第403話 押坂沙羅
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
『参った!参った!』
無線から春樹の悲痛な悲鳴が聞こえた。
夕梨花との模擬戦が、あっという間に片がついてしまったのだ。訓練場であるグラウンドに、春樹のマシンは尻餅をついた形で座り込んでいる。
戦闘スタートの号令とともに一気に春樹のキドロに迫った夕梨花は、守りの体制にある彼を無視して即座にその背後に回り込んだ。模擬戦の勝敗は、各キドロの背中に取り付けられたスイッチにある。相手のスイッチを先に押した方の勝利となるのだ。
模擬戦開始からほんの数分で、夕梨花は春樹の背中のスイッチを押していた。しかも、必殺の回し蹴りで。春樹のキドロはそのあまりの威力に耐えきれず、数メートルも吹き飛んでしまったのだ。だが夕梨花は、スイッチを押したにもかかわらず、攻撃の手をゆるめようとはしなかった。すぐさまジャンプで春樹のキドロに肉薄し、強烈なパンチをくらわそうとしたのだ。そして春樹の悲鳴が轟くことになったのである。
『ちょっと待って!どこでそんな技を身に着けたんだよ?!プライベートでロボットの戦闘なんて練習しないだろ、普通!』
「するでしょ、普通」
『しないしない!』
そんな二人の会話に、突然別の声が割り込んできた。
『普通するわよ』
前面スクリーンにワイプが開き、気の強そうな女性が映っている。
春樹が慌てたように声を上げた。
『押坂さん?!』
夕梨花は押坂と呼ばれた女に同意する。
「そうよねぇ、沙羅」
少し茶色がかった地毛をショートにした女性だ。
押坂沙羅、夕梨花や春樹と同じ教場のクラスメイトである。
彼女はキッパリとした口調で、春樹に言い放った。
『ここに入学する人間が、普段の生活の中で格闘戦の訓練をしてないなんて、考えられないわ。そんな人、いないわよね? 夕梨花』
「私もそう思う」
『ここにいる!ここに!』
ワイプの中で、春樹が自分を指差しながら叫んでいる。
『オレはロボットパイロットじゃなくて、町のお巡りさんになりたいんだよ!』
そんな春樹に、沙羅がニヤリとした笑顔を向けた。
『あら、交番の警察官だって格闘戦の心得は必要じゃないのかしら?』
意表を突かれたのか、黙ってしまう春樹。
だが、何かに気づいたようにパッと顔を上げた。
『違う!違う!必要なのは生身の格闘技!ロボットじゃないってば!』
ちょっとかわいそうかも。
そんな柔らかい表情を見せた夕梨花が、沙羅に聞いた。
「それで沙羅、あなたの模擬戦はどうなったの?」
沙羅機が指差す先にもう一機の同型キドロが、まるで春樹機のようにへたり込んでいる。
『そこの男みたいに頼りなくてね、あっという間にKOよ』
『だから二人共、どうしてそんなに強いんだ?!』
沙羅が笑顔を深めてワイプ用のカメラを覗き込む。
『日頃の訓練よ、日頃の。そんなことより、夕梨花もなかなかやるじゃない?』
「まぁね」
『と言うわけで、次の模擬戦は私とやりなさい!私はその男みたいにはいかないわ!』
その時、そんな三人の様子を見ていた大越教官から声が飛んだ。
『よし!みんな注目だ!』
ほとんどのペアは、すでに模擬戦の決着が着いている。
次の模擬戦の相手を決めるのか?
そう夕梨花が思った時、教官から予想外の指示が飛び出した。
『今から泉崎と押坂に模擬戦をやってもらう。他の者は見学だ!二人の戦いを、大いに参考にするように!』
沙羅がうれしそうに笑う。
『教官、分かってるじゃない!そうこなくっちゃ!』
夕梨花は小さくため息をついた。
キドロに乗ったのは今日が初めてである。なのに、こんなことになってしまうなんて。もちろん自分の操縦テクニックに自信が無いわけではない。市販の乗用車で、自分なりに訓練はしてきたつもりだ。だが、初乗車の機体での戦闘を他のみんなに見学されるなんて、夕梨花にとって全く予想していない事態なのである。
『じゃあいくぞ、模擬戦、はじめ!』
大越教官の迫力の声が、グラウンドに大きく轟いた。
夕梨花は先ほどと同様に、柔道の基本の構えを取る。自然体だ。
全身の力を抜き、両足を肩幅に広げ、かかとに体重を均等にかけて自然にまっすぐに立つ。この状態で、右足を斜め前に出し、右自然体に移る。
一方の沙羅機は、夕梨花とは全く違った構えを見せていた。
肩幅より少し広く足を開き、右足を一歩分後ろへ引く。そのつま先は斜め45度の形だ。そしてヒザをかるく曲げて重心を下げ、両の拳を肩よりも少し下の位置に上げる。
空手の組手に近い構えである。
『うわぁ、二人共構えの時点ですでに強そう!』
自分には関係がないためか、春樹がそんな呑気な声を上げた。
そんな彼を無視して、無線から各キドロに教官の声が聞こえた。
『みんなよく見ろ、泉崎は柔道を基本にした構えだ。一方の押坂は空手の構えを取り入れている。どちらも、すぐに動けるように重心をカラダの中心に置いている』
さすがキドロ操縦訓練のベテラン教官だ。あまりにも的確な言葉に、夕梨花も沙羅も少し驚いていた。
『さすが教官、分かってくれてるわ』
「そうね。信頼できそうな教官ね」
そう会話しながらも、二人は相手の動きをじっと観察していた。
どちらから先に攻めるのか?
訓練用グラウンドに、ジリジリとした沈黙が流れる。
その瞬間、沙羅のキドロが地面を力強く蹴った。
『先手必勝!』
そう叫びつつ、渾身の正拳突きを夕梨花機にお見舞いした。




