第340話 ブリッジ
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
美咲は再び、宇宙船サンファン号の自室に戻っていた。
主治医の陽子から、まだもう少し検査に時間がかかると聞いた美咲はもう一度目を閉じ、眠りの中に落ちたのである。
美咲は部屋着を脱ぎ捨ててベッドに放る。そしていつもの(もちろん宇宙船勤務をしていた頃のではあるが)制服を着用する。澄み渡る宇宙空間をイメージした紺色に、副長を表す金の星が三つ並んで美しい。
「アイくん、懐かしいからブリッジに行ってみたいんだけど、いいかな?」
「もちろんです」
ブリッジは美咲の自室から数階上、宇宙船の先頭に位置している。
自室のドアは自動で開く。そして美咲が廊下へ出ると、シュッと音を立てて閉まった。
そのまま廊下を進み、エレベーターへと向かう。真っ白な壁に大きな窓。窓外には真っ暗な宇宙空間に、美しい星たちが流れている。サンファン号のメインエンジンは通常ドライブではない。長距離の宇宙飛行を可能にするスリップストリーム原理が応用されたエンジンを積んでいる。
スリップストリームとは、自転車競技や自動車レースで用いられる技術で、前方の車が空気を押しのけることにより、すぐ後方の車の空気圧が低下する現象のことだ。これにより後方の車の速度は飛躍的に上昇する。宇宙では、亜空間の流れである量子スリップストリームを、ディフレクターを使って艦の前方に流すことでこの現象を起こし、亜光速での飛行を可能とする。ただし、ワープやトランスワープ航法などと比較すると、あまり速い移動手段とは言えないのだが。今窓外に流れている美しい星々の軌跡は、この船がスリップストリームエンジンによる航行中であることを示していた。
「この星空も懐かしいな」
美咲は廊下を歩きながらそうつぶやいていた。
この船のクルーは総勢220名。普段ならエレベーターに着くまでに、数人のクルーと出会っていてもおかしくない。だが、美咲の脳内に構築された仮想船内には、人間は美咲一人なのである。
「ブリッジ」
エレベーターに乗り込んだ美咲はコンピューターにそう告げる。ぐんぐんと加速して上昇するエレベーター。
「ねぇアイくん」
「なんでしょう?」
美咲が少し不思議そうな表情になる。
「アイくんなら、他のクルーも再現できるんじゃないかな?」
ほんの一瞬の間があって、アイが答えた。
「もちろん可能です。ですが、人間のキャラクターの再現には膨大なエネルギーが必要です。一度に多くの人数の再現は難しいでしょう」
「なるほど。じゃあ、ブリッジに常駐してる何人かならどう?」
「それなら大丈夫です」
美咲の顔がパッと明るくなる。
「それ、お願い!」
そしてエレベーターが到着。目の前のドアがシュッと小さな音を立てて開いた。
そこには、美咲にとってとても懐かしい、見慣れた光景が広がっていた。
ブリッジの中心の椅子に、右の肘掛けに少しもたれるように座っている船長。
その前方の席で、船をコントロールしているパイロット。
船長の後方席には、科学分析官と通信士官が座っている。
そしてエレベータードアの横には警備クルーも立っていた。
これこそが、宇宙船勤務時代に美咲が毎日見てきた日常の風景なのである。
「みんな元気そう」
美咲はそうつぶやいてから、彼らがアイによるシミュレーションなのだと思い当たり、ペロッと舌を出した。
「アイくん、すごいわ。完璧に再現できてる」
「ありがとうございます。でも、」
「でも?」
アイが少し笑顔になったような口調になる。
「実は、細部までは再現できていないのです。しかし、美咲さんの記憶を使っての再現なので、美咲さんにとっては完璧に見えているのだと思います」
感心する美咲。
「なるほど。それはそうね」
フフッと笑う美咲。
その時、船長が椅子をくるりと回し、エレベーター前の美咲にカラダを向けた。
「副長」
「はい、船長」
「君にも見て欲しいものがあるんだ」
そう言って立ち上がり、科学分析官の席へと向かう船長。美咲も後を追う。
「これをどう思う?」
船長が指差したモニターには、宇宙を広範囲にスキャンしたらしい画像がリアルタイムで映し出されていた。そこには細長い、葉巻型にも似た影が映っている。ただ、電磁波の影響か、その形状はハッキリとはしていない。
「なんでしょう? 星、ではなさそうですが」
科学分析官がスクリーンの縮尺を上げる。
「全長は300メートルちょっと、といったところでしょうか」
美咲が首をひねる。
「小惑星ですかね」
「まだ分からんが……」
船長が美咲に視線を向けた。
「船のように見えないかね?」
そう言われて目を凝らすと、たしかに宇宙船の輪郭に見えなくもない。
「場所はどこなんですか?」
「冥王星軌道の近くだ」
美咲の頭に、ぼんやりとした記憶が蘇ってきた。
サンファン号で宇宙病の感染が広がる前のことだ。確かにこんなことを経験した記憶がある。
この後どうしたんだっけ?
この影の正体を探ろうとして……。
その時、科学分析官が視線を船長と美咲に向けた。
「データベースとの照合完了。この影は、調査船ハーフムーンの可能性があります!」
え?! 私の記憶には、そんな話は無かったような?!
もしかするとこれは、アイくんが見せてくれている新しい事実なの?!
美咲の頭は少し混乱していた。




