第396話 喫茶 楽屋
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「おや? ホットがお好みだと思っていましたが、アイスコーヒーですか」
ドルジが、腑に落ちないといった顔をする。
その言葉に、後藤は少し首をかしげた。
「俺、おめぇにそんなこと言ったっけかなぁ?」
「いえいえ、そうではありませんが、コーヒーに凝っている方は大抵ホットをお飲みになるものだと」
後藤がニヤリと笑う。
「俺はニワカなんでなぁ、今日はアイスの気分なんだぜぇ」
そう言って、運ばれて来たばかりのカップを手に取った。
「お?!」
思わず声が出た後藤に、今度はドルジがニヤリとした笑みを向ける。
「そのカップ、重いでしょ?」
「ああ、金属製だとは思ったけどよぉ、やけに重いぜぇ」
「それ、浅草の職人に注文して、1つ1つ手打ちで作られたものなんですよ。だから物によって重さが違う」
「おめぇ、やけに詳しいじゃねぇか?」
ドルジが嬉しそうに笑う。
「好きな店のことは知りたいじゃないですか。ここを紹介してくれた方から、色々と教えてもらったんですよ」
その言葉に、後藤の目つきが厳しく光った。
「どんなやつに紹介されたのかねぇ?」
「まぁ、それは職業上の秘密です」
「どっちの職業だぁ?」
「それも秘密です」
ドルジはダスク共和国国軍資材調達課の課長と、反政府組織シャンバラのメンバーという2つの顔を持っている。相反するふたつの組織に所属する大胆極まりない男なのだ。気のいい人物に見えて、実は油断もすきもないに違いない。後藤はそう判断していた。
「どっちかの仕事の打ち合わせに使ってるってことだよなぁ、きっとよぉ」
「ご想像にお任せします」
ドルジはフフッと笑う。
後藤は金属製のカップを持ち上げ、シロップを入れずにひと口飲んだ。
「うめぇ。酸味がきつくなくて俺好みの味だぜぇ」
そしてシロップを少しだけ入れて混ぜると、再びカップを口に運ぶ。
「なんだろうなぁ、重いカップのおかげで余計に旨く感じるのかぁ? いい感じだぜぇ」
そんな後藤を見ていたドルジが、何かに気づいたようにハッとした。
「ああそうだ。後藤さんには、その方から教わったここの名物を食べていただかなければ」
「名物だぁ?」
「はい。すいません!」
ドルジがカウンターに向かって、少し大声で注文する。
「寄席餅をふたつ、お願いします。私は甘辛をふたつ、こちらの方は磯辺をふたつで」
「よせもちって何だぁ?」
「それは来てのお楽しみです」
ドルジがいたずらっぽく笑った。小柄だが、褐色の肌でごつい顔つきの中年男性にはあまり似合わない笑顔である。
「お待たせしました」
運ばれて来たのは、皿に乗った三つの餅と緑茶である。
そしてドルジの自慢げな解説が始まった。
「ここのメニューにはそれぞれ三個入りの磯辺餅と甘辛餅があるのです。そのうち好きな方を二個にして組み合わせて、どちらも楽しめるようにしたのがこの寄席餅なのですよ」
ほうと、後藤が感心するような目で皿を見つめる。
「寄席餅の名前の由来は、二種類の餅を「寄せた」ことと、裏の新宿末廣亭の「寄席」をかけたものなんです。洒落てるでしょう?」
「へぇ、おめぇに日本の洒落が分かるのかぁ?」
「落語とか、結構好きなんですよ。洒落とか侘び寂びとか、ダスクには縁のない文化ですからね。つい憧れてしまって」
楽しそうに笑うドルジ。
後藤が、二つある磯辺餅のひとつを口に放り込む。
「これ、うめぇな。これなら俺にも分かるぜ、きっといい醤油使ってんだろぉ?」
「正解です。どうしてお分かりに?」
「あてずっぽさ」
ニヤニヤすると後藤は、次に甘辛餅、そして緑茶とアイスコーヒーを交互に口に運んだ。
その時、トントンと階段を上がってくる足音が聞こえた。楽屋は、細い階段を上がった二階にある。店に入ってきたのは和服姿の男だった。
「おかみさん、いつもの」
男はそう言うと、カウンターの席に座る。まるでそこがいつもの指定席であるように。
コーヒーと緑茶を味わっていた後藤が目を丸くして小声で言う。
「おい、あの男なら俺でも知ってるぜ。テレビの……えーと、笑天とか言う番組に出てる」
「落語家の森家米市師匠ですよ」
ドルジも驚いているようだ。
「高座の前後に、ここに休憩に来る噺家さんが多いって聞いてましたけど、本当なんですね。今日はちょっと得した気分です」
嬉しそうに笑うドルジ。
「まさか、ここを教えてくれたってのは落語家かぁ?」
「いえ、それはありませんよ。ただ、その方も落語や寄席がお好きだと聞いています。後藤さんはどうなのですか?」
「何がだぁ?」
「落語はお好きですか?」
少し考えてから後藤が答えた。
「分からねぇなぁ、生で見たことはねぇからなぁ。俺の人生の半分はダスクの砂漠だったからよぉ」
「それを言うなら、私なんて人生のほとんどがあそこの砂漠ですよ」
二人は皮肉な笑顔を浮かべた。
「では今度、一緒に末廣亭へ行ってみませんか? 楽しいですよ」
後藤は少しばかり逡巡するとドルジに視線を向ける。
「考えとくぜぇ」
そして再びコーヒーをひと口、ごくりと飲み込んだ。
「で、本題に入ろうじゃねぇか」
後藤の声が急に真剣さを帯びる。
再びドルジはまわりをキョロキョロと見回すと、後藤にぐっと顔を近づけた。
「ついさっき同士からの情報が届いたのですが」
少し間を置き、小声で話し始める。
「やつらの地下施設ですが、無人ロボット兵に関するものらしいのです」
後藤の目が驚愕に見開かれた。
「ファコムか?!」
ファコムは、今をときめく霧山グループの傘下であるロボット部品メーカー・花菱工業が開発したフルAIコントロールモジュールのことだ。AIによってロボットの操縦をフルオートにすることが可能な画期的技術である。
「まさか、もう開発したと言うのか?!」
後藤のつぶやきは、うめき声のようになっていた。




