第405話 ソウルフード
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「ご飯、おかわりもらってくる」
沙羅はそう言うと立ち上がった。
それを少し呆れたような目で見ながら、春樹が言う。
「いつも思うけど、押坂さんよく食べるよなぁ」
「いけない?」
「いや、ぜんぜんいけなくなんかありません!」
沙羅の睨むような目に、春樹はパッと直立して敬礼した。
そんな姿に一瞥をくれると、沙羅はご飯茶碗を持ってさっさとカウンターへ向かった。
プッと吹き出してしまう夕梨花。
「春樹、ぜんぜん学習しないよね」
「え? 何が?」
「だって今の台詞、ほぼ毎日沙羅に言ってるじゃない」
春樹がとぼけたように中空を見つめる。
「そうだっけ?」
「そうよ」
ここは警視庁警察学校の食堂だ。
足元から吹き抜けのように高い天井までの大きなガラスからは、まだ残っている夕暮れの日差しが差し込んでいる。今日の授業の全てが終了し、今はすでに夕食の時間だ。
この学校の敷地は約91,900平方メートル。東京ドーム二個分の面積に、教室棟、体育館、学生寮、図書館、食堂、そして訓練用のグラウンドがぎっしりと詰め込まれたように存在している。いま夕梨花たちがいる食堂は、学生たちの憩いの場所になっていた。
「いくらご飯のおかわりが自由だからって、押坂さんいつも山盛り三杯は食べるよね? だからすごいなぁって思って」
食堂では栄養士が考えたバランスの良い、安価でおいしい食事が提供されている。メニューは日替わりで三種類。特に人気があるのはカレーライスだ。しかも定食のご飯はおかわり自由なのである。
「春樹は毎日カレーね。よく飽きないわよね」
「夕梨花、何言ってるんだ!カレーは日本人の心さ!まさにソウルフード!自衛隊の各駐屯地にも、特製カレーがあるだろ? このカレーライスは、この学校の名物だと言っていいんだとオレは思ってる!」
「カレーがソウルフードなのはインドじゃないの?」
虚を突かれたのか、春樹が一瞬ポカンとする。
「まぁ……それも一理あるか」
「一理どころか、十理ぐらいあるわよ」
「十理? オレは十理より十三里が好きだなぁ!」
「十三里?」
「栗より美味い十三里!」
そう言ってはしゃいでいる春樹を見て、夕梨花が苦笑する。
「春樹、たまによく分かんないこと言うよね。それなぁに?」
「焼き芋のこと。家の近所に来る焼き芋屋さんの売り声さ。♪栗より美味い十三里〜、って歌いながら軽トラで来るんだ」
「どういう意味?」
春樹はニヤリと笑うと言い放った。
「知らない!」
肩をすくめる夕梨花。
江戸の昔、京都の焼き芋屋が看板に「八里半」と掲げた。焼き芋の味は栗に似ているが、やや劣るので「栗(九里)」ではなく「八里半」であると。それが江戸に伝わると、小石川の焼き芋屋が今度は「十三里」と名付けて看板を出した。その意味は 「栗(九里)より(四里)うまい十三里」という洒落である。また当時、さつまいもの産地として知られていた川越が、江戸から十三里(約52km)の場所にあったため、この「十三里」と言う呼び名が江戸っ子に受けたのだ。実に洒落ていると。
「よく分かんないけど、十三里なら確かに栗(九里)より美味そうだよなぁ」
なんだこの会話は?
夕梨花がそう思い苦笑を深めていると、沙羅がおかわりの大盛りごはんを手にテーブルに戻ってきた。
「何の話してるの?」
「栗の話」
「芋の話」
沙羅の問いに、春樹と夕梨花が同時に答えた。
ふうっと小さくため息をつく沙羅。
「あなたたち、仲いいよね」
「良くない!」
「良くない!」
今度は二人の言葉がちゃんと揃った。
「それを仲いいって言うのよ」
呆れたようにそう言うと、沙羅は席について早速おかわりのご飯を手に、食事の続きを再開した。トンカツにとん汁とキャベツの千切り。名物のトンとん定食だ。彼女は最初、とんかつソースをたっぷりかけたキャベツの千切りだけで、ごはんの一杯目を平らげる。次にとん汁で二杯目。そしてごはんの三杯目で、初めてトンカツに手を付けるのだ。つまり、今こそ彼女の一番の至福の時なのである。
「沙羅、やっぱりよく食べるわよね」
そう言った夕梨花に、春樹が食ってかかった。
「夕梨花だって同じこと言ってるじゃん!」
「あ、ホントだ」
笑い出してしまう夕梨花と春樹。沙羅は二人のことが目に入らないのか、もくもくとトンとん定食を食べている。そんな沙羅を見て、再び爆笑してしまう二人。
「楽しそうにやっとるな、若者たちよ!」
突然声をかけて来たのは、キドロ操縦訓練の指導教官・大越大二郎だ。
「教官!」
三人はパッと直立し、右手で敬礼する。夕梨花と春樹の敬礼はバシッと決まったが、沙羅の右手には箸が握られていた。しかもその先にはトンカツがひと切れ、はさまれている。そしてそのソースが、沙羅のひたいに少しばかり付いてしまっていた。それを見て、再び吹き出しそうになるのを必死でこらえる夕梨花と春樹。
「なに笑ってるのよ!」
恐らくそう言った沙羅だったが、トンカツが口に入ったままなので、ただモゴモゴとしか聞こえなかった。もう我慢の限界を超え、思いきり吹き出してしまう夕梨花と春樹。
「あ、すいません!教官!」
あわてて謝罪の言葉を口にした夕梨花に、大越は笑顔を向けた。
「若者はそれぐらい元気な方がいい!がっはっはっは!」
「はぁ」
沙羅がもぐもぐしながら、大越に聞く。
「それで教官殿!わたくしたちに何かご用でしょうか?!」
まだ降ろしていない敬礼の先で、ひと切れのトンカツが揺れている。
それを見て、やはり吹き出しそうになる大越だったが、急に真面目な表情を作り、三人を見渡した。
「実はな、君たちにちょっと頼みたいことがあるんだ」
何だろう?
三人は意識せずに首をかしげていた。




