第388話 星乃珈琲店
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
その店の内装は、とても高級感のある落ち着いた色調だった。インテリアはダークブラウンが中心で、ゆったりと座れる深いソファと木のテーブルが心地いい。少し暗めの照明も、のんびりと落ち着けるポイントと言えるだろう。
星乃珈琲店新宿東口店。
その三階は「星乃サロン」と呼ばれ、各席が通常より少々ゆったりめに配置されている。トクボ部付きの警部・後藤は、その店の一番奥まった席でコーヒーの香りを楽しんでいた。
「ここのコーヒーも、なかなかのもんだぜぇ」
そう言うと彼は、目の前に座る男に向かってコーヒーのウンチクを語り始めた。
「俺はよぉ、コーヒーの酸味があんまり得意じゃねぇんだ。どっちかと言うと、苦味が好みって感じかなぁ」
そう言って彼がひと口飲んだコーヒーは、この店の定番ブレンドのひとつ「彦星ブレンド」だ。
星乃珈琲店は、こだわりのコーヒー豆を一杯ずつハンドドリップで提供しているのが特徴だ。通常のコーヒーチェーン店では、客をあまり待たせないことを重視してマシンによる抽出を行なっている店舗が多い。だが星乃珈琲店では、注文を受けてから丁寧にコーヒーをドリップする。客の回転率よりも、落ち着いた時間の提供に力を注いでいると言えるだろう。
そんな星乃珈琲店には、ブレンドと焙煎度合によって個性の違う三つのブレンドが存在する。
「星乃ブレンド」は、星乃珈琲を代表するバランスのとれたメインブレンドで、ブラジル、コロンビア、タンザニア、ホンジュラスの豆を使用していて甘みが強い。
「織姫ブレンド」は、軽やかな口当たりのスッキリしたブレンドで酸味が強めだ。使用している豆の産地はブラジル、コロンビア。エチオピアである。
そして後藤が飲んでいる「彦星ブレンド」は重厚な味で、タンザニア、コロンビア、ブラジルの豆を使い、三つの中では一番苦味が強い。
「それでよぉ、どうしてこの店で待ち合わせなんだぁ?」
後藤の前に座る男はニッコリと笑う。
「この店、打ち合わせで結構よく使うんですよ。特にスフレパンケーキが絶品なんです」
彼の言う通り、この店の一番人気のメニューはスフレパンケーキである。フワフワの釜焼きで、外はカリッとしており中はフワフワだ。シングルとダブルがあるが、口当たりがとても軽いため、少食であってもダブルを注文する客が多いと言う。注文してから焼き上がるまでにおよそ20分ほどかかるのだが、この店の客のほとんどはのんびりした時間か、仕事等の打合せ時間を求めるために特に問題はない。
「そうじゃなくてよぉ、俺との会話は秘密じゃねぇのかぁ? だったらこの前みてぇによぉ、大使館が良かったんじゃねぇのかぁ? ドルジさんよぉ」
ドルジと呼ばれた男は、以前後藤と密会したダスク共和国国軍の資材調達課長だ。
彼の話によると政府の役人であると同時に、反政府組織シャンバラの一員でもあると言う。実にややこしい話である。
「それにはちょっと事情がありましてね」
ドルジはそう言うと苦笑した。
その時後藤が手を挙げて店員を呼ぶ。
「まぁ、あんたらの都合はどうでもいいけどよぉ、そのパンケーキとやらは食ってみたいぜぇ」
そう言って後藤はごつい顔に似合わないウィンクをすると、やって来た店員にスフレパンケーキを注文した。
「ゴッドさんが私と話したいことは……黒いトキのことでしょう?」
「黒いトキ? ああ、ブラック・アイビスのことかぁ?」
ドルジはあたりを少し見回すと、小声になる。
「はい。実はですね、奴らについてはダスク政府内でも、ほんの一部の人間しかその動きを知らないのです。私が嗅ぎ回っていると知られては少しマズいので、大使館では話したくない話題なのですよ」
「ほぅ、あんたみたいに大胆な男でも、怖いものがあるんだなぁ」
後藤の言葉に、ドルジはニヤリと笑った。
「何をおっしゃいます、私は小心者です」
「政府と反政府組織の両方で動いてるヤツがよく言うぜぇ。それで、何か分かったのかよぉ?」
ドルジはさらに声を抑える。
「確認は取れていないのですが、どうやら奴ら東京の地下に、何かの施設を作ったとか作っているとか……そんな情報があるんです」
「地下だと?!」
後藤も声を抑えながら驚きに低くうめいた。
「ええ。ただ、何の施設なのかまではサッパリなのですが」
「その情報、信用できるのかぁ?」
「まぁネタ元は明かせませんが、ある程度信用はできると思います。ですが、ダスクの組織が、この東京で地下工事なんてできるのでしょうか? どうもその点がひっかかってしまって」
後藤はひとつうなづくと、思考を巡らせた。
確かにドルジの言う通りである。外国政府の特殊部隊が、日本の地下で工事なんてできるはずがないだろう。普通ならそう考えるところだ。だが後藤には心当たりがあった。
「でっけぇ穴を掘るなんて無理だけどよぉ」
「無理だけど?」
「最初からある穴を利用するなら可能かもしれねぇぜ」
ドルジが首をかしげる。
「最初から存在する穴って……地下鉄とか地下街を利用するってことでしょうか?」
後藤がニヤリと笑う。
「そうじゃねぇ。でも、あるんだよなぁ、穴がよぉ」
後藤がそう言った時、店員がお盆にスフレパンケーキを乗せてやって来た。
「おねぇちゃんよぉ、コーヒーもう一杯頼むぜ。今度は星乃ブレンドだぁ」
「かしこまりました」
そう言って厨房へと戻っていく店員に目をやりながらも、後藤は店内に広がる香ばしい香りを楽しんでいた。
これでブラック・アイビスがどうやっていきなり戸山公園に現われたのか、その謎が解けるかもしれない。
そう思いつつ後藤は、早速スフレパンケーキに手を付けた。




