第354話 検証実験
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
『それで、急ぎの用件とは何かね?』
画面の向こうで、雄物川がそう言った。
現在、東郷大学の袴田研究室はネットのリモート接続で、都営第6ロボット教習所の地下にある対袴田素粒子防衛中央指揮所につながっている。指揮所からの参加メンバーは、所長の雄物川の他に教官の陸奥、久慈、南郷、美咲、幸代そして研究室からは袴田、拓也、舞の三人だ。
「ノアから、発表前の論文が届いたんだよ」
画面の中で、雄物川の表情が緩む。雄物川、袴田、ノア・マルティネスの三人は、学生時代に交流を持ちいくつもの研究を共にした、いわば戦友のようなものである。その思い出はすでに40年ほども昔のものだが、三人にとってはつい先日のように感じられる大切なものなのだ。
『ノア、元気そうだったか?』
「ああ、私たち以上にね」
二人は楽しげに笑い合う。
『それで、どんな論文だったんだ?』
雄物川の問いに、袴田の表情が引き締まった。
「重大な内容だよ。今の我々の計画に大きな影響を与えかねない」
リモート会議全体に、重い沈黙が降りた。
それを破ったのは袴田である。
「ノアは、対袴田素粒子防御シールドを破る理論を発見したと言うんだ」
指揮所側のメンバー全員の目が、驚きに見開かれた。
雄物川がアゴに手を置き、唸るような声で言う。
『もちろん、その可能性については考えてはいたが、具体的な方法を見つけたと言うのかね?』
「ああ、高エネルギー物理学の応用から計算したようだ」
再びリモート画面が沈黙に包まれる。
高エネルギー物理学とは何なのか?
この世界の全ての物質は原子からできている。原子は原子核と電子から、原子核は中性子や陽子から……そして最終的にこれ以上は分けられない素材こそが素粒子だ。そんな素粒子の全てを探し出し、素粒子同士がどのような力で吸着されたり、あるいは離れたりするのかを調べることで、この世界の根本的成り立ちを突き止めるのが高エネルギー物理学である。その実験にあたり、素粒子にとても高いエネルギーを与え、勢いよく互いをぶつける等の方法が用いられるためこう呼ばれている。
この世界は、素粒子とその間に働く四つの力で説明することが可能だ。例えばボールが形を保っていられるのは、ボールをつくる原子が電気の力で集まっているからと言える。ベンチの上にボールを置けるのは、ベンチの分子とボールの分子が電気の力でお互いに避け合っているから、と言うことになる。もしベンチが無ければボールは落ちる。それは重力で地球がボールを引っ張っているからだ。そして、原子より小さい世界になると、強い力と弱い力と呼ばれる力の存在が確認されている。陽子と中性子を束ねて原子核をつくっているのは強い力、放射性同位体が放射線を出す裏には弱い力が関わっている。素粒子と、この電気、重力、強い力、弱い力の四つの力で、この世界の全てが形作られている。それらを研究し証明するのが高エネルギー物理学なのである。
『あの〜』
リモート画面の向こうで、幸代がそっと手を挙げた。
『私、難しいことはよく分からないんですけど、素粒子には低エネルギーと高エネルギーがあるってことなんでしょうか?』
袴田が学生を見るような優しい笑顔でうなづく。
「そう簡単にひと言で言えるわけではないが、まぁ分かりやすく言うとそういうことになる」
『つまり、高エネルギーの袴田素粒子であればシールドを突破できると?』
雄物川の言葉に、袴田が沈痛な面持ちで答えた。
「ノアの理論によればそうなる」
『なるほど』
雄物川はそう言うと考え込んだ。
数秒の沈黙の後、雄物川が口を開く。
『つまり、その検証実験をしたいと言うことかな?』
袴田がニヤリと笑った。
「さすが、察しがいい」
『君程度にはね』
雄物川も同様の表情を見せる。
そしてパッと顔を上げると、画面の袴田を見つめて言った。
『その件はこちらに任せてくれ。各方面に連絡してみる』
「よろしく頼む」
リモート会議に、ほんの少しだが安堵の色が広がった。




