第351話 内閣広報室
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
紺色のスーツに身を包んだ生真面目そうな男が、お盆からローテーブルに四人分の湯呑みを置いていく。中身は日本茶のようだ。
「どうぞ」
男はそう言って軽く頭を下げると、そのままその部屋から出ていった。
「今の方、内閣広報室の職員でしょ? 人払いですか?」
明るいブルーのスーツに真っ赤なネクタイと、まるで漫才師のような服装の男が滑舌良くそう言った。HeTuberのリップマン村田だ。報道系HeTuberとして、最近メキメキと頭角を現わしている男である。
「すべての真実をこの唇から伝える男、リップマン村田です!」
右手の人差指で、自分の唇を指し示しながらウィンクをする。そんなルーティンで始まる彼の番組は大人気であり、チャンネル登録者数はすでに20万人を超えている。リップマンと言う、ちょっとふざけたような名前を使う彼だが、そこには彼なりの信念があった。
ウォルター・リップマン。1931年から1967年にかけて新聞で連載したコラム「Today and Tomorrow」で世界的に有名な、アメリカを代表するジャーナリストだ。ピューリッツァー賞を2度も受賞した、報道人なら誰もが尊敬する歴史的偉人である。冗談めかした彼の名は、そんなリップマンへのリスペクトなのである。
「そう考えてもらって結構です」
そう答えたのはこの部屋の主、内閣広報官の広末美鈴だ。彼女は菅政権以来二人目の、内閣総理大臣記者会見の女性司会者だ。菅政権時の司会者・山田真貴子氏は当時60歳だったが、広末広報官はもう少し若い。一見30代後半にも見える彼女だが、本当のところはすでに50歳を超えている。
ここは内閣官房内にある内閣広報室の彼女の執務室だ。
真ん中に木目調のローテーブルをはさんで、その両側に三人がけのソファーがふたつ並んでいる。村田の隣には、もうひとりの男が座っていた。
「鏑木さんは、お久しぶりですね。最近はワシントンで活躍されていると聞いています」
鏑木と呼ばれた男は、少し頭を下げた。
「ええ。でも村田くんに、広末さんが私に会いたがっていると聞きましてね」
鏑木は北米で活動するフリーのジャーナリストだ。年は40前後だろうか。ライトグレーのスーツをオシャレに着崩している。
「それでわざわざ日本に戻ってきてくださった?」
「もちろんです。と、言いたいところですが、ちょっとヤボ用がありましてね。前からこの時期に一度帰国する予定だったんですよ」
「タイミングが良かったんですね」
「そうですね」
微笑み合う二人だが、心の底から笑っているようには見えない。政府関係者と報道人は、お互いに情報をやりとりする関係にある。だが鏑木も村田も報道人として、けして譲れないものがあった。理由なく政府の思い通りには動かない。だからこその緊張関係である。
「それで、こちらは?」
鏑木は広末の左隣に座る男に視線を向けた。
広末が左手の平を上にして、その男の前に上げる。
「紹介します。この同じ建物にある内閣情報調査室の佐々木さんです」
男が座ったまま軽く頭を下げた。
「内閣情報調査室の佐々木と申します。所属は国際テロ情報集約室です。突然お邪魔してしまい申し訳ありません。今回のお話ですが、どうやら私共にも関係があるようでして」
その男の格好は、どこにでもいそうなサラリーマンのように見えた。吊るしで売っていそうなベージュの地味なスーツに、これまた地味なブラウン系のネクタイを締めている。年齢はアラフォーあたりだろうか。
鏑木が少しいぶかしげな表情を佐々木に向けた。
「国際テロの専門家が、私達にお話があると?」
優しそうに微笑む佐々木。やはりその顔に貼り付けたように嘘くさい笑顔だ。
「そういうわけでもないのですが、広末広報官からお呼びがかかりまして」
部屋の中に緊張感が張り詰める。
それを破ったのは村田の明るい声だった。
「まあまあ、皆さんリラックスしましょう!せっかく広末さんが人払いまでしてくれたんだ。ここはぶっちゃけていきませんか? ぶっちゃけて!」
一瞬の沈黙の後、広末が小さく吹き出した。
「村田さん、やっぱりいいキャラしてますね」
鏑木も緊張を解き、ふうっとひとつ息を吐く。
「ホント、村田くんにはかないませんよ」
場の雰囲気が緩んでいく。
鏑木が顔を上げ、広末に視線を向けた。
「それで、僕たちにどんな話があるんですか?」
広末がスッと姿勢を正す。
「山崎総理の記者会見はご覧になりましたよね?」
「もちろんです」
総理からの発表は、アメリカのトンプソン大統領の会見を受けるように行なわれた。
地球は宇宙からの侵略を受けている。
侵略者は素粒子である。
袴田素粒子はその名の通り、日本の袴田教授が発見したものだ。
教授のチームは、現在もその対応策を研究している。
地球規模の防御シールド・HSNには日本の最先端技術が使われている。
袴田素粒子の侵略に対する防衛部隊を、自衛隊と機動隊内に新設すべく法整備を進めている。
そして既存の防衛部隊以外の、侵略に対抗する組織が、各国ですでに動き始めている。
現在の参加国は、我が国以外にアメリカ、ドイツ、イギリス、インド、中国だ。そして、その他の国でもその設立に着手している。
広末はひとつうなづくと、口を開いた。
「実は、まだ未発表のことがあるのです」
鏑木と村田は、思わず身を乗り出していた。




