第290話 宇宙日本食
「超機動伝説ダイナギガ」がなんと25周年とのこと。四半世紀です。時の流れの恐るべき速さに呆然としてしまいます。そんなわけで、当時色々と書き溜めていたプロットや設定を元に、小説化してみようと思い立ちました。四半世紀前にこんなものがあった、そんな記録になれば良いなあなどと考えています。とりあえずのんびり書き進めますので、よろしかったらのんびりお付き合いくださるとありがたいです。なお、当時の作品をご存知無い方も楽しめるよう、お話の最初から進めていきたいと思います。更新情報は旧TwitterのXで。Xアカウントは「@dinagiga」です。
【この作品は原作者による「超機動伝説ダイナギガ」25周年記念企画です】
「さぁ、ランチの時間ですよ!」
明るい愛菜の声に、生徒たちからわあっと歓声が上がった。
目の前のテーブルには、実にバラエティに飛んだ料理の数々が並べられている。ひかりたちの今日の昼食は、見学中のプロジェクトルームで食べることになったのだ。しかも全てISSの奢りである。
陸奥と久慈が、申し訳無さそうに愛菜に頭を下げる。
「すいません、ランチまで用意してくださって」
「いえ、いいんです。これもISSの広報活動になりますから」
愛菜はそう言って微笑むと、生徒たちに向かって大声で言う。
「みなさん!ぜひ写真をたくさん撮って、SNSなどにアップしてね!ISSの生活をどんどん載せちゃってください!」
「了解!」
声の揃った生徒たちの返事にちょっと驚いた愛菜だったが、ニコッと笑顔になる。
「さぁ、どうぞ!」
一斉にスマホで写真を撮り始める生徒たち。
現在のISSには、セントリフュージ技術によって人口重力が存在している。つまり、昔のように特別な宇宙食の必要はない。地球上で食されている普通の食品を持ち込むことが可能なのだ。もちろん、殺菌処理やちょっとした検疫は必要にはなるが。
だが、今ひかりたちの前に並んでいる料理は、日常のものとは少し違っていた。
愛菜の説明が始まる。
「皆さんご存知の通り、現在のISSでは地球上と変わらない食事を食べることができます。観光エリアのお店や屋台で、色んなものが売ってたでしょ?」
うんうんとうなづく生徒たち。まだ夢中で写真を撮っている者もいる。
「ここに並んでいるのは、初代のISSでよく食べられていた、いわゆる宇宙食です。特にこのプロジェクトルームでは宇宙日本食と呼ばれています。今でも、無重力エリアでの食事はこれになります」
生徒たちは、勉強になるなぁ、という顔で聞いている。
「さぁ、立食パーティー形式なので、できるだけたくさんの種類を食べてみてください!」
「了解!」
気持ちの良い返事の後、生徒たちは一斉に宇宙食に群がった。
宇宙日本食は2004年にスタートしたプロジェクトで、現在ではすでに100を超えるメニューがラインナップされている。従来の宇宙食のほとんどは、米国かロシア製だった。栄養面では申し分のないものばかりだったのだが、全てが日本人の口に合うとは限らない。そこで「宇宙日本食」の開発がスタートされた。各食品メーカーに協力を仰ぎ、JAXAが定める認証基準を満たしているものが、宇宙日本食として認証されていった。その一番の目的は、日本人宇宙飛行士に日本食の味を楽しんでもらうことで、長期滞在の際の精神的なストレスを和らげ、ひいてはパフォーマンスの維持・向上につなげることだ。なお日本食と言っても、あくまでも日本の家庭で普段食されている範囲を対象としており、日本の伝統的な和食に限定しているわけではない。そのため、焼きそばやカレーなども含まれている。
ラインナップの一部を見てみよう。
スペースうなぎ(うなぎの蒲焼)。
種子島産バナナとインギー地鶏のカレー。
きんぴらごぼう。
北海道産牛肉とミニトマトのハンバーグ。
スペースからあげクン。
キッコーマン宇宙生しょうゆ。
亀田の柿の種(宇宙食)。
スペース日清焼そばU.F.O.。
日清スペースカップヌードルなどは、宇宙食としての工夫が特に分かりやすい。無重力の場所でも飛び散らないよう、スープは粘度を高めてある。麺は、ISS内で給湯可能な70度のお湯で湯戻し可能なものが開発された。また、麺自体が飛び散らないよう、湯戻し後もその形が保たれる一口大の塊に成形されている。
また基本食として、白飯、赤飯、山菜おこわ、おにぎり等も充実している。
たとえ無重力エリアであっても、地上と変わらない食生活が可能なのである。
正雄が目を丸くして言う。
「焼き鳥缶とか柿の種があるじゃないか!これで晩酌も完璧だぜベイビー!」
「あんたお酒飲めない歳だって言ってるでしょ!」
奈々のツッコミに正雄がニヤリと笑う。
「別に酒だとは言ってないぜ、お嬢さん!」
「はぁ?」
奈々が首をひねる。
「晩にジュースをコッブにお酌すれば晩酌だぜ?」
奈々の大きなため息が聞こえた。
それと同じ時、心音の顔がパッと明るくなった。
「マヨネーズがあるじゃない!」
キユーピーのマヨネーズは2007年から認証されている定番の宇宙日本食だ。植物油に溶け込んだ酸素を除去し、美味しさを長く維持できるようになっている。しかもキャップとボトルにはマジックテープのような材質が装着されており、使用時にキャップをボトルに貼り付けたり、宇宙船内に貼り付けたりできるようになっている。これも無重力への工夫と言えるだろう。
「私マヨラーだから、これさえあれば宇宙でも生きていけるわ」
ドヤ顔の心音に、大和が微笑んだ。
「マヨラーココだね」
それを聞いたひかりが首をかしげた。
「くるくるまぜまぜ」
すかさず奈々が突っ込む。
「それはマドラー!」
「お顔をぐりぐり」
「ローラー!」
「筋肉ムキムキ!」
「レスラー!」
「ゾンビがうようよ」
「スリラー!」
そして両津の顔を指差した。
「おいらー!」
それには両津が突っ込んだ。
「オイラって、どこぞのアニメキャラちゃうねん!」
「中年?」
「美少年じゃ!」
あらあら、これっていつまでも続くのね。
愛菜が微笑ましげな笑顔でそんなひかりたちを見ていると、右耳に装着している無線に野口の声が届いた。
「野口くん?」
『はい』
愛菜は同じプロジェクトルームの対角線にいる野口に視線を向ける。
「どうしたの? わざわざ無線なんか使って」
『どうも、何かあったようなんです。端末に、船長から緊急招集が入ってます』
野口の言葉に、愛菜はあわてて左腕の船内端末に目をやった。
「本当。楽しくて気付かなかった」
『招集がかかったのはとりあえずボクと伊南村さんだけのようです』
「分かった。急ぎましょ」
そう言うと愛菜は野口と視線をかわし、プロジェクトルームの出入り口へ向かった。




