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第30話 陰圧感染隔離室

「超機動伝説ダイナギガ」が今年(2023年)なんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。

「マリエさんはどうしていますか?」

 その女性は赤を基調とした制服がとても似合っていた。

 欧州宇宙機関の調査宇宙船、ゴールデン・ハインドのアニカ・ヤンセン船長である。エメラルドのように美しい緑の瞳をドクターに向けている。細くサラサラとした金髪が、肩に少しだけかかっていた。まだ三十代で船長にまで昇りつめた、欧州宇宙機関のエリート人材の一人と言われている。

「マリエには、彼が感染したことはまだ話していません」

 風花フランデレン。マリエの母であり、この船のドクターである。彼女は純粋な日本人だ。吸い込まれそうな黒い瞳、長い黒髪を後ろで束ねている。制服は医療チームを示すグリーンである。

「フランデレン博士のいる病室は陰圧エリアなんですよね」

 医務室にいるもう一人、トーマス・バッカー副長が言った。質実剛健を絵に描いたような実直な青年である。アイスブルーの瞳に茶色の髪、制服は船長と同じ赤と黒がメインのデザインだ。

「そうです。まだ原因が分かっていないので、隔離が必要だと判断しました」

 マリエの父のベッドは陰圧感染隔離室にあった。

 陰圧とは、外よりも気圧が低い状態のことである。水が高所から低所へ流れるように、空気も気圧が高い方から低い方へ流れる。逆に言うと、気圧が低い方の空気は高い方へ移動することが無い。陰圧感染隔離室は、病室内の気圧を低くすることで、ウィルスなどで汚染された空気を外に出さないように設計されている。また、それだけだと汚染物質が病室内に滞留してしまうので、大量の空気を排気する。クリーンルームなどでも使われている高性能のHEPAフィルターを通った排気はウィルスを除去され、そのまま船外に排出する仕組みになっていた。

「報告書にも書きましたが、意識の混乱が始まったのは三日前です。本人の申告で分かりました」

「本人の?」

 ヤンセン船長が聞く。

「はい。自分が何をしようとしていたのか、すぐに分からなくなる……これはマズいかもしれない、と」

 風花はそう言うと、陰圧室の方を見つめた。

「彼は宇宙物理学者です。人類が宇宙に出ることでリスクとなり得る宇宙病について、彼なりに調べていたそうです」

「まさかその本人が感染してしまうなんてなあ」

 副長の声は暗かった。

「本当に宇宙病だと思いますか?」

 船長も陰圧室の方向に目線を向けた。

「まだ断言はできませんが、恐らく……」

「そうですか。それで今の病状は?」

 風花は船長に視線を戻す。

「あまりかんばしくありません」

 医務室に陰鬱な空気が広がった。遠くから心電図のモニター音がかすかに聞こえている。その沈黙を風花が破る。

「仮に宇宙病だとすると、いまだに原因不明の感染症です。もちろん治療法も確立していません。このまま対処療法を続けるしか手が無いのが現実です」

 風花の言葉に船長の瞳がわずかに揺れた。エメラルドグリーンのそのゆらめきは、何かを逡巡しているようだ。

「船長?」

 船長は大きく息を吐いた。

「これから話すことは、世界でも一部の人間にしか知らされていない重要機密事項です。心して聞いてください」

 風花には、副長のつばを飲む音が聞こえた。恐らくこれから話されることは、副長でさえ知らされていないのではないだろうか。

「宇宙病ですが、すでに原因が判明しています」

 風花は息を呑んだ。

「ドイツの宇宙学者ユルゲン・ハーネストワルフ教授と、日本の袴田教授が発見した素粒子、袴田素粒子がその原因です」

「なぜ機密に?」

 副長も驚いている。

「まず発生率が非常に低い。そして一般人が宇宙に出ることはまだそんなに多くはない」

 船長は風花と副長の顔を代わる代わる見ながら言った。

「でも一番の理由は、世界を混乱の渦に巻き込んでしまう、そう考慮してのこと……ですが、恐らくそろそろ発表されるでしょう」

 そこで船長は一拍間をおいた。

「実は日本で、感染予防ワクチンのプロトタイプが開発されたのです。現在その臨床試験の準備が進んでいると聞いています」

「治療法は?!」

 風花があせったように船長に詰め寄る。

「そちらの研究も進んでいるようです」

 医務室に安堵の色が広がった。

 船長は続ける。

「ほとんど発生しないため、今回の航海ではあまり考慮されていなかったのも事実です。ですが感染者が出た以上、このまま放っておくわけにはいきません」

「どうするおつもりですか?」

 副長が聞いた。

「私は国際連合宇宙局、UNOOSAに太いパイプを持っています。あそこを通じて、治験でもいいので治療してもらうことを働きかけることができます」

 船長の瞳に決意の色が宿る。

「今すぐに反転して、地球に向かいます」

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