのだ。

 そのマシンのコントロールモジュールだけに感染するようになっていったのである。パトロールロボットの感染から、その特徴が顕著になっていた。

 進化している?

 それとも思考している?

 あるいは、本能のようなもの?

 そのどれをも、証明する事実は見つかっていない。

「進化も思考も本能も、生物じゃない素粒子にあり得ることなのかなぁ」

 結菜が疲れた顔でそう言った。

「ウィルスだってまだ生物かどうかの証明はされてないけど、目的を持って感染して増殖もするじゃないか」

 確かに正明の意見も間違ってはいない。

 その時ラボの壁面に設置されているディスプレイに、ドクターからの呼び出しが表示された。あかりが答える。

「はい、情報ラボです」

 ディスプレイにこの船のフライトサージャン、竹田君人ドクターが映し出される。その表情は悲痛に歪んでいる。

「ドクター、どうされました?」

 ドクターは少し言い淀んでから、重い口を開いた。

「人間の感染者が出ました」

 ラボの三人に驚きが広がった。

「では、ワクチンは効かなかったと?」

「しっかりとした検査をしないとまだ分かりませんが、その可能性は高いと思われます」

 そのドクターの言葉に、ラボの三人は凍りついていた。


「次、遠野入れ」

 陸奥の言葉にひかりが医務室のドアに近づく。自動でスライドした入り口を通って、彼女はその部屋へ入った。教習所の制服ではなく、簡易的なパジャマのような服装だ。

「いつもの検査だ。そこに横になってリラックスしなさい」

 この合宿に参加している生徒は全員、三日に一度この検査を受けていた。だがひかりは閉所恐怖症気味なので、本当はこの検査が嫌いだった。CTスキャンやMRIのように、ベッドに寝かされたまま大きな筒の中に入ってしまうのだ。

「目を閉じて。眠ってしまってもいいぞ」

 陸奥の言葉にひかりは目を閉じる。

 眠ってしまえば怖いことはない。

 そう思ったのもつかの間、あっという間にひかりは、いつものように真っ白な光の空間に包まれていた。

 その光の中に何かが見え始める。

 あれは……小学生の私?たぶん……三年生だ。

 よく思い出せないなぁ……この時何があったんだっけ?

 教頭先生が授業中の教室までやって来て……それから?

 小学三年生のひかりを見つめるもう一人のひかりの頭に、そんな疑問が浮かんでいた。教室の扉が開いた向こう、廊下のはずの空間が真っ黒な闇に見えている。

「あ、お兄ちゃんとお父さん?」

 教頭と一緒にいたのはひかりの父と兄だった。父のいつにない真面目な顔。そして、いつもの元気さが微塵も感じられない兄。

「……」

 兄は唇を噛みしめている。

「ひかり……お母さんのことでちょっと」

 話し始めた父の前で、ひかりは反射的に耳をふさいだ。いや、本能的と言った方がいいのかも知れない。父が何を言おうとしているのかは分からない。でも、きっと聞きたくないことに違いない……ひかりの本能はそう叫んでいた。

「お母さんのことなんだが……」

 いくら耳をふさいでも、父の声はひかりの指の間を通って聞こえて来る。手のひらと耳の間にできた空間のせいで変に反響し、まるで地の底から聞こえて来る悪魔のうめき声のようだ。

「今朝、国連宇宙軍からお母さんの乗った宇宙船が行方不明になったと連絡があった」

 お父さん何言ってるの?私そんなこと聞きたくないのに!

「ひかりにはまだ難しいかもしれんが……お母さんの宇宙船が袴田素粒子に感染したらしい。船内全てが汚染されてしまって……」

 袴田素粒子……聞いたことある。

 ひかりはぼんやりと考えていた。

 前に、お母さんに教わったんだ。人間が宇宙に出るのはまだまだ大変だ……それは宇宙病があるから……。

 宇宙開発を進めていた人類が遭遇した最大の難関。それが宇宙病だった。原因不明のまま消息を断つ宇宙船……その原因のほとんどは、乗り組み員が宇宙病に感染したためだったのだ。

 宇宙病に感染すると意識の全てを奪われる。そして彼らは宇宙船を暴走させ、最後には自爆に至ってしまう……。

 何が彼等をそうさせるのか?

 意識を奪うものは何なのか?

 宇宙空間に存在する病原体なのか?

 その真相を解明したのがドイツの宇宙科学者ハーネストワルフだ。医学関係者ではなく、どうして彼に解明できたのか。それは宇宙病が本来医学的な病気ではなかったから……。

 宇宙病の原因は宇宙空間に無数に存在する素粒子だった。ある特定の素粒子が人間の体内に侵入すると、脳は正常な電気信号を発することができなくなる。その素粒子がより強い電気信号を発信しているからだ。そのために、まるで違った意識にコントロールされているかのような行動をとり始める。

 意識が奪われる!

 何者かに心を乗っ取られる!

 そんな風に見えてしまうのも無理はない。素粒子に感染してしまった人物は、確かに自分の意志を持つことができなくなるのだから。

 その素粒子は、ハーネストワルフの共同研究者・袴田伸行教授によって発見され、袴田素粒子と名付けられた。

 袴田素粒子感染症候群。だが、一般的には宇宙病と呼ばれている。

「宇宙病を治す方法はまだ見つかっていない……放っておけば乗り組み員全員の心が暴走して大変なことになってしまう」

 ひかりは父の言葉を上の空で聞いていた。母が宇宙病に感染した……それってどういうことなんだろう?心が暴走するってどういうこと?治す方法が無いって……どういうこと?

「そのまま地球に戻ると、地球全体が宇宙病に感染することになるかもしれない。だから……お母さんの宇宙船は、もう帰って来ないんだ」

 え?ひかり、もっとわかんなくなって来たよ。それって……

「地球への感染を防ぐために、本船は太陽系外に進路をとります……それが最後の通信だったそうだ」

 お母さん!

「ひかりちゃん、今日はもうおウチに帰りなさい。お父さんとお兄さんと一緒に」

 お母さん!

 ひかりの中で何かが音をたててはじけた。小学校三年生のひかりと十七歳のひかりの心が、同時に叫んだのだ。目の前が真っ白になる。意識が遠のいていく。心もカラダも、ゆっくりと白い空間に包み込まれて行く。

「お母さん……」

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