第439話 たった一人の男
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
加速された素粒子は恐ろしい。
なにしろ、最大で光速に近い速さでぶち当たって来るのだ。人間であれば無事ではいられない。
アナトーリ・ブゴルスキーはロシアの物理学者である。冷戦時代のソ連には、世間の目が届かない場所で極秘の研究に専念するための科学系新興都市がいくつもあった。彼が住んでいたモスクワ州の小さな都市・プロトヴィノもその中のひとつだ。1978年、彼はプロトヴィノの高エネルギー物理学研究所に入所、当時世界最大規模であった粒子加速器「U-70」の運用に従事することになる。
そして1987年7月13日、ブゴルスキーは最悪の事件に遭遇してしまう。
彼はその日、加速した粒子の直撃をその頭脳に受けた「人類史上たった一人の人物」になってしまったのである。
彼は故障について調べるため、その頭を粒子加速器の中に突っ込んだ。通常、加速器の作動中にそんなことをすれば警報が鳴り響く。だが、その直前に行なわれた実験のために、そのアラームが切られていたのだ。あっという間に、加速中だった陽子ビームが彼の頭を貫いた。後頭部から入ったそれは、彼の脳から顔を貫通したのである。本人によると、その時には特に痛みは無かったが千個の太陽よりも明るい光が見えたと言う。
この時に彼が浴びた電離放射線量は、20~30万ラドとも言われ、人間の致死量を遥かに超えていた。だが、通過した素粒子は集束ビームだったため、それが通過したのはごく狭い範囲だった。そのおかげで奇跡的に死をまぬがれたのだ。
素粒子は彼の頭の後ろから入り鼻から抜けていた。陽子線が通過した部分の脳は焼け、組織や神経を破壊して顔の片側を麻痺させたが、その他の部分は無事だったのである。
その後ソ連が崩壊、粒子加速器U-70のプロジェクトは頓挫し、施設は放棄された。
ちなみに、人類史上たった一人、その頭脳に陽子ビームの直撃を受けても生きていた男、アナトーリ・ブゴルスキーは現在も健在で、今もロシアで暮らしている。
「部長!袴田研究室から何かのデータが届きました!」
トクボ指揮車に、田中美紀技術主任の声が響いた。
「何のデータだ?」
「おそらく、【over capacity】の表示についての回答ではないかと」
「チェックしてくれ」
「了解!」
美紀がコンソールの画面から、届いたデータの分析に取り掛かる。
しばらくして、美紀がハッと白谷に顔を向けた。
「どうやら、地下トンネルからキドロを撤退させたのは正解だったようです」
そのデータには恐るべきことが記されていた。
なぜ地下トンネルが円形なのか?
それは、トンネル自身が粒子加速器だからだと思われる。
東京23区を取り囲むほど巨大な加速器は、粒子に驚くべき高エネルギーを与えることができる。それを使えば、対袴田素粒子防御シールドを破れる可能性がある。
そして最も重要なのは、おそらく地下トンネル内には、致死量の数百倍の高エネルギーを帯びた袴田素粒子が光速に近い速さで飛んでいることだろう。
人間どころか、ロボットのコントロール回路なども焼き切れてしまう死の空間なのだ。
「部長、東京の地下にそんなものがあるなんて」
「うむ。やっかいだな」
白谷が、難しい顔で腕組みをした。
「何か対処法は書かれているか?」
「はい。とりあえずの応急手段ですが」
「分かった。それが我々だけで可能かどうか、検討してみよう」
「了解です」
もしかすると、陸自への出動要請が必要になるかもしれない。
美紀は、自分の胸中に、真っ黒いガスのような不安が広がるのを感じていた。




